芒果布甸/Mango pudding



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2.小巴




 ホテルの外に出ると、いきなりムワッと強烈な湿気に包まれる。
 続いて、なんともいえない複雑な匂いと、しばらく遅れてざわついた街の喧騒がのだめの耳に届き、やっと見知らぬ街に立っている実感が沸く。

 街の中は、沢山の人が行き交い、Ruiを見失わないようについて行くのが精一杯。


 「これから小巴に乗るヨ」


 「しうば?」


 ごちゃごちゃとした通り沿いに、ひっそりと小さめ目のバスストップ。
 クリーム色のボディに赤い屋根の、20人乗れるかどうかの小さなバスが止まっている。


 バスの前方、屋根の上には、漢字で書かれた目的地が表示されている。
 ドライバーは、かなりくだけた服装で、日本でいうところの白タクなんでは?と疑ってしまうような怪しい雰囲気。


 Ruiは慣れたようすで『西貢(サイクン)』と行き先の表記されているミニバスに乗り込む。

 続いてのだめも乗り込むと、ほかの乗客たちは、学生風の若いカップルだったり、勤め人風であったり、普通の雰囲気だったので少しほっとする。


 「小巴はね、走る区間だけが決まっていて、その区間内であれば、乗客は好きなところで声を掛けて降ろしてもらえるんダヨ。
 でも、停車禁止のエリアなんかもあるから、そんなところで声をかけると怒られちゃったりするんだけどネ」


 「ふぉぉ」


 「英語はほぼ通じないからね。広東語がまるっきりできないと厳しいカナ?」


 「え?ダイジョブなんデスか?」


 「ああ、これから行きたいところは終点だから、このまま黙って乗ってても無問題ダヨ。
 別にタクシーで行ってもよかったんだけど、少しでもノダメサンにローカルな香港に触れてもらいたいと思って。」


 「そだったんデスか。アリガトゴザイマス」


 ミニバスが多少荒っぽい運転で走り出す。
 途端に映画やTVで見かけたことのある、通りに張り出した大きな看板が並ぶ景色が続く。


 「ふぉぉぉ!ホンコンって感じデスね〜!」


 車窓からの街並みに子供のように夢中になっているのだめを、Ruiは穏やかな笑顔でみつめる。


 「ところで……、質問があるのデスが」


 「ん?」


 「えと……、Ruiはどうしてのだめの事を誘ってくれたのかなぁと思って。
 どうしてデスか?」


 「ノダメサンは、どうしてついて来ることにしたの?」


 「え?」


 それは……。一人でパリに戻るより、面白そうカナと思って……。
 ていうか、どうしてのだめが質問したのにのだめが答えてるんデスかね?


 のだめは目線を膝の上に組んだ手に落としたまま、ブツブツと呟く。


 「私も同じダヨ。一人より、ノダメサンと二人のほうが面白いかと思ったから。食事も、いっぱい食べる人と一緒のほうが、いろいろ味わえて楽しいからネ!」


 Ruiはにこやかにのだめをみつめて答える。


 「それに……、そのうちノダメサンには、お礼がしたいと思ってたんだよネ」


 「お礼デスか?のだめにはRuiに恩返しされるような心当たりはないのデスが……」


 Ruiって鶴だったとか?のだめ、鶴助けましたカネ?ご馳走食べに連れてってくれるってことは浦島太郎?亀?などとブツブツ呟きながら頭をひねるのだめ。


 「まぁ、先も長いことだし、これから少しずつネタばらしするよヨ。
 たまには女二人、ピアニスト同士で語り合うのも、いいもんデショ?」


 むむ、なんか余裕デスね?
 Ruiってば少しキャラ変わったような…。でも、もしかして、オールRuiのおごりツアーですか?


 のだめはRuiの思わせぶりな発言になんだかすっきりしないが、とにかく美味しいものをお腹いっぱい食べてやろうと気持ちを切り替えることにする。


 ミニバスは、賑やかな街中から、こじんまりとしたローカルなエリアに進む。
 途中、乗客がドライバーに声を掛け降りて行ったり、道端で合図する乗客をピックアップしたりする。聞き慣れない広東語の響きがのだめには新鮮で面白い。


 「Ruiは中国語は話せるンデスか?」


 「普通語っていう北京で使う言葉はネ。でも、香港で使う広東語はまた別の言葉だから。広東語はちょっとした日常会話だけネ」


 話せたほうが便利だから、マスターしたいんだけどネ。ノダメサン、興味あるの?と聞かれるが、まだ、香港に初めて来て半日も経っていないからなんと答えていいかわからない。微妙なほほえみを浮かべてごまかす。








 街が夕闇に包まれる頃、目的地に到着したようだ。


 バスから降りると、潮のかおりがする。
 海沿いに少し歩くと、『海鮮街』と書かれた中華風ゲートが現れた。
 その先には、人波が見える。


 「さ、ノダメサン、食べたいもの、好きなだけ選んでネ」


 「むっきゃー!!!」


 のだめは思わず歓声をあげた。


 人波の先には、何軒かのレストランが連なり、店先にはいっぱいに大中小の水槽が並べられている。

 さまざまな海鮮食材が足元から頭上までのたくさんの水槽の中にひしめき、網をもった店員が、客のリクエストに応じて素材をすくっては目の前に差し出す。


 店員は上から下までの水槽をカバーするため、水槽の縁を、とんとんとんっ!と階段を上り下りするかのごとく、器用にバランスよく渡り歩く。
 初めて見た者は、曲芸を見せられているように、思わず興奮してしまう光景である。


 「な、なんなんデスか!?この光景は……」


 「まずここで、食材を選んで、調理法を指定するんダヨ」


 「デ、デモ、のだめ、蝦くらいしかわかりマセンよ?」


 ぎゃぼっ!あれ、恐ろしいほどでかいけど、カブトガニでは……。なんデスカ?あの腐ったにょろにょろみたいなのは……マテガイ?


 「あははは!そうだねぇ、魚も貝も、日本のものとも、パリのものとも見た目が違うかもネ」


 うーん、じゃあオススメで私が選んじゃっていいかな?ノダメサン、食べられないものアル?食材は私が選ぶから、ノダメサンは水槽の中から美味しそうなヤツ、選んでヨ?


 そう言って、Ruiは店員に食材を指定する。店員が食材の水槽めがけ、とんとんとんっ!と水槽を渡り歩くと、どれにするんだとニヤッとのだめに笑いかける。
 のだめは恐る恐る水槽を覗き込むと、身振り手振りで、大きくて活きの良さそうなものを選んでいった。








 「むんっ!のだめ、ガンバリマシタ!」


 食材を選び終わると、涼しげなアウトサイドの席に通される。


 「あははは!10人分くらいできそうだって、本当にお前たちだけで食べられるのか?って、驚かれタヨ」


 「どんとこいデスヨ。のだめにまかせてくだサイ!」


 「ワタシだって負けないヨ!」


 二人は一仕事終えた気持ち良い充実感に、笑顔で乾杯をする。のだめには珍しく、南国ならではのライトなビールを、Ruiに勧められて飲んでみることにした。


 「「ぷはぁ〜!おいし〜いっ!」」


 思わず揃った感嘆に、顔を見合わせて笑い声をあげた。


 「Rui、ありがとデス」


 「え?なにが?」


 「香港行きに誘ってくれて。すっごく楽しいデス!」


 「まだまだ〜。お料理だって食べてないし、本当のお楽しみはこれからダヨ」


 Ruiはそういって微笑むと、グラスのビールを呷る。


 「何となくネ、必要だとおもったんダヨ、ノダメサンにも」


 「?」


 「息抜きというか、変化かな。ピアノを弾くことに関係しないところでネ」


 だから、香港着いてからは、息つく暇もなく引きずり回しちゃったんだけど、かえってよかったデショ?


 Ruiはテーブルにのせた両手に頬杖をつき、首を傾げるとウィンクをおくる。
 いつかどこかで見たようなポーズだ。


 「ど、どしてそうおもったんデスカ?」


 「うーん、ノダメサン、千秋のこと聞いたとき、少し淋しそうだったし」


 「……」


 「と、とにかく!美味しいモノいっぱい食べて、楽しもうヨ!ネ!」


 そう言うと、Ruiはちょっと失礼?おトイレ行ってくるヨと言い残し、席を立ってしまった。


 のだめは手持ち無沙汰に一人テーブルに取り残される。


 「ふぅぅ〜」


 一つため息をつくと、頬杖をついて辺りを見回す。
 遠くに埠頭だろうか、何隻か小ぶりな漁船が停泊しているのが見える。
 わずかな潮風が心地よい。



 一人まったりしていたところに、突然一人の店員が現れ、なにやら広東語で話しかけている。


 「ぎゃぼっ!!まずいデス、何を言われているのかワカリマセン……」


 思わず浮かべる、良妻スマイル。店員もつられるように苦笑い。
 話しかけても無駄だと諦め、店の中へと戻っていく。


 「ふぃー。助かりマシタ。でも思い出しますね、パリ初上陸の夜……」


 千秋と二人渡仏した夜、ヴィエラのオペラを鑑賞した後、千秋に連れられて訪れたレストランで、のだめは言葉もわからず、エスカルゴを山のように注文したことを思い出す。


 「真一くん、今ごろ何してますカネ?」





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