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マエストロの婚礼 47 窓から差し込む、朝の優しい光で真一は目を覚ました。 ホテルの窓に立ち、ローマの街の小さな空を覗き込めば、青空が見える。今日という佳き日は快晴のようだ。 気分もよくシャワーを浴び、ホテルのビュッフェで軽く朝食をとり、香ばしいエスプレッソを飲みながら、煙草をくゆらせる。 落ち着け、千秋真一。 今日という日は、昨日からの続きで、明日に繋がるただの通過点だ。 そうやって言い聞かせてみるものの、気を緩めれば口元は弛み、頬がほころぶ。 心地よい緊張感とやっと訪れた今日という日への期待感で、真一はテンションが上がっていくのを抑え切れなかった。 部屋に戻って、荷物をまとめる。チェックアウトに向かう途中に出会った、ホテルの従業員や旅行客に、満面の笑顔で挨拶を交わしている自分がいる。 "ああ、俺は今、幸せだ……!" ホテルを出て、ローマの街中にむかい、叫びたい衝動を抑えつつ、滑り込んできたタクシーに乗り込み、花婿は花嫁のもとへと向かった。 タクシーで通いなれた道を進む。 アウトストラーダを降りると、海岸線が飛び込んでくる。おもわず、身構える自分がいる。 「今日は快晴だし、海も凪いでいて、絶好のクルージング日和ですね」 そんな風にタクシードライバーから話しかけられ、真一は恐る恐る海に視線を向ける。 「……本当に、すごく綺麗だ……」 口をついて出た言葉に、真一自身が驚かされた。物心ついてから、こんな風に海をしっかりと眺めたのは初めてのことで、落ち着いた気持ちで眺められるのも驚きだが、あの恐ろしいとしか思えなかった海が、優しく、美しく、まるで自分を包み込むように広がっている。 "ありえねぇ……" 真一は、自分のあまりの変わりように可笑しくて、思わず笑い出してしまった。 「お、お客さん?大丈夫ですか?」 「くくく……、すみません、大丈夫です……くくく……」 真一のあまりの挙動不審さに、タクシードライバーはおびえ、無言のまま、先を急ぐのであった。 慌てるように走り去ったタクシーを見送り、真一はシモーナの家の呼び鈴を鳴らす。 「Buon giorno!」 「シンイチ、今日はおめでとう!花嫁もお待ちかねだよ」 シモーナの夫に迎えられ、ハグを交わす。 しばらくして、シモーナに伴われて花嫁が現れた。 「おはよう」 「おはようございマス!」 シモーナともハグを交わし、真一はのだめに手を差し出す。 真一の左手にのだめの右手が重なる。 二人は笑顔で見つめあい、シモーナ夫婦に向き直ると、晴れやかな表情で"行ってきます"と挨拶をする。 「あ、待って!」 一度、家の中へ引っ込んだシモーナは、手にパステル色の小花で作られた可愛らしいブーケを持ち、戻ってきた。 「ノダメ、これを持っていって。私たちからの贈り物よ」 「ほわぉ……、とっても可愛いデス! シモーナ、ご主人、ありがとうデス!」 のだめは二人とハグを交わすと、もう一度花婿の手をとり、笑顔でシモーナ夫婦に手を振って、教会へと向かった。 教会までの道を、真一は右手に婚礼衣装などを詰めた大きなバッグを持ち、左手でのだめと手を繋ぎ、歩いてむかう。 けっして軽くはない荷物だが、心は軽やかでまったく苦にならないから不思議だ。 左側を歩くのだめも、いつものふわふわとした足取りがさらに軽やかで、まるで羽がはえて宙に浮いているようだ。 「真一クン、昨日はよく眠れまシタ?」 「うん……、ヴィエラ先生にストリップバーに連れて行かれそうになったけどな」 「ぎゃぼっ!独身最後の夜にやんちゃなこと、しちゃいまシタ?」 「いや……、結局、親父とホテルのバーで少し飲んだだけ」 「むきゃっ?雅之パパ、ヴィエラ先生のところに来てたんデスか?どうして?」 「あー……、なんで来てたのか、そういえば聞きそびれた。 なんだか知らねーけど、泊まってるホテルも一緒でさ、寝る前にちょっと飲もうってことになって……。 お前は?女同士のブライダルシャワーとやらは、どうだったんだ?」 「えと……、楽しかったデスよ?美味しいものをたくさん食べまシタ! それも、甘くて、可愛らしい、お菓子をいっぱい! 贈り物をもらったり、結婚式の話をしたり……」 「贈り物?誰からもらったんだ?」 「え、えと……、聖歌隊の人とか?」 「へぇぇ……」 教会へ到着すると、入り口でアラン牧師が二人を出迎えていた。 牧師は、2週間前の腑抜け状態から打って変わって、牧師然とした穏やか微笑みを浮かべ、落ち着き払っている。 「チアキ、ノダメ、お待ちしてました。 準備万端ですよ。さあ、こちらへ」 通されたのは、花嫁と花婿が着替えをしたり、結婚式までの間を過ごす控え室。 小さな部屋には、テーブルセットと、大きな姿見と、チェストが1つ。 チェストの上には、信者の手作りだろうか、ウェディングベアが1組飾られている。 この部屋を挟んで左右に、花嫁と花婿が準備をする部屋が用意されている。 「では、準備が整いましたら、声を掛けてください。礼拝堂でお待ちしております」 一通りの説明を簡単にすると、アラン牧師は礼拝堂へと出て行ってしまった。 「……じゃあ、着替えるか」 「は、はいっ」 のだめと真一は、着替えのための左右それぞれのスペースへとわかれて、入っていった。 真一の"雪見だいふく"発言から端を発した、"のだめふくれ事件"を経て、真一はのだめへの2度目のプロポーズをテディベア片手に行うという辱めを受け、一時はどうなることかと思われた結婚式。 ※注:詳細は当サイト『照れ屋な恋人』を参照ください。 二人は今、礼拝堂に続く、扉の前に立っていた。 花嫁は、先ほどまでの膨れっ面から打って変わって、頬はばら色で、瞳はきらきらと輝き、可愛らしい恥じらうような微笑みを浮かべ、ヴェールの下から花婿を見上げている。 大きく開いた胸元には、先日征子から贈られた真珠のネックレス。 ハイウエストのプリンセスラインは幾重にも重ねられたチュールによりふんわりと膨らみ、ちょこんと乗せられたようなチュールのパフスリーブが華奢な肩を包んでいる。 花婿はオフホワイトのタキシードにその長身を包み、サッシュのシックなグレーシルバーに合わせたクロスタイに、ローマのジュエリーショップから贈られたタクトをモチーフにしたピンが留められ、一粒のダイヤが煌めいている。 その左腕には花嫁の白い腕が優しく絡められており、自分を見上げる薄茶色の瞳を、優しい漆黒の瞳で見下ろしている。 扉の向こうから、オルガンの演奏が聞こえてきた。 二人はアインザッツを交わすように、言葉は交わさず、見つめ合う瞳だけでわかりあう。 真一の右手が扉を開け、二人はゆっくりとバージンロードを進んだ。 小さな礼拝堂の短い通路には真一とのだめのために純白のバージンロードがひかれ、小さな花束とリボンの飾り付けがされている。 祭壇の前には牧師が柔らかな微笑みをたたえ、真一とのだめを待ち受ける。 真一は、誇らしげに胸を張り、堂々と進む。 時折、花嫁を見つめ、愛おしそうに微笑みながら。 のだめは少し緊張した面持ちだが、花婿に寄り添い、時折自分に向けられる真一の微笑みに、優しく微笑み返す。 祭壇の上部から柔かいステンドグラスの光が、真一とのだめを導くように降り注ぐ。オルガンの演奏がゆっくりとフェードアウトし、二人は牧師の待つ祭壇の前にたどり着いた。 二人きりで賛美歌を歌い、牧師からは夫婦として必要な神の教えの朗読がされ、いよいよ誓約へと進む。 「シンイチ・チアキ。あなたは、神の教えに従い、清い家庭をつくり、夫としての分を果たし、常にあなたの妻を愛し、敬い、慰め、助けて、死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓約しますか」 「はい、神の前に謹んで誓約いたします」 真一の力強い誓約が、小さな礼拝堂に響きわたった。 指輪の交換では、のだめの指の震えが止まらず、真一は指輪を嵌めてもらうのも、嵌めてあげるのも一苦労する。 「おい、落ち着けって……」 「だって、止まんないんデスよ……」 「時間はありますから、ごゆっくりどうぞ」 牧師に優しく語りかけられ、真一とのだめはお互いの手を掴み、掴まれたまま、いったん深呼吸をし、とにかく指輪を落とさないようにと、ゆっくりとお互いの薬指に誓約の印を刻んだ。 「それではここに、シンイチ・チアキとメグミの二人が夫婦となったことを宣言いたします」 牧師が高らかに宣言をすると、のだめは真一の前に小さく身をかがめた。真一はのだめに向かって一歩踏み出すと、のだめの顔にふんわりと被せられたヴェールを頭上へと持ち上げる。 のだめの身体がゆっくりと起こされ、うつむいていた顔が真一を見上げる。 真一の両手が、のだめの肩を優しく抱き寄せ、漆黒の瞳がのだめの瞳をとらえる。真一の美しい顔がゆっくりと近づき、のだめの瞳が閉じられると同時に、二人の唇が重なった。 ばぁーんっ! 「ん?」「ふぉ?」 祭壇の脇の扉が開かれたと同時に、にこやかな聖歌隊が流れ込んできた。 オルガンが賛美歌の前奏を奏でる。 「シンイチ、ごめんなさいね。私たちの教会で、聖歌隊の歌わない結婚式はありえないのよ。 あなたたちの意思は尊重して、ここまでは我慢してあげたんだから、許してね」 そういって、シモーナはいたずらっ子のような微笑を浮かべ、聖歌隊をあっという間に整列させると、賛美歌を歌い始める。 牧師もシモーナと同じような微笑みを浮かべ、二人に退場するように促す。 真一とのだめは、驚きのあまり言葉を失い、それでもなんとか回れ右をしてバージンロードを出口に向かって進む。 「おい……、お前は知ってたのか?」 「しししし知りまセンよ、これは……」 「は?これはってどういうことだよ、ほかになんかあるのかよ?」 「さぁぁ?(目そらし)」 「はぁぁ……。このまま退場しても大丈夫なんだろうな?」 「大丈夫……デショ?」 「なんか、寒気がする……」 真一は出口を恐る恐る見つめると、左腕につかまるのだめの右手を自分の右手で、ぎゅっと握りしめる。 「大丈夫デスよー、さ、進んでくだサイ?」 「う、うん……」 真一はのだめに促され、ゆっくりと出口へと進んだ。 真一の手が教会の扉に届くまで、あと1歩。 48へ> |