芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 6






 翌日、のだめを連れて、あの教会へ向かった。


 今度はのだめと二人だから、もう少し地味な車をヴィエラ先生から借りて。


 のだめを連れて車で遠出するなんて久しぶりの事だから、助手席のアイツはご機嫌で。


 エリーゼやらお互いの親への報告という一仕事も終えたこともあり、気持ちはとても軽やかだ。


 「これで後は、日本に帰って諸々片付けて、式挙げるだけだな」


 「真一くん、まだ報告しないといけない人、いるんじゃないデスか?」


 「……ジジィとか?」


 「まあそれは、のだめもオクレル先生とかいますケド」


 そじゃなくて……と、のだめは言いづらそうに俯いてる。


 「誰だよ?」


 「……真一くんのお父さん、デス……」


 「……」


 「のだめだって、紹介して欲しいし……」


 「……そうだな」









 前回来たときは、気の向くままにハンドルを切ってたどり着いた場所だったから、もう一度来られるか心配だったが、帰るときに気にしていたのでなんとか記憶を辿って、もう一度来ることができた。


 "やっぱりここ、前に来たことあるかも"


 着いた途端に、なにか懐かしいような、前回と同じような気持ちになる。


 いつ、だれと、何のために訪れたのか。具体的なことは全く思い出せないのだが。


 「かわいいところデスねー」


 漆喰の白壁が続く素朴な街並みを、のだめもひと目で気に入ったようだ。








 教会に到着し、声を掛けながら扉を開けるも、やはり無人だった。


 こじんまりしているが、信者たちから大事にされているのだろう、人の手がかかっている独特のぬくもりが、この教会を温かな雰囲気にしている。


 「ほわぉ……。素敵デス」


 「だろ?」


 真一は、祭壇の上のステンドグラスをうっとりと見つめるのだめの肩をそっと抱き寄せると、頬に優しくキスをする。


 次にここでキスをするときは、唇に。永遠の誓いをするときだと心に決めて。









 とにかく、この教会で式を挙げさせてもらう許可を取らなければならないが、教会が無人では為す術もない。


 手がかりを探して、とりあえず付近を散策してみることにする。


 しばらく行くと、商店が並ぶ通りに出た。
 突き当たりまで様子を見ながら進むと、広場のような場所が現れ、この辺りではひときわ大きな、瀟洒な建物がある。


 「ホテルか?」


 「そみたいデスね?」


 広場に向けて、コの字型を描くように建てられた3階建てのホテル。イタリアらしいオレンジがかった黄色い石壁の壁面に、木製の建具のガラス扉。


 押し開けてみると、かわいらしい鈴の音が鳴り、客人の到着を知らせる。


 フロントの役目を果たすらしい、こじんまりとしたカウンターの奥に、まんまると太った太鼓腹を重そうに突き出し、ソファーに座る男性が一人。


 老眼鏡だろうか、鼻にめがねを引っ掛け新聞に読みふけっていたところだったが、突然の日本人観光客の訪問に、新聞をたたむとカウンターに向かって立ち上がった。


 「お泊りですか?」


 旅行者にしては身軽な日本人に、いくらか警戒する様子でイタリア訛りの英語で話し掛けられる。


 真一は警戒心を解いてもらうために、ことさら愛想よく、流暢なイタリア語で答える。


 「いえ、申し訳ないのですが泊まり客ではないんです。
 実はこの近くにある教会のことで、お聞きしたいのですが」








 真一は、自分は指揮者で、ローマに定期的に滞在して、師匠についてオペラの勉強をしていること、先日ローマからドライブ中、たまたまこの街にたどり着き、あの教会に一目惚れをしたこと、ここにいる婚約者と結婚式を挙げたいと思ったことを正直に伝えた。


 ホテルの主人は真一の流暢なイタリア語に一瞬驚き、そのあとは好意的に話を聞いてくれたようだ。


 最後にはにこやかにのだめを見つめ、それはめでたいとお祝いの言葉まで掛けてくれた。


 そして、教会を管理している人物のいるところを教えてくれ、事前に連絡までとってくれた。


 「ありがとうございます」


 「いえいえ、どうぞお幸せに」


 丁寧にお礼をいい、出口にむかって歩きだすと、主人はわざわざカウンターからでて、見送ってくれる。


 「ところで……、お嬢さんも音楽家ですか?」


 のだめに向けた、主人からのイタリア語がわからず、真一に代わりに答えてもらう。


 「はい、彼女はピアニストです」


 「ほぅ、ピアニストですか……。
 実は、22年ほど前にこのホテルを開業したのですが、その最初の年に、日本人ピアニストの家族がここに宿泊してくれたことがあるのですよ」


 「え?」


 「男性のピアニストにその奥様と息子さん。とても昔の話ですが、ホテルを開業した年のことだったのと、当時、日本人観光客はめずらしかったので、とてもよく覚えています」


 「……」









 外に出て、主人に道を教わると、改めてお礼をいいホテルをあとにする。
 教会を管理している人物のところに行き、挙式の許可を得て申込をするためだ。


 ホテルの主人に教わった方向へ足をすすめるも、真一はホテルを出てから何か考え込んでいるようで様子がおかしい。


 「先輩、さっきご主人は何の話をしてたんデスか?」


 「あ、ああ……。
 お前も音楽家なのかって聞かれたから、ピアニストだって答えた」


 「それだけデスか?」


 「あ……、いや。
 昔、あのホテルに日本人ピアニストの家族が泊まったことがあるって」


 「ほわぉ……。それは奇遇デスね?
 そうだ、先輩。のだめたちもあのホテルに泊まりませんか?」


 「え?」


 「この街、とっても雰囲気が素敵ですし、教会で挙式するだけっていうのも、ちょっと残念というか……。
 あのホテルのご主人にも、突然こんなお願いしたのに、とっても気持ちよく助けていただきまシタし」


 「……そうだな。じゃあ、挙式の予約が取れたら、ホテルに戻ってみるか?」


 「はいっ!」


 真一は、この街に来るたびに感じる不思議な感覚と、先ほどの主人の話をもう少し聞いてみたいと、思いがけないのだめの提案に乗ることにした。



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