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16.廟街 香港での最後の夜は、尖沙咀からネイザンロードを油麻地(ヤウマーデイ)まで進み、ローカルな麺屋やスイーツ屋を梯子して胃袋を満たす。 廟街(ミウガイ)のナイトマーケットをひやかし、チープな小物、アクセサリーなどを店主を相手に値切ったりしてショッピングを楽しんだ。 「ノダメサン、占いとか興味ある?」 「占い……デスカ?興味あるようなないような……」 「廟街にはすんごく当たる占い師がいるんだよネ。 どう?千秋とノダメサンのこと、占ってもらったら?」 ええ?のだめはいいデスよー!と抵抗も空しく、半ば強引にRuiにひっぱられるように連れてこられた露店。 座らされた前には、どこにでもいそうな人のよさげなおじさん。ふわっと微笑まれた途端、すべてを悟られたような、包み込まれたような気分になり、その場から動けなくなった。 Ruiはぼそぼそと広東語でおじさんと会話しながら、生年月日を書くようにとのだめに小さな紙切れを渡し、またおじさんと会話を続ける。 おじさんは一瞬、のだめと目を合わせ、促すように微笑むと、すっと真剣な表情にもどって、Ruiの顔や手を覗き込んでは、何かしらRuiに話しかけている。 のだめは言われるがまま、生年月日を書き込むと手持ち無沙汰になり、Ruiとおじさんを交互に眺める。 おじさんは穏やかながらも真剣な表情で、ぼそぼそとRuiに声をかける。だんだんとRuiの表情が惚けたように緩み、顔は熱を出したように赤らんでいくのがわかる。 「Rui、どしたんデスか?」 「……なんでもないヨ……」 Ruiは恥ずかしそうに、それでも満足げにおじさんにお礼らしき言葉を言うと、のだめの生年月日が書かれた紙切れをおじさんに渡し、席をのだめと替わる。 おじさんは紙切れを覗き込みながら、手元の中国語の分厚い本をぱらぱらとめくり、なにやら紙に字や数字を書き込んだりしている。 しばらくして顔を上げると、先ほどの穏やかな微笑みを浮かべながら、のだめの瞳を覗き込む。手のひらを上にし、のだめの前に差し出す。 何も言われなかったが、自分の手のひらを乗せろということだろうと理解し、恐る恐る手を差し出した。 おじさんは、「ホゥ……」と呟くと、のだめの手のひらを真剣に覗き込み、感心した様子で顔をあげ、Ruiに広東語で話しかける。 Ruiは相槌をうちながらしばらくおじさんの話しに耳を傾ける。のだめはドキドキしながら、Ruiからの言葉を待った。 「まず……、よく頑張りましたねって」 「え……」 「自分のこともそうだけど……、あなたはたくさんの人にとても影響を与える運命を持ってるって……」 「……のだめが、デスか?」 のだめはそこで、おじさんの顔を覗き込む。おじさんは満足げな表情で、大きくうなずく。 「その中でも、何人かの人にとっては、運命を切り開く重要な役割を持っていて……、その大きな宿命というか、仕事をすでにやり終えたところだって」 想像もしていなかった話に、心から驚いてしまい、のだめは言葉が出てこない。 「あのぅ……、のだめの人生はもう終りってことデスか?」 Ruiはちょっと呆れたような表情を見せつつ、おじさんと少しだけ言葉を交わすと、のだめに優しい笑顔を向け、話し続ける。 「人のために頑張ってあげる役割はひと段落ってことらしいヨ。これからは少し休息して、自分の楽しみとか、人生とか、伴侶とか子供について時間を使うことになるって」 「……伴侶……子供……」 「要するに、結婚?」 「がぼん……」 のだめは昨夜、もんもんとループしていた言葉をはっきりと告げられ、顔を真っ赤にしてもじもじと手元のバッグの取手を弄ぶ。 「でも……、のだめ、人のために頑張ったなんてつもり、全然ナッシングですヨ? 今だって楽しんでるし、音楽だってとっても楽しみまシタし……。 それに……、結婚しろって言われても、自分一人じゃできないことデスし……。こ、子供だって……」 はぅん……、こ、子供って……。 おじさんが、いたずらっ子のように微笑んだかと思うと、Ruiにまた話かける。 Ruiはうん、うんと頷いていたかと思うと、何かを思い出したようにクスっと笑うと、のだめに向き合う。 「まぁとにかく、ノダメサンがどう感じていようが、人生のターニングポイントに立っているって事らしいヨ。 それから、結婚相手についても、ノダメサンは一人じゃないでしょ?」 ほら、その左手薬指のカワイイ系のハートダイヤモンドにルビーのリングとか。しっかり決まってるジャン? そういってRuiはのだめの身体をからかうように肘でつつく。 「あとね、ノダメサンの大切なお相手については、決してあなたが振り回したりなんかしていないから、安心して、堂々としていなさいって」 「はぅぅ……」 おじさんからは、最後に『とにかく自分の思うように、気持ちのまま進みなさい』と、強く背中を押されるように、かといって押し付けがましくもなく、あの穏やかで優しい笑顔がやっぱり太極拳のようだと思いながら、熱に浮かされたように廟街をあとにした。 ホテルのある旺角にもどる途中、念願のオタクビル『信和中心』に入る。 プリごろ太グッズを漁っていても、なんだか結婚という言葉がちらついてしまい、いつものように夢中になれない。 それでも、今後のために広東語をマスターしようとプリごろ太の広東語版DVDと、昼間ペニンシュラで聞いた音楽が気に入ったので、映画『慕情』の廉価版DVDを購入し、ホテルまで戻った。 |