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のだめを乗せたタクシーがシモーナの家に到着した。 呼び鈴を鳴らし、ドアが開かれる。 「Buon giorno!」 「いらっしゃいっ!待ってたわよ〜!」 「ふぉ?ふぉぉぉーーーっ!!!」 「ちぇっ、なにが女同士のブライダルシャワーだよ。 俺にどうしろっていうんだよ、1人でつまんねーんだよっ!」 1人寂しくホテルにチェックインした真一は、シングルルームのこじんまりとしたベッドに、その大きな身体を投げ出した。 "bububu……" 携帯が着信を知らせて震える。 「ん?ジャン?」 「チアキ、いらっしゃーい!」 「シンイチ、待ってたぞ。早く早くっ!」 「よぉ……」 じゃーら、じゃーら……。 1人寂しく暇を持て余していたところに、めずらしくジャンからの呼び出しにヴィエラ邸を訪れてみれば、ジャン、ヴィエラと一緒に、最近やたらと顔をあわせるようになった『マ』のつく人物が、ブリッジテーブルを囲んで、点心麻雀の牌をかき混ぜていた。 「はぁ、助かったわ。じゃあ、私は奥様とショッピングに出かけるから。 あとは男同士でどうぞっ!」 面子が足りないからといって不本意ながら参加していたゆうこが、せいせいした表情で真一に席を譲る。 「親父……、こんなところで何やってんだよ?」 雅之の左隣の席に腰を下ろすと、真一が耳打ちする。 「こんなところってなんだよ」 真一の内緒話を、指揮者の耳で聴き取ったヴィエラが、真一の台詞に異議を申し立てる。 「はぁ、すみません……、そういう意味ではなくて……」 雅之が麻雀牌を並べながら、ぼそぼそとつぶやく。 「お前なぁ……、そもそもヴィエラと俺は古い付き合いで、お前なんか俺のおまけでこうやってヴィエラに世話になってんだぞ? ここはお前だけのテリトリーじゃねーんだ。偉そうにすんな、あほ息子」 「だっ、あほ息子ってなんだよっ!ばか親父がっ!」 「はいはい、仲良し親子なのはわかったから、早く牌並べてくれないかな、チアキ」 「「仲良しじゃねぇっ!」」 「くくく……、見事なハーモニーだな」 「「うっ……」」 ヴィエラとジャンに自分たちのことをからかわれ、これ以上抵抗してもさらにからかわれるだけだと知った千秋親子は、もうお互いのことは何も言うまいと口をとざし、黙って牌を並べるのだった。 「チアキもいよいよ年貢の納め時だね、くくくっ……」 牌を切りながら、ジャンが嬉しそうにつぶやく。 「まぁ、俺はお前みたいに、女に迫られて結婚を決めたわけじゃねーからな、幸いなことに」 ウィーンでの公開プロポーズ(結果)のことを持ち出され、真一の厭味にカチンときたジャンが、ここぞとばかりに攻撃する。 「そんな強がりいっちゃって……。どうなったのさ?ブラジル人女性との修羅場は」 「なんだ?ブラジル人女性って。お父さんはそんな話は聞いてないぞ?」 雅之が、出来のよすぎる息子のスキャンダラスな話にわくわくしながら、にやけ顔を向ける。 「あほか。ブラジル人女性ってエリーゼのこと言ってんだろ? あれは俺の女でも、なんでもねーぞ」 「またまたぁ〜!エリーゼに呼び出されて、のだめが行方不明で大変だっていうときに、ブラジルにすっとんで行ったじゃないかー!」 「あれは仕事だろ? エリーゼは俺とのだめのマネージャーだからな。 ほら、お前だって、ゆうことウィーンまでついて来て、シュトレーゼマンのところで会っただろ?」 「えっ!ええええーーーーっ! あの、金髪めがね肉食系女史?」 「そうそう、エリーゼはお前のことが相当気に入ってンぞ? 指揮コンの時から目つけてたからな。 ……ゆうこに内緒で紹介しようか?」 のだめにもジャンたちにも振り回されて、フラストレーションの溜まっていた真一は、ここぞとばかりに仕返しをすると、してやったりの表情を浮かべる。 呆然と牌を切るジャンの手元を見ていた真一が、追い討ちをかけるように鳴く。 「お、ジャン、それロン!あがりだ。悪いな」 きっ!ジャンは悔しさに顔を真っ赤にしてチアキを睨みつけると、両手で場をぐちゃぐちゃにかき混ぜてしまう。 「お、おいっ!」 「ち、チアキとノダメなんて、大っ嫌いだっ!うわーんっ!」 「おいおい、泣いて逃げるって……」 だだだだっ!ばたんっ! 泣きながら、部屋に逃げ込んだジャンのおかげで、男同士の麻雀牌を囲んだバチェラーパーティーはお開きとなった。 「さて、男3人でストリップバーにでも繰り出すか?」 「え、ヴィエラ先生勘弁してくださいよ……、どうして親父なんかと……」 「俺だって、息子の前でストリップなんか楽しめねーぞ」 「あはははっ!そりゃそーだな。 じゃあ、邪魔者は消えることにするから、結婚前夜を親子水入らずでどうぞ、ごゆっくり」 「お、俺はホテルに帰ります……」 「じゃあ、俺も……」 それじゃあ、また1ヵ月後に伺いますと真一はヴィエラに挨拶すると、父親と一緒にヴィエラ邸を後にした。 「え?」 「なんだよ、お前も同じホテルかよ……」 つくづく気の合う親子である。運転手に告げた行き先は、はからずも同じホテルだった。 タクシーを降り、ホテルに足を踏み入れると、雅之がバーで飲もうと提案する。 「仕方ない、男1人で寂しいお前に付き合ってやるよ」 「頼んでねーぞ……」 憎まれ口をたたくひとり息子を連れ、雅之はホテルのバーに向かう。 なぜか真一は、男二人で結婚前夜を過ごすことになった。 カウンターに並び、グラスを傾ける。 「征子から聞いたぞ?親父の話、オクレールから聞いたんだってな」 「うん……」 こんなとき、相手の目を見ないですむカウンターはつくづく楽だと雅之は思う。適度に照明が落とされ、一流のバーだけにいる一流のバーテンダーの適度な距離感に、話しづらいことも言いやすくなるのだ。 雅之はそんなシチュエーションに身を任せるように、ひとり息子に告白を始めた。 「俺はこれでも、子供のときは素直な子供だったんだ。 親父がピアノをやれといえば、素直に毎日、一生懸命練習したよ。 でもな、人間素直に従い続けていると、ある日突然爆発するもんだ。 何を血迷ったか、俺はピアニストだけで終わる男じゃない、俺が進む道は作曲だと思っちまった。 まぁ、親父への反抗というか、男として誰でも通る道なんだろうな」 雅之は煙草に火をつけると、深く味わってからゆっくりと吐き出す。 「でもまぁ、俺はラフマニノフじゃなかったってことだ。 もともと、そんなに作曲が好きだったわけでもなし、あっさりと諦めてピアニストとして歩き出すことを決めた。でも、意地をはって、親父のところには最後まで戻らなかった。 征子と出会って、お前が生まれて、俺は少しずつ自信を取り戻して……。 最後まで親父と和解しなかったのは後悔してないといえば嘘になるけど、親父が生きているうちに、ピアニストとして世に出ることができたから、親父はそれでわかってくれたと思ってる。親子ってのは、そんなもんだろ?」 ここまで一気に語ると、雅之はグラスの酒を飲み干し、バーテンにおかわりを頼んだ。 「……だから俺がピアニストになりたいって言ったとき、親父はピアノはやめろって言ったのか?」 真一は、思い切って幼いころから一番聞いてみたかったことを、雅之に投げかける。 雅之は、しばらく煙草をくゆらせ、目をとじたまま語り始める。 「それもある……。 でも、本当の理由は、お前の才能だ。 俺のピアノをお前がなぞって弾いたことがあっただろう? あの時俺は、嫉妬するくらい、お前には溢れる才能があると感じた。 お前の中にある音楽は、ピアノ一台で表現しきれるものじゃない。 あの頃、お前は素直で、俺を無条件に崇拝してたから、もしピアニストになると言ってピアノを始めてしまったら、お前の中に眠る指揮者としての才能を潰してしまうことになると思ったんだ。 ……おい、こんなことは二度と言わねーからな……」 「うん……ありがとう……」 真一は、自分の中にいる、幼い5歳の自分が、温かな喜びの涙を流しているのを感じる。 二人はその夜、カウンターに並んで座ったまま、一度も目を合わせることはなかった。 それでもふたりの間には、温かな感情が流れ、親子だけに分かる思いに溢れていた。 バーを出て、エレベータを待ちながら、ふと真一は思い出したようにつぶやく。 「そうだ、俺たちが挙式する教会の牧師がさ、母さんに惚れちゃったみたいなんだ。 2週間前に会ったときは腑抜け状態で、結婚式のリハーサルもなんだか心ここにあらずでさ。 はぁ……明日は大丈夫だろうな。 なあ、母さんって今年でいくつになるんだっけ?」 「……ふん、征子も災難だな。牧師ってハゲ親父か?」 「それがさぁ、年は俺よりちょっと上くらい? 背も俺より高くて、ちょっと色黒なハンサムなんだよな……」 ちーん。 到着したエレベータに乗り込む。 「親父、何階だ?」 「……」 「……おい、親父。何階に行けばいいんだよ?」 「……あ、ああ……」 「なんなんだよ……。飲みすぎか?大丈夫かよ?」 大丈夫ではないような……。 真一は、雅之に投下した爆弾の正体に気付かないまま、幸せな思いで部屋に戻ると、1人寝のベッドに身をゆだねた。 明日はいよいよ、真一とのだめの結婚式。 47へ> |