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15.半島酒店 真一との電話を切り、久しぶりにゆっくりと湯船につかる。 旅に行くときには必ず持参するバスオイルの中から、クール系をチョイス。すこし寝不足気味の頭をスッキリさせる。 もやもやはまだあるけれど、とにかく次の行動は決まった。 あとは、今日一日、香港での休日を精一杯楽しもう。 「Rui〜!のだめ、お腹空きまシタ!早く朝ごはん食べにいきまショウ!」 「うぅ……、昨日あれだけ食べたのに、ほんと底なし胃袋ダネ……」 ピーピーと煩いのだめを連れて、MTRで中環へ。 香港独特の茶餐廰(チャーチャーテン)と言われるローカルなお店へ。 茶餐廰とは、中華、洋食、お粥、麺、ご飯と、ファミレスのような品揃えの便利なレストランらしい。 「この『檀島』はすごいヨ。喫茶メニューから、定食やら、ご飯モノ、麺モノ、夜は本格的なお鍋やら、ここで出せない料理はきっとないと思うヨ」 間口は狭いが、うなぎの寝床のように奥行きがあり、よく言えばレトロ風(正直に言えば古臭い食堂風)カフェスタイルの席が並べられているが、壁面に『いけす』も兼ねた水槽が並んでいる風景は異様だ。 店先にはベーカリーもあって、外買(オイマイ:いわゆるテイクアウト)をして出勤していくOLやサラリーマン風の人たちも見える。 「むきゃー!メニュー多すぎデス。オススメはなんデスか?」 「そうだねぇ〜。オススメはやっぱり蛋撻(だんたっ)かな? せっかくベーカリーがあるんだから、ほかにもパイナップルパンとか、芒果包(マンゴーパウ)とか叉焼包(ちゃーしゅーぱう)とか、焼きたてを食べたいネ。 あと、香港の喫茶メニューっていったら、[女乃]茶(ないちゃ)だよね。ミルクティーなんだけど、とにかく紅茶もミルクも濃くってクセになる美味しさなんだよネ。 檀島名物の珈琲も、エバミルクが入った、カフェオレとはまた違った味で美味しいンだよネ」 Ruiのアドバイスにしたがって、ふたりはパイナップルパンと卵料理の朝定食を選ぶ。 Ruiはバターを挟んだパイナップルパンに目玉焼きに檀島珈琲のセット。 のだめはパイナップルパンにスクランブルエッグを挟んだものに[女乃]茶のセット、そのほか、蛋撻に芒果包も注文する。 蛋撻とは、一時日本でも流行ったエッグタルト。芒果包とは、マンゴーを練り込んで焼いたパンの事らしい。 「パイナップルパンって、パイナップルが使われているんデスか?」 「うぅん、パイナップルは一切入ってなくて、単純に見た目だけのネーミングみたいよ。ていうか、日本に行ったときに食べた、メロンパンにとっても似てると思うヨ」 おそろいの制服を着た店員が食事を運んでくる。 「む〜ん、[女乃]茶って濃厚で美味しいデスね〜! パイナップルパンも、表面はパリパリで、中はふんわり、ほのかな甘みが美味しいデス! ん?でも一番はこの蛋撻デスね!卵の濃厚なカスタードクリームがぷるぷるで、パイがサクサクで絶品デス!むきゃぁ!幾らでも食べれそうデス」 実際、のだめは蛋撻を2つおかわりし、きれいに平らげた。 「ノダメサン、相変わらずすごい食欲ダネ。ちょっと腹ごなしに散歩しようヨ」 檀島を出て、やってきたのは上り坂に出来たエスカレーター。 「これ、なんデスか?」 「ヒルサイド・エスカレーターっていって、世界最長のエスカレーターらしいヨ。 ミッドレベルっていう高級住宅街まで、ずっと上り坂だから、住民のための足ダネ。でも、一方通行だから、時間で朝10時までは下り、その後は上りだけなんだけど」 ヒルサイド・エスカレーターに乗って、眼下の街並みを見渡す。ごちゃごちゃとした商店や、老朽化したアパート郡が終わると、オシャレなショップが多くなってくる。 途中下車して、また少し坂道を登り、昨日行きそびれたGODという雑貨屋さんに連れて行ってもらう。 中華テイストを取り入れた、シンプルモダンなインテリア雑貨が多い。遊び心いっぱいのキッチュな雑貨もある。 [喜喜]という文字をモチーフにした、箸や箸置き、ナプキンホルダーなどに引かれる。 「"Double Happiness"ダネ。幸福が訪れてくれるヨ、きっと」 「ほわぉ……。そですね、ぜひ家で使いマス」 このあたりはソーホー・ノーホーと呼ばれるエリアで、GODのほかにもインテリア、雑貨、洋服などを扱う、趣味がよくてこじんまりとした店が多い。 オシャレなカフェやレストランも多く、イタリアン、フレンチ、メキシカンなど多国籍な雰囲気。 「うわっ!レニー・Kがあるよぉ!ノダメサン、ちょっと覗いてもいいよネ?」 Ruiのおねだりが出る。 香港の若手女性デザイナーのお店らしい。中には、1つとして同じデザインがみつからないほど、さまざまな色、形、デザインの斬新なお洋服が並ぶ。 カジュアルなものもあるが、多くはゴージャスなデザインで、パーティーに来ていけるようなお洋服ばかり。 モダンな素材に、ビンテージだろうか、美しい中華風の刺繍の生地を大胆に組み合わせてたものが見事だ。 「Ruiが着たら似合うでショウね」 「そおぉ?やっぱり?フランス人男性もこういうの好きかナ?」 「え?フランス人デスか?そですねぇ、フランス人男性といっても、いろいろデスけど、Ruiの美しさを引き立てるようなお洋服であれば、どんなものでもいいんじゃないデスか?」 なんでフランス人男性?鈍いのだめにはまったくピンと来ないようだ。 Ruiはあまり役に立たない連れに、そっとタメイキをついた。 買い物をしながら、中環駅まで下りてきた。ちょうどやってきたトラムに乗り込み、移動。 Ruiに連れて来られたのは、古い商店が続く、乾物街だった。蝦、貝柱など、中華料理には欠かせない美味しいだしをとってくれる乾物が並べられ、量り売りされている。 「安くて質のよい乾物が買えるヨ。ノダメサンも買っていって、千秋においしいスープでも作ってあげたら?」 「イエ。のだめは千秋先輩から料理禁止令が出ているので。でも、これで美味しい中華を先輩につくってもらえマスね?」 香港で使われている斤(ガン)という単位は、グラムでいえば1斤が600グラムくらい。ふたりはあれこれ1斤づつ購入し、シェアすることにした。 乾物街の中には、高級な干しアワビ、燕の巣などだけ取り扱うおみせもあり、1つずつ箱に収められ、ガラスケースに並べられている様子は、さながら宝石店のようだ。 Ruiが「香港に来たら必ず寄る」というお店は、古臭い乾物街にはめずらしく清潔でシックな店構えで、ガラスのとびらを開け中に入ると、カラフルな色と、甘い香りが広がった。 「むきゃーーー!フルーツパラダイス!」 ドライフルーツの専門店で、梅や杏、マンゴー、レモンなど、さまざまなフルーツが色とりどりに並ぶ。 量り売りもあるが、食べやすくキャンディーのように個包装され袋詰めになったものもある。 「この、ホシウメのハチミツ漬けが美味しいんダヨ!大きくて一度口に入れると長持ちするから、麻雀してるときにいいんだよネ!」 「え、Rui、麻雀するんデスか?」 「当たり前ダヨ!麻雀は中国人の魂ダヨ!」 「……」 「このレモンの皮の砂糖漬けもオススメだよー。意外な美味しさでクセになるんだよネ」 いろいろと試食をして、いくつか気に入った物を袋で購入し、店をあとにする。 「ノダメサン、小腹が減らない?」 「小腹どころか、お腹ペッコペコデス」 MTRに乗り、尖沙咀へ。 世界でもトップランクに入る、香港を代表する5つ星ホテル、ペニンシュラホテルへ。 「ほわぉ……、なんか空気が違いマスね……」 有名ホテルだが、エントランスやホテル内ですれ違うスタッフたちは、みな人懐こい笑顔で声をかけてくれる。 格式は高く最高のサービスが受けられるが、けっして敷居は高くない。これが一流にして真の一流たらしめるペニンシュラのポスピタリティなのだろう。 「ここが有名な"ザ・ロビー"ダヨ」 プリンセスになったような気分でテーブルまで案内され席につくと、店内を見渡す。 「ほわぉ……天井が高いです……」 ふかふかの絨毯、程よい空調とわずかに鼻腔をつくフレッシュな香り。クラシックで重厚な空間が、不快なものはすべて吸い取って浄化してくれているような雰囲気。 ボーイは静かに近づき、二人の邪魔にならない程よい距離で、静かに微笑みこちらをうかがう。 Ruiが二人分のハイティーを注文すると、また静かな微笑みをうかべ、準備のために下がった。 美しく盛り付けられたスリーティアーズ、銀のティーセット、適度に暖められたカップがセッティングされる。 まずはほんのり温かいスコーンにクロテッドクリームをたっぷり。 「はぅん……、言葉がありまセン……」 中段にはサーモンサンド、キッシュ。上段にはチョコと季節のフルーツのプチケーキ。 そして、ペニンシュラのハイティーでは特別に、デミタスカップ入りのティラミスが別に運ばれてくる。 「ほどよい苦味のシャーベットに、濃厚マスカルポーネのティラミス。最高デス……」 ザ・ロビーストリングスの奏でる『Love is a Many-Splendored Thing』が心地よい。 「この曲、香港となにか関係があるんデスか?」 「香港を舞台にした『慕情』っていう映画の主題歌ダヨ。中国系ハーフの女医の自伝をもとにした映画なんだよね。 まぁ、悲恋のお話なんだけど、ワタシなんかは主人公の女性の複雑なアイデンティティーに興味を持ったカナ? 第二次大戦後のお話だから、時代背景とか女性の考え方とか、ちょっと理解困難な部分もあるんだけどね」 「悲恋デスか……」 「でも、主演のジェニファー・ジョーンズの身につけるチャイナが美しいンダヨね。香港の景色は、今とはまったく違うけど」 「いつか機会があったら見てみたいデス。とってもステキな音楽だし」 さりげなくカップに注がれた紅茶を味わいながら、もう一度心地よい生演奏に身を委ねる。 「明日、千秋先輩のところに行こうと思ってマス」 「へぇぇ……」 「Rui、いろいろアリガトゴザイマス」 「ワタシは別に何もしてないヨ?」 「千秋先輩が、Ruiに『素直じゃない』って言われたって……」 「ふふふ……。千秋ってば、ワタシをダシに気持ちを打ち明けたんダネ?」 やっぱり素直じゃないネー。 Ruiはトレイに1つ残っていたストロベリーマカロンを一口で頬張り、くくくっと笑うと、いたずらっ子のような目でのだめを見つめた。 |