芒果布甸/Mango pudding



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18.Houston 1



 のだめがジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港に到着すると、半年ぶりに逢う恋人は、少し照れたような笑顔で迎えてくれた。


 「ほら、荷物……」


 「ありがとデス!」


 逢えた喜びを満面の微笑みで表現する、一つ年下の恋人。
 無言で手を差し出せば、女性にしては大きめの手のひらを素直に自分に委ねてくる。
 そんな何でもない事が、とても幸せだと気付く。


 空港から劇場近くのダウンタウンにあるホテルまで30分ほど。荷物を置き、一息つけば夕食の時間だった。


 「飯食うか?」


 「はいっ!お腹すきまシタ!」









 長距離の移動で疲れているだろうと、ホテル内のダイニングで済ませることにする。


 テーブルに案内され、早速よく冷えた白ワインで久しぶりの再会に乾杯する。
 前菜が運ばれ、一息ついたところで、真一はのだめが今話したいだろう事について、振ってやることにした。


 「香港、どうだった?」


 「すっごく楽しかったデスよ!オフのうちにもう一度行こうと思ってるくらい」


 「え?」


 「Ruiがハマるのもわかりますヨ〜!食べ物は美味しいし、街歩きも楽しいし」


 そだ、真一クンも一緒に行きまショウよ?真一クンにも食べさせたいもの、いっぱいデスよ。海鮮とか、スイーツとか……。


 ホテルのダイニングとはいえ、今食べてるのもそこそこ美味しいヌーヴェル・キュイジーヌなんだが……。
 香港で食べた美味しいものを、あれこれと興奮した様子で話す恋人に苦笑いしつつ、よほど楽しかったのだろうと、自分のことのように喜んでしまう。


 コロコロと耳に心地よい、鈴の音のような恋人のかわいい声が心地よく、久しぶりにリラックスしていることに気付く。









 部屋に戻っても、土産物を広げながら香港話に夢中の恋人を、やっとのことで黙らせて抱きしめることができたのは1時間後。


 「わかったから……、もういい加減にしろ」


 「むきゃ?真一クン、甘えんぼう?」


 「うるさい……」


 その柔かい身体を腕の中に抱きしめ、誘われるまま桜桃の実に唇を寄せる。
 たっぷりと時間をかけて味わえば、恋人はぐったりと力が抜けて、自分にその身体のすべてを委ねてくる。


 「もう……真一クンのムッツリ……」


 疲れているだろうからと、休ませてやりたいと思う気持ちとは裏腹に、恋人がかわいい寝息をたてたのは、もう明け方近くであった。









 翌日から、オケとの打ち合わせやらリハーサルやらで、真一はのだめを置いて仕事に出かける。
 のだめのことが気にならないわけではないので、空いた時間に携帯に連絡をするが、のだめはのだめでダウンタウンの劇場などが集まる周辺を観光したり、楽しんでいるようで。


 仕事が終われば一緒に食事をとり、その柔かい身体を腕の中に抱きしめて眠る。


 ここ一年間のたっぷり溜まった疲れが、嘘のように消え去り、最近にはないほど、仕事に集中できている気がする。


 「今日はヒューストン宇宙センターに行ってきまシタ!ロケットは見れたんですケド、横に寝転がってるだけなんデスよ?
 ほかには管制室とか、ああっ!パイロットが訓練してるとこなんかも見られまシタ!」


 月の石って、そのへんの石ころっと一緒でしたヨ?と、一人でもすっかり楽しんでいるのだめの話を聞いているのはちょっと複雑だけど、一日仕事で緊張した神経がリラックスしていくのを感じる。


 「パイロットの訓練、すごかったデスよ?!並みの運動量じゃないデスね!」


 なんて、興奮気味ののだめをひょいっと横抱きにして、バスルームへ。


 「むきゃ?どういう流れデスか?」


 「ん?無重力体験と、適度な運動?」


 「ぎゃぼっ!むっつりの大気圏突入?!」


 「ぶっ!意味わかんねーし」


 もう黙れよ……と、うるさい恋人の唇をキスで塞げば、あっという間に腕の中でとろけていった。









 5日間の滞在予定も、気が付けば最終日。真一の本番を迎えていた。


 ハーマンパーク内にある、野外劇場ミラーシアターでのカジュアルな演奏会。
 本番前の少しの時間、真一はのだめと二人、公園内をのんびりと散策して過ごした。


 この1年間で、こんなに穏やかな気持ちになれたことってあったか?
 俺、いろいろ限界だったのかも……。


 ”結婚”ってこんな感じかな。


 「いいもんだな……」


 「むきゃ?思い出し笑い?さすがむっつり……」


 思わず零れた笑みを、その根源である恋人に目ざとく見つけられて、照れくささに力いっぱい抱き込むと、そのまま綺麗に刈り込まれた芝生の上に寝転んだ。


 「真一クン……、ここ屋外デスよ?」


 「そうだな……」


 なんだかテンションおかしくなってンだよ……。

 マイアミとか、ヒューストンとか移動してるからじゃねーの?と、自分の日ごろからはありえない行動を場所のせいにしてみる。


 「今夜本番終わったら……。俺またイタリアに戻るけど……」


 お前どうするんだ?と訊ねる前に、のだめはケロッとした様子で答える。


 「はい、おベンキョ頑張ってくだサイね?のだめはこの5日間でしっかり充電できまシタから……」


 ”きっと、しばらく大丈夫デス”なんて、うっとり満足気な微笑みを浮かべる。


 パリに一度帰って、ヨーダに音楽祭の報告しなくちゃとか、ニナにも呼び出されてるんですケドなんでショウ?とか、無邪気におしゃべりを続ける恋人。


 まだオフ続くんだろ?とか、一緒にイタリア行けばいいじゃん?とか、お前のこと、ヴィエラ先生にも紹介したいしとか……。


 ぼんやりと浮かんでいた計画は口に出せないまま。


 明日にはまた、この柔かいぬくもりを手放すことになる。


 「ぎゃぼっ!」


 真一はのだめを抱きこんだまま、身体を反転させて、のだめの胸に顔を埋めると、気付かれないようにそっと溜息をついた。




 

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