芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 46






 結婚式までの1週間は、ここ3ヶ月の出来事が嘘のように、穏やかで静かな1週間だった。


 ヒューストンでのプロポーズ。イタリアであの街に出会って教会通いをすることになって……。挙式するためだけに出会ったと思っていたこの街に、自分の幼いころのトラウマの秘密だとか、父親の思いが隠されていたなんて思いもせず……。


 一気に自分のアイデンティティが崩壊するかのような真実を突きつけられて、それでもそばにのだめがいてくれたから、俺は新生"千秋真一"として、また歩き出している。


 イタリアに向かうための荷物をまとめながら、ヨーコが作ってくれた"白い衣装"を目の当たりにし、俺は早くも後悔をしはじめていた。


 「なぁ……、俺、本当にこの真っ白なモン、着るのか?」


 「……当たり前デショ?なにびびってんデスか。
 のだめと二人っきりなんデスから、覚悟きめろってんデスよ!」


 「……はぁ」


 のだめはいつものように、風呂敷に挙式のためのドレスやらを包み込み、準備万端と仁王立ちで俺を睨みつける。


 「さぁ、結婚式デスよ!
 とっとと支度して、イタリアへ出発デス!!!」









 イタリアに到着した。


 まずはジュエリーショップに立ち寄り、結婚指輪を受け取る。


 「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 いつものように個室に通され少し待たされると、店員がうやうやしくベルベットのトレイを手に部屋に入ってきた。


 「NODAME様の指に合わせて、少し調整をしたのち、メッセージを刻印いたしました。日付は明日になっております。ご確認ください」


 「ほわぉ……」


 艶消しとはいえ、磨かれたリングは、前回目にしたものよりも、素朴ではあるが美しく鈍い光を放っていた。


 真一とのだめはまずお互いのリングに刻印されたメッセージを確認し、間違いがないことを確かめると、照れ隠しをするようにぎこちない微笑みを浮かべ、リングを交換する。


 「……真一クンもフランス語デスね?」


 「……うん……」


 「はぅん……Tu es tout pour moi……」


 「ば、ばかっ!読み上げんなっ!」


 「いたっ!痛いデスよ……。イタリア人なんだから、真一クンの愛ダダ漏れのフランス語なんか、わかんないデショ?」


 「……お前のは、予想通りだな……」


 「……真一クンのは……はぅん……予想以上デス……」


 のだめから真一に贈られたメッセージは"Je vous suis attache(ずっと一緒デス)"


 真一からのだめに贈られたメッセージは"Tu es tout pour moi(君は僕のすべて)"


 「問題はございませんでしょうか?」


 「「Bravo!」」









 店員は、二人のリングをベルベットのボックスにおさめると、一回り小さなボックスを2つ、二人の前に差し出した。


 「これは私どもから、お二人へのお祝いでございます。ぜひ、お納めください」


 「え?」


 ためらう二人に、店員は笑顔でボックスを開けてみるようにとジェスチャーをする。


 「うわ……」「ほわぉ……」


 「チタンのシンプルなリングだけでは、私ども宝飾業者としては少し物足りなかったものですから、勝手ながらこのようなものをお作りいたしました。
 NODAME様には、結婚指輪に重ねづけしていただけるダイヤモンドリングを、チアキ様にはネクタイピンを。

 ぜひ、記念日などに身につけていただけると幸いです」


 のだめのリングは、小粒だがダイヤモンドがぐるっと一周まわされたフルエタニティとなっていて、その中央にはト音記号をかたどったモチーフがやはりメレダイヤをちりばめられてきらきらと輝き、ト音記号の中央にはかわいいルビーが一粒、輝いている。結婚指輪と重ねづけをすると、その上にト音記号が重なるようにデザインされているようだ。


 「NODAME様の身につけていらっしゃるネックレスや、エンゲージリングにルビーを拝見したものですから、ルビーにはきっとお二人の思いいれがおありかと存じましたので……」


 真一に贈られたのは、タクトをモチーフにしたシンプルなネクタイピン。ホワイトゴールドのシャープな輝きに、タクトの持ち手部分には小粒ながらダイヤが埋め込まれて、煌きをたたえている。


 「男性がさりげなく、小粒でもクオリティの高いダイヤを身につけられるのは、とてもセクシーかと存じます。
 人によっては厭味になったりいたしますが、チアキ様のような男性が身につけられると、とてもお似合いかと存じまして……」


 「こんな……高価なもの、とても頂くわけには……」


 「いえいえ、私どもの上得意であるヴィエラ様のお弟子さんご夫婦ですから、当然のこと。ぜひ、気持ちよくお納めください。
 お二人との出会いで、チタンという初めての素材にチャレンジする貴重な機会をいただきましたし、NODAME様という素晴らしいピアニストの指を飾らせていただくことは光栄の極みでございます。

 私どもの願いは、ただ一つ。その指輪とともに、お二人が末永く幸せに過ごしていただくことだけです」









 店員総出で見送られ、店を出る。


 「さてと……、ではのだめはそろそろ、シモーナの家に向かいマスね?」


 「なぁ……お前本当に、今日は1人で行っちゃうのか?」


 「……そデスよ?何か問題でも?」


 「べ、べつに……」


 「……Tu es tout pour moi……ぷぷ、寂しいデスか?たった一晩デスよ?」


 「ばっ、ばかなこと言ってんじゃねーよ。
 お前こそ、Je vous suis attacheじゃねーのかよ……」


 のだめは、首から風呂敷包みを背負い、手にしていたバッグを足元に置くと、優しく真一を抱きしめた。


 「Je vous suis attache……デス。明日からは……」


 「……うん……」


 「キス……しときマスか?」


 「……いい。明日までとっておく」


 のだめは満面の笑みで真一を見つめると、"じゃあ行きますね、明日の朝、シモーナの家まで迎えに来てくだサイ!"と言うと、あっさりと真一を放し、バッグを手にすると、ちょうど滑り込んできたタクシーを指笛で停車させる。


 「それじゃ、真一クン、明日デス!Ciao!」


 のだめはタクシーに乗り込み、一度真一を振り返り手を振ると、あっけなく去っていった。


 「はぁぁ……」


 ローマの街中で、挙式を明日に控えた花婿とは思えないほど、寂しげな千秋真一は1人、とぼとぼとホテルに向かった。



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