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19.Houston 2 心地よい夜風が、ちょっと火照った頬を撫でてゆく。 昼のオレンジと夜のダークブルーが交じり合う、夕闇の美しい地平線をバックに、オーケストラのチューニングが始まる。 ほどなく、愛しい恋人が、普段の公演より幾分カジュアルなスーツで舞台上に現れる。 「はぅん……、燕尾以外も素敵デス……」 舞台上にはピアノがセッティングされていて、自分ではないピアニストと一緒に登場した指揮者の恋人。 そんな光景に動揺しなくなったのはいつからだろう? 音楽の事と割り切っていても、真一が絡むとドロドロとした嫉妬のような自分勝手な感情に心を支配されて、冷静ではいられなかったコンセルヴァトワール時代。 シュトレーゼマンに導かれるまま舞台に上がり、音楽も含めた自分のすべてが真一と一緒に……と求めていた事実に気付く。 その目的を失ったまま、迷子になっていた自分を、もう一度引き戻してくれた先輩。 世界中どこでだって、誰とだって、音楽を楽しむことができるって、素直に認めることができた瞬間。 でもその後は? 純粋に音楽を楽しむ事に気付いたけど、女性としての幸せは? 音楽と切り離した時、自分の居場所は? ”のだめはいつだって、真一クンとずっと一緒にいたいんデスよ……” ヒューストンの夜風が、夕闇の空が、素直になれと優しくささやきかけている気がする。 オーケストラが、真一のタクトが、この土地のオーディエンスに馴染みの深い、ミュージカル音楽のメドレーを奏でる。 楽しげに、軽やかに。 地元のフェスティバルのファイナルを飾る演奏会で、オーディエンスの盛り上がりも最高潮。 野外シアターの開放的な雰囲気に乗って、ただでさえノリのよいアメリカ人の観客の作り出す熱気が音楽に共鳴して、夜空に向かって広がってゆくようだ。 演奏者にすれば、決してやりやすくはないだろう野外という環境にも、例年演奏しているオケは慣れているだろうが、この土地は初めてであろう指揮者である真一も、臆することなくオケを導いてゆく。 その表情には、日ごろの演奏会では決して見ることのできないほどの笑顔を浮かべていて、自らも歌っているのだろう、その美しい口元から、時折白い歯さえ覗かせている。 「千秋先輩もやりマスね?」 モヤモヤは胸の奥に押し込んで、のだめは立ち上がると、周りのオーディエンスたちと一緒に、心のまま音楽に身を委ねた。 あらかじめ決まっていたアンコール曲も終わったのに、観客席からの拍手は鳴り止まない。 Bravo!と歓声が上がり、指笛が鳴り響く。 こんな場所で、こんな曲やってるからか?俺のテンションもおかしかったんだ。 舞台上に残されたままのピアノとか、心地よい高揚感の中で見回した観客席の中で、嬉しそうに奇声をあげるアイツを見つけてしまったから。 「のだめーーーーっ!」 思わずあげた声に、アイツは驚きながらも嬉しそうに大きく手を振る。 まわりにいた観客の中に、アイツのことをNODAMEだと気付いた数名が、舞台に上がれと煽る。 それに乗っかって、俺も腕を大きく振ってアイツを呼び寄せていた。 戸惑いながらも、嬉しそうに頬を高揚させて舞台下まで押し出されてきたのだめを、身を乗り出して両手でがっちりと掴むと、舞台上へと引きずりあげる。 観客の大声援に後押しされ、俺はすっかり理性なんてものを放り出して、のだめをピアノの前に座らせる。 ”いつでもどうぞ” アイツのピアノから流れてきたのは、ガーシュウィンの『I Got Rythm』 思いつくままに自己流にアレンジして奏でられるメロディーに、オケが負けてなるものかとノリノリで合わせていく。 挑発的なピアノとオケの掛け合いに俺も気持ちよく巻き込まれてやる。 コイツに合わせられるのは、俺様だけだから。 いつの間にか、のだめのピアノからは『Rhapsody in Blue』の旋律が流れる。 あふれ出す音楽とアイツとの今まで。 もう分かってるけど。 俺はアイツに振り回されてたわけじゃない。 アイツのピアノが好きで、なんとか引き上げたくて、そのために自分が頑張るしかないと思っていたけど、そうじゃなくて。 もう、そんなことじゃなくて、俺がアイツを必要として、そばにいてほしくて。 アイツのピアノとか、俺のキャリアとか関係なく。 こうやって音楽と、観客の歓声に包まれていると、もうどうだっていい、アイツと今すぐ一緒になるって、素直に思えた。 「アメリカって恐ろしい国デスね……。ハイテンションな千秋真一……」 「お前うるさい……。もう黙れ……」 エアーコンディショナーの効いたホテルの部屋。 心地よく冷やされたシーツの上で、素肌を合わせて腕の中に抱きしめる恋人は、さっきまで全身を桃色に染めて、快楽に我を忘れていたくせに。 そんな余韻が薄らいでくると、のだめは今夜のステージでの出来事に思いを馳せ、『はぅん……』と奇声を漏らしている。 ステージ上も観客席も大興奮のまま、舞台袖にのだめを連れて戻り、俺はオケの連中に冷やかされることも気にせず、感情のままのだめを抱きしめた。 「はぅん……、真一クン、どしちゃったんデスか?そりゃー、のだめもノリノリで、めちゃめちゃ気持ちよかったデスけど……」 あ、NODAME演奏料高いデスからね?今夜タプーリお返ししてくだサイね?なんて、小悪魔的な発言を浮かれたように紡ぐアイツを黙らせるように、お決まりのキスをして……。 「……帰ったら、結婚するぞ」 俺は、アイツの耳元で、はっきりと宣言していた。 「えっと……。誰とデスか?」 そんな時までふざけたボケをかますアイツの胸ぐらを掴み、いつものように持ち上げてやると、 ”ギブギブっ!嘘デスってばっ” と抵抗しながらも、何となくアイツの声が鼻声のように聞こえたから、両肩を掴んで逃げられないようにして顔を覗き込んだ。 「げっ。鼻水出てるし……」 ”ふえっ……ふえっ……”と静かに涙を流すアイツに、 ”な、なに?嫌なのか?”と、ありえないほど焦りまくる俺に、やっと微笑んでくれた。 「ずっと一緒デス……」 「……披露宴とかしないからなっ!」 「……むっつりケチ……」 「なっ!関係ねーだろ、それ……」 |