芒果布甸/Mango pudding



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3.西貢






 「ぎゃぼっ!なんデスか?この大量に山と詰まれた茹で蝦わ……」


 テーブルにRuiが戻ってきたのと同時に、一品目が運ばれてきた。

 ただ、シンプルに茹でられただけの蝦。しかも山のように盛り上げられていて、のだめは先ほどの店員にわけのわからない広東語を投げかけられ、何もいえなかったことを思い出し、やはりパリ上陸初夜、エスカルゴ大量注文の二の舞?!と落ち込む。


 「まぁまぁ、ノダメサン。見た目は置いておいて、まず食べてみてヨ」


 小皿に注がれたタレにつけて、皮をむいて食べるRuiにならって、のだめも蝦をいただく。


 「むっきゃぁぁぁぁぁ!」


 なんデス?この旨み、甘み、どこからやってきたんデスか?!はぅん、もうのだめめろめろデス。
 蝦というのはやはり、やめられない、とまらない、がお約束なのでショウか?全部食べちゃってもいいデスか?


 「あはははっ!さすがノダメサンだね。まだまだおいしいモノがたくさんくるけど、大丈夫だったら食べちゃってもイイヨ?」


 「はぅっ!アリガトデス。のだめの腹は底ナシなので、どうぞお気遣いなく……」


 そういい残し、夢中で蝦をむさぼる。


 「おいしいデショ?白灼蝦(ばくちょっは)っていうの。
 新鮮な蝦を、さっと、半生に近いようなぷりぷり状態を残しつつ、うまく茹でてあるのが、いつも感激するんだヨネ。
 シンプルだけど、究極のおいしさだヨネ」


 そんなRuiからもたらされるウンチクなどお構いなしで、のだめは山盛りの蝦を完食した。


 そのあとも、石斑魚(せきはんゆ)とよばれる日本でいうところのハタが丸ごと蒸しあげられたものや、巨大な蝦蛄を丸揚げし、ニンニクや胡椒などでスパイシー味付けられたもの、ロブスターのチーズソースがけ、贅沢に蟹と蟹ミソが使われた炒飯など、どれもおいしい海鮮に奇声を上げながら頂き、大満足なのだめであった。


 店を出て、夜の海風にあたりながら、ふらふらと歩くと、今度はスイーツを食べると言い出すRui。


 「もう21時すぎデスヨ?スイーツ屋さんなんてやってるんデスか?」


 「ノダメサン、香港人にとって、21時なんてまだ宵の口ダヨ?これからご飯食べに出かけようかって人たちだって少なくないし。まあ、店にいけばわかるヨ」


 連れて行かれた『満記(むんげい)』というお店は、香港にあるスイーツの有名なチェーン店の本店らしい。

 言われたとおり、21時過ぎだというのに、お店の中は若い女性たちで満席状態。少し待って、席に通される。


 「インテリアもかわいいデスネ。海鮮街のイメージと違う」


 「ここはまず、絶対に抑えないといけないスイーツがあるんダヨ。まずはそれを食べてから、あとは好きなモノを注文してヨ」


 そういって自信満々にRuiが注文したスイーツが運ばれてきた。


 「がぼん……」


 マンゴーパンケーキ?パンケーキというより……。なんだか、色が。これ自然な色なんですかね?
 ありえないくらいまっ黄色のクレープのような皮。茶巾のように何かが包まれている。 あまり食欲をそそる見た目ではないような……。


 「ドウゾ?食べてみてヨ」


 結構な大きさで、一口でかじりつくのも恐かったので、まずはフォークで真ん中から割ってみる。


 「ほわぉ……」


 半分に切ったブツからは、黄色いクレープの皮に包まれた、大きなマンゴーと真っ白な生クリームが見える。色彩のコントラストが美しい。


 「いただきマス……」


 おそるおそる、口に入れてみると……。


 「むっきゃぁぁーーーーー!」


 しっとりとしたクレープ生地に包まれた、ふわっふわの生クリームがまず口の中で主張する。甘すぎない、ほどよい甘さと舌にやさしく絡みつく濃密さ。
 その後に訪れるのは、マンゴーのほどよい甘酸っぱさ。口の中はもう、マンゴーのよい香りいっぱいのおいしい果汁と果肉でいっぱい。


 のだめはフォークを握り締めたまま、両手を胸の前で絞るようにして、身をくねらせ、うっとり。


 「お、おいひぃ〜!」


 「デショウ?」


 Ruiは、とても得意げな笑顔を浮かべ、マンゴーパンケーキを頬張った。








 マンゴーパンケーキのほか、楊枝甘露やら湯丸という白玉団子のようなもちもちのお餅やら、どれも美味しいスイーツに別腹も満足して西貢を後にする。


 タクシーを拾って、のんびりと帰ることにした。
 香港に到着してから、ひとつところに留まることなく移動し続けて、さすがに疲れマシタ。

 タクシーのシートに身体を預け、ぼんやりと車窓から流れていく街並みを眺める。


 「美味しいモノ、いっぱいデシタ。Ruiの言ったとおりでシタね?」


 「デショ?でもまだまだダヨ〜!おなかの調子は大丈夫?」


 「無問題デスよ!」


 のだめは、早速おぼえた広東語で答え、Ruiは楽しそうにくすくすと笑った。


 「ところで、ノダメサンはパリにずっと暮らすことにしたの?」


 「え?」


 「学校も卒業して、パリにいる必要はないと思うけど、まだパリにいるんだヨネ?」


 『パリにいる必要はないと思うけど』というRuiの言葉にドキリとした。

 3年間、パリのコンセルヴァトワールで学んで、途中いろいろあったけど無事に卒業した。卒業後もピアニストとして順調に演奏活動ができる。日本でのソロコンサートも行うことができたし、世界中のオケからもオファーがある。

 たしかにパリ以外に拠点を置いてもおかしくない状況ではある。


 パリには3年という長い時間を過ごした楽しい思い出と、そこで出会った大切な友人たち、そして自分を導いてくれる師匠がいる。
 でも、自分がパリに残っているのは、それが理由ではない。


 千秋がいるから。


 千秋は今もパリのマルレオケの常任指揮者であり、拠点はパリになる。
 自分はピアニストだから、一つの場所に縛られることはない。だからこそ、恋人の暮らす街に一緒にいることができるのだ。


 「千秋がいるから?」


 黙り込んだまま、考え込んでいるのだめに、Ruiが沈黙を破るように訊ねる。
 考えていたことを、そのまま言い当てられ、のだめは言葉が出ない。


 「そうだよネ。ピアニストだったら、暮らす場所は縛られないし、パートナーがいるところについて行けばいいよネ」


 羨ましいナァ。早く私もノダメサンと千秋みたいな、仕事もプライベートも最高のパートナーが欲しいヨ!無邪気にRuiが言う。


 「でも……、千秋先輩、パリにいまセンよ?」


 「え?」


 「もう半年くらい、パリで千秋先輩に会ってません。たまに戻ってくるけど、短い期間だけだし、のだめが仕事で留守のときだったり、行き違いばかりで……」


 「ま、まぁ、そういう時もあるよネ。お互い音楽家なんだから、一つ場所に留まっていられない仕事っていうか……」


 「のだめは千秋先輩がいるから、パリにいるんです。でも、そのパリには千秋先輩がいなくて……。のだめの居場所って、一体どこなんでショウ?」


 タクシーで戻ってきた旺角の街は、24時すぎているというのに夕方のラッシュのようにたくさんの人たちが行き交っていた。香港人って、いつ寝るんデスかね?


 のだめは純粋な大和撫子ですカラ。夜更かしも限界デス。おやすみなサイ。
 Ruiとのあいさつもそこそこに部屋に戻って、ベッドにダイブした。








 目を覚ますと朝の8時。

 疲れているはずなのに、一度目が覚めると、眠りの世界に戻ることができなくなった。


 昨夜、ホテルに戻るタクシーの中でのRuiとの会話がよみがえる。ふと、真一の声が聞きたくなった。


 今、真一がどこにいるのか、目覚めたばかりの鈍い脳で考えても思い出せないし、スケジュールを書き込んだ手帳を探すのも面倒くさい。


 北米のどこかなのだから、時差は12時間から14時間くらいだろうと想像する。上手くいけば、仕事が終わって部屋に戻ってきている時間かもしれない。


 いろいろと思い巡らせているのも面倒になった。繋がらなければ繋がらなかったでいいじゃないか?なぜだか、香港という初めての土地にいることがのだめをいつもより大胆にさせている気がする。


 携帯を取り出し、メモリーから真一の番号を呼び出し、発信ボタンを押す。


 「もしもし?千秋先輩?」





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