芒果布甸/Mango pudding



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 千秋先輩が行ってしまいまシタ。


 のだめは1人、アパルトマンの部屋に戻ると、ピアノチェアに腰かけ、先ほどの真一を思い出していた。


 優しいキスをして、耳元で甘く囁いて……。


 のだめは、思い出すと熱くなる自分の身体を抱きしめる。


 そして、ターニャに言われた言葉が脳内を駆け巡る。


 "本物の恋人になりたくないの?"


 あの日から、幾度となく見ている、真一の熱く濡れた黒い瞳。


 そして今朝、真一自身に手で触れたとき、初めて見た真一の恍惚の表情。


 あれが、本物の恋人だけが見ることのできる、愛しい人の姿なのでショウか?思い出しただけで、身体の中心がキュンとしマス。


 ターニャは言いまシタ。


 "何が怖いの?これ以上の幸せなロスト・ヴァージンはないわよ?"


 先輩、のだめ決めまシタ。


 先輩が今度のお仕事から帰ってきたら、のだめのすべてを先輩に捧げマス!


 かかってこいってんデスよ!(ファイティングポーズ)






 Virgin Snow 9






 スペインのホテルに到着した。


 チェックインして、簡単な打ち合わせを済ませると、1日目の予定はあっという間に終わってしまう。


 真一は、昨夜からずっと聞きたかった声を聞こうと、携帯に手を伸ばす。


 「……もしもし?先輩?」


 真一の耳元で、ふわふわと甘い声が踊る。


 「……もしもし、のだめ?俺……」


 「はぅん……、今のもう一回お願いしマス……」


 いつもの変態な発言はスルーして。


 「さっき、ホテルにチェックインして、打ち合わせ済ませたとこ。
 ……ちゃんとメシ食ってるか?」


 「……先輩の声聞いてたら、お腹がすいてきまシタ……」


 その後は、学校のこととか、ターニャやフランクの話など、たわいのない会話が続く。


 およそ、離れている恋人同士とは思えない、甘さもへったくれもない会話。


 俺は、そんなのだめの態度にすこしがっかりとしながらも、耳にあてがわれた携帯から聞こえるのだめの甘い声に、電話の向こう側ののだめの柔かい唇を想像し、身体が熱くなっていく自分に飽きれた。


 千秋真一、童貞でもあるまいし。しっかりしろ。









  演奏会本番が無事終了した。


 音楽には、いつものように誠実に、自分が今できる最高の演奏をしたつもりだ。


 歓声があがる観客席を満足気に見渡す。


 ここにアイツがいれば、もっと最高なのに……。


 楽屋に戻り、シャワーを浴びる。
 昨日からオリバーがスペイン入りして、俺のサポートをしてくれている。


 なんとなく、俺はそのまま帰りたくなくて、めずらしくオリバーを誘ってみた。


 「オリバー、もしよかったらこの後、すこし付き合ってくれないか?」








 演奏会までは音楽に集中していられたが、いよいよ本番が終わってパリに帰るばかりとなると、最近、俺を悩ませていることが頭をもたげてきて、誰かに話を聞いてほしくなった。


 オリバーは、その外見に関わらず、うちの事務所にはめずらしく繊細で気配りのできるタイプだ。


 だからオリバーになら、俺の胸のうちを打ち明けて、相談に乗ってもらってもいいかなと思ったのだが、こうしてバーで男二人グラスを傾けてみても、なかなか言いだせるものでもなく……。


 「めずらしいね、チアキがそんな風に飲むなんて。なんかあった?」


 ずっと黙って真一の様子を見ていたオリバーが、助け舟を出すように訊ねてきた。


 「あの……こんなこと聞いていいかどうか、すごく言いづらいんだけど……」


 「なんだよ?気にしないで言ってみてよ。
 僕だって聞かれても答えられないことは答えないしさ」


 「うん……じゃあ聞くけど……。
 オリバーはヴァージンの女性と付き合ったことはある?」


 真一は思い切って切り出すと、真っ赤な顔でオリバーの顔を覗き込む。


 「え?」


 「ご、ごめん……、やっぱりこんなこと、聞くべきじゃなかったよな。
 忘れてくれ……」


 オリバーは真一の慌てた様子にくすりと微笑むと、答える。


 「いや……、そんなことないよ。
 意外な質問だったから、ちょっと驚いただけで。

 チアキがそんなこと聞くなんて、興味本位じゃないんだろ?」


 そういってオリバーは小さく微笑むと、静かに語りだした。


 「そうだな……。
 僕の恋人はハイスクール時代の同級生で、付き合い始めて、もうかれこれ10年になるかな」


 「へぇ……それはすごいな」


 「僕たちは異性と付き合うのもお互い初めて同士だったから、そういった男女の経験もすべてお互いが初めてだった。

 だから僕は、ヴァージンの子としか付き合ったことがないということになるね」


 「へぇ……」









 「チアキは?ヴァージンの子とは付き合ったことがないの?」


 「う、うん……今までは」


 真一の初めての女性は、ヴァイオリンのレッスンを受けていた時に知り合った、音大を出たばかりの24歳の女性だった。


 当時、真一は高校一年生で、誕生日を迎えたばかりの16歳だったから、8歳も年上の女性ということになる。


 年上で、もちろん彼女は経験者だったから、真一の初めてはすべて彼女に導かれるままだった。


 そのあとに付き合った彩子もすでに経験は済ませていたから、真一はのだめに対して持っているような悩みを今まで抱いたことがない。


 「それで?ヴァージンの子と初めて付き合ったから、どう進めたらいいのか悩んでるとか?」


 「う、うん……。
 例えば、どのくらい待てばいいのかとか……」


 オリバーは真一の可愛らしい悩みに、こっそりと微笑んで、でも真一にはわからないように表情を引き締めると、あくまで僕と僕の彼女の話なんだけどと前置きをしてから答える。


 「僕たちは友達として付き合っていた期間もとても長くて、付き合いだした時はすでにお互いのことをよく理解していたんだ。

 だから、そういう関係になるのに時間は必要なかったというか。付き合い出してすぐだったよ」


 「すぐってどのくらい?」


 「最初の週末。一週間もかからなかったよ」


 「そんなにすぐ……」


 「もちろん、僕だってもっと時間をかけて彼女を待つつもりだった。同じ初めてでも、女性と男では大違いだろうから。

 でも彼女が言ったんだ、"初めてが怖いのは一週間後でも一年後でも一緒よ"って。

 だから大事なのは、時間じゃなくて、彼女をその気にさせることじゃないかな?」


 「……その気……」









 真一が思い切って切り出してしまえば、すっかり雰囲気も打ち解けて、あとは男同士の酒の席にありがちな会話へと自然にシフトしていく。


 「チアキの彼女ってどんな子なんだい?ちょっと興味あるんだけど……」


 「……大学の後輩」


 「じゃあ僕と彼女みたいに、付き合いは長い?」


 「うん……3年になるかな?」


 「へぇ……じゃあお互いのことはよく理解してるわけだ」


 「理解してるつもりだったんだけど……。
 恋人になってから、今まで見たこともなかったような表情をしたり、行動があったりで、ちょっと戸惑ってる……」


 「ふぅーん。それでクールな黒王子も、冷静でいられないわけだ」


 そういうと、オリバーは微笑んで、グラスを真一に向けて掲げる。


 「じゃあ、いろいろ頑張って。
 チアキと彼女が一日も早く結ばれるように祈ってるよ」


 「……サンキュ」









 真一は部屋に戻って荷造りを済ませてしまうと、ベッドに仰向けに寝転び、ベッドサイドに置かれた携帯をにらみつける。


 結局、1日目に俺から電話しただけで、アイツからは一度も連絡してこねーし……。


 可愛くねー。


 アイツ、電話したら喜ぶかな?明日帰るって、連絡しようか?


 携帯を握り締め、メモリーを呼び出して、発信ボタンに指をかけて……。


 恋人らしい甘いささやきの一つも聞きたいけど、またアッサリかわされるんだろうか?


 もんもん……。


 くそっ!なんでこの俺様がのだめ相手に、中学生でもあるまいし。


 真一は、携帯をベッドに放り投げると、シャワーを浴びるためバスルームへと向かった。



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