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マエストロの婚礼 48 背中に聖歌隊の賛美歌を聞きながら、真一は扉に手をかけ、息をのむ。 「あ、開けるぞ?」 「はい……」 扉を開こうと力を入れた瞬間、外側から扉が一気に開かれ、真一は危うくバランスを崩して倒れかかったところを、のだめからぐいっと引き戻された。 「うわっ!」 「「「おめでとーーー!」」」 次の瞬間、真一は飛び込んできた光景が信じられず、右手で眼をこすった。 「嘘だろ……」 扉から続く階段の両脇には、たくさんの懐かしい顔、見慣れた顔が並び、口々にお祝いの言葉を投げかける。 「お前、知ってたのかよ」 「えへ、これは昨日知りまシタ」 「昨日?」 「はい、シモーナの家で、征子ママや由衣子ちゃん、ヨーコやターニャ、清良さんに真澄ちゃんまでお祝いをしてくれたものデスから。 絶対内緒にしろって約束させられて、のだめだって辛かったんデスよ?」 「千秋!いつまでつったってんだよ、早くこっちまで来いよ☆」 峰が両手いっぱいにライスシャワーをつかみ、真一に浴びせる気満々で構えて大騒ぎしているのを、清良が呆れ顔で叱りつけている。 「きゃあーーーっ!千秋様の白タキシード素敵!真澄、もういつ死んでも悔いはありませんわ……」 真澄が目にハートマークを浮かべ、体をくねらせる。 ターニャと黒木君、フランクと……Rui? 三善家からは俊彦と由衣子、野田家からは佳孝、もちろん征子と雅之、ヨーコと辰男と、二人の両親も揃って祝福の列に並んでいる。 真一はのだめに引きずられるように、脳内が真っ白の状態でライスシャワーとお祝いの笑顔の中を進んで行った。 なんとか教会の階段を下りきると、のだめの周りを女性陣が取り囲む。 「のだめちゃん、とっても綺麗よ!」 「清良サン、ありがとうございマス!」 「うん、最高に可愛いネ!」 「Rui!忙しいのに来てくれたんデスね!」 すっかり親しくなったのだめとRuiは、久しぶりの再会に抱き合って喜ぶ。 「まったく、あのひょっとこ娘がこれほど化けるとはねぇ、女って恐ろしいわね……」 「真澄ちゃん、それって最上級に褒めてくれてるんデスよね?」 「ふんっ、なんで私があんた何かをっ!」 真澄は憎まれ口を叩きながらも、最高に幸せそうな笑顔を浮かべている。 「さあのだめっ!ブーケトスをしてちょうだい!私が絶対ゲットするんだからー!」 ターニャの叫び声で、女性陣が一気に盛り上がる。 征子までも参加したブーケトスは熾烈な争奪戦となり、幸運のブーケを勝ち取ったのはなんと真澄であった。 続いて、どこから運ばれたのか、一脚の椅子が運ばれ、花嫁が座らされる。 「今度はガータートスだ!千秋、頼むぞ☆」 また峰がおおはしゃぎでわめいている。 「なんだよそれ……」 「花婿が、花嫁のドレスの中に潜り込んで、口でガーターベルトを取って、それを独身男性にトスするんだよ!」 フランクが嬉しそうに叫ぶ。 「はぁぁ?!そんな恥ずかしいことできるわけねーだろっ!」 「だめよ真一、お祝い事なんだから、ちゃんとやりなさい?」 とは征子。 「真兄ちゃま、頑張って!」 由衣子からも無邪気な声援が飛ぶ。ターニャや清良のにやけ顔も見える。 真一は教会の扉を開けたことを心の底から後悔し、クラクラと眩暈を起こしながら、唯一自分の味方であろう、のだめのもとに駆け寄る。 「おい、何とかしてくれ……」 「真一クン、覚悟決めちゃいまショウよ? 二人っきりの時には、喜んでやるようなことデショ?いたっ!痛いデスー!」 「はぁぁ……何でこんなこと、こいつらの前でやらなきゃいけないんだよ……」 がっくりと肩を落とす真一の首を、のだめは自分の方へぐいっと引き寄せる。 「ぐえっ!なんだよ……」 「皆サン、真一クンとのだめのことを祝福してくれてるんデスよ? 一生に一度じゃないデスか、ガタガタ言わずに、ちゃっちゃとする!」 「……はぁ……どうしても?」 捨てられた仔犬のような情けない目でのだめをうかがう真一に、のだめは何やら耳打ちをする。 真一はその言葉にぽうっと頬を赤らめると、のだめの目を覗き込み様子を伺う。 のだめはただにっこりと微笑み、真一にうなづき返す。 真一は小さくため息をつくと、つぶやいた。 「……わかったよ、約束だからな?」 ヒューヒューと指笛が鳴り、冷やかしの野次が飛ぶ。 真一は覚悟を決めると、真っ赤な顔でのだめの足元に体を伏せ、ドレスの中に頭を突っ込んだ。 「ぎゃーーーーっ!のだめっ!殺すわーーーーっ!」 真澄の耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。女性陣はきゃーきゃーと黄色い歓声を上げる。 真一は、もぐりこんだドレスの中で、のだめの左足にはまる、レースのガーターベルトを口で咥えると、のだめの左足を両手で支えながら、足首まで滑らせ、左足のパンプスを脱がせると、そのままガーターベルトを抜き取った。 がばっ! 真一が、ガーターベルトを咥えたまま、起き上がると、一斉に大きな歓声が沸き起こる。 真っ赤な顔で、ガーターベルトを手に持ち替えると、真一が叫ぶ。 「これで満足かっ!ありがたく受け取れっ!」 「うぉーーーーっ!」 快晴の青空に、ガーターベルトが弧を描く。 欲しがっていたのは峰だけだったのにも関わらず、真一の突然のトスに、反射的に見事キャッチしてしまったのは、なぜか黒木であった。 「うわーん、清良ぁー!」 「ばかっ!恥ずかしいからやめてよっ!」 「峰君……、よかったら譲るよ……」 「よしっ!記念撮影するぞ!」 峰の掛け声のもと、花嫁と花婿を中心に撮影が始まった。 真一は先ほどのガータートスの疲れからぐったりと不機嫌な表情でなすがままになっている。 最後に花嫁とツーショットを撮影すると言われ二人で教会の階段の上に立つ。 「千秋!のだめを抱き上げろ!」 「え……」 「真一クン……」 戸惑う真一に、左側に立つのだめは、上目使いで真一の袖口をつんつんと引っ張り、いつものおねだりモード。 「ったく、しょがねーな……」 真一はもうどうにでもなれと、花嫁を抱き上げる。 「はぅん……のだめ幸せデス……」 自分の腕の中で、喜びに満面の笑みを浮かべるのだめを見て、真一は自分のプライドなど、どうでもいい気がしてくる。 「簡単なやつ……」 溢れる笑顔で見つめ合い、二人の世界にひたっている真一とのだめの姿を、峰はしっかりと撮影し、友人や親族たちも幸せな気分で脳裏に焼き付けた。 一通りのイベントが済んだころ、教会に一台の車が滑り込んでくる。 pupu! クラクションが鳴らされ、窓から見慣れた顔が覗く。 「チアキ!奥さん!迎えにきたよ!」 「え?テオまで何故……」 ウェディング仕様の派手に飾り立てられた車に、真一とのだめは押し込められる。 「お、おいっ!どこに連れてくんだよ!俺たちは今日、ホテルに泊まることに……」 「観念しなさい、夜には解放してあげるから」 「うっ……」 母親に凄まれ、真一はもう抵抗するのは諦め、ぐったりとシートに体を預ける。 「お前はこれから何があるのか知ってるのか?」 「むきゃ?知りたいデスか?」 「……いや、やめとく」 テオが運転する車以外にも数台の車が乗りつけ、友人たちがそれぞれ車に乗り込む中、征子は一人、牧師のもとに行き、何やら楽しげに話し込んでいる。 「おい……」 「うわっ!何だよ親父かよ……」 雅之が突然、真一の乗り込む車の窓から顔を覗かせたのだ。 「おい、お前が昨日話してた牧師ってアイツか?」 雅之は、征子とアラン牧師のほうを顎でしゃくり、真一に尋ねる。 「……そうだけど、何だよ?」 「……なんでもない……」 雅之はそれだけ確認すると、むっつりと三善家の車に乗り込んだ。 「むきゃ?雅之パパ、征子ママと牧師サマのこと、気にしてるんでショウか?」 「そ、そんなわけねーだろ……」 シモーナの夫の運転する車を先頭に、真一たちが到着したのはあのマリーナだった。 クラブハウス前のデッキにはテントが張られ、その下には……オーケストラ? 真一とのだめは車を降り、デッキへと向かう。 快晴の青空のもと、海はしずかに凪ぎ、太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。 「ほわぉ……とっても綺麗デス……」 「……うん、綺麗だな……」 「むきゃ?真一クン、余裕デスね?」 「……まあな」 先ほど、タクシーの車内から眺めたときと同様に、真一は桟橋や海を目前にしても、心は穏やかで、恐怖を感じることは一切なかった。 「真一、大丈夫そうね?」 征子が二人に近づき、声をかける。 「これって全部、母さんの仕業か?」 「あら?なによ、その言い草。 失礼な子ねぇー、さっきはのだめちゃんのドレスの中に入って、喜んでたくせに……」 「なっ!」 征子はけらけらと笑いながら、シモーナたちのところへ逃げていった。 真一たちがデッキに近づくのにあわせ、オーケストラがフィガロの結婚 序曲を演奏しはじめた。 タクトを振っているのはジャン、オケメンバーはもちろんマルレのメンバーたち。 デッキの上には、いくつものテーブルを繋げた、50人は座れそうな特大の超ロングテーブルが用意され、その中央に用意された花婿と花嫁の席に座らされる。 「チアキ、ノダメ、おめでとー!」 マルレのメンバーから、演奏をしながらもお祝いの言葉が投げかけられる。 「チアキ、白タキシードがお似合いよー!今シーズンのポスターはそれで決まりね!」 とはノエミ。 「はぁぁ……」 真一は大きくため息をつく。 「……真一クン、やっぱり嫌でシタ?」 のだめが不安そうに真一を覗き込む。 「……ごめん、もうちょっとだけ慣れるまで時間かかるかも……」 二人の親族、友人、そしてこの街で出会ったシモーナたち。 真一とのだめの結婚を心から祝うメンバーが、イタリアの小さな街のマリーナに集まり、祝杯を上げる。 セバスチャーノ・ヴィエラの音頭で、シャンパンで乾杯が行われた後は、全員が1つのテーブルに好きなように着席し、食事やおしゃべりを楽しむ。 真一も徐々に緊張がとれ、のだめと一緒に仲間と過ごす時間を心ゆくまで楽しんだ。 笑顔と笑い声がマリーナの青空のもとに広がり、テーブルいっぱいに溢れていた。 最終話へ> |