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マエストロの婚礼 43 教会での礼拝とリハーサルが終わり、シモーナの家に寄った。 今日、これから二人でパリに戻ることを伝え、これまでのお礼と、また挙式が終わり落ち着いたら挨拶に伺うと伝える。 「まぁ、じゃあ結婚式まではパリで過ごすのね」 「ええ、引っ越しも新居の準備も、まだ何も手付かずで……」 「こちらに来るのは前日?マエストロ・ヴィエラのお宅に二人で泊まるのかしら?」 「それが、まだ何も決めてなくて……」 「ねぇ……だったら、のだめは家に泊まりにこない? ブライダルシャワーをしましょう! 結婚式の前日くらい、別々に過ごすのもいいと思うわ。女性は女性同士、男性は男性同士で」 「ほわぉ、それもいいデスね?」 「えっ!」 「じゃあシモーナ、お言葉に甘えてお邪魔してもいいデスか? 真一クンは、当日のだめを迎えに来て下サイ」 「え?お、俺はどうすれば……」 「ホテルでも、ヴィエラ先生のところでもいいんじゃないデスか? のだめはどこでも構わないデスよ?浮気さえしなければ」 「するわけねーだろっ!」 「まぁ、シンイチは誠実ね、安心したわ。 ああ、うれしいわ。なんだか娘が嫁ぐのを送り出すみたいで。 いろいろお話し聞かせてね、ノダメ」 「ワカリマシタ、のだめと真一クンの愛の軌跡をお聞かせしマス!」 「楽しみだわ〜!」 「おい、へんなこと言うなよ?」 「へんな事ってなんデスか?」 「……はぁ……」 「それより……心配なのはアラン牧師ね……。 まあ、以前から考え事で頭がいっぱいになっちゃうと、曜日を間違えて礼拝に現れなかったり、結婚式とお葬式を間違えてしまったりあったけど。 でも、アラン牧師の説教が始まるとねぇ、それはそれは立派なものだから、信者はみんな、牧師のちょっとした失敗なんて気にならなくなってしまうのよね。 それが、今日は説教もどこか上の空というか……。 シンイチたちの結婚式のリハーサルはどうだった?大丈夫だった?」 「はぁ……大丈夫というかなんというか……」 一通り、心ここにあらずなアラン牧師からのリハーサルが終わると、牧師は当日の予定などを簡単に説明し、結婚式まで心穏やかに、家族や友人と過ごしてくださいと言うと、そっとため息をついた。 「あのぉ……牧師サマ、何か心配事でもあるのデスか?」 「ああ!申し訳ありません、大丈夫です、何も問題はありません……」 そう答えたものの、とても大丈夫とは思えない牧師の様子に、のだめは黙っていられない。 「とても大丈夫とは思えまセンよ? 神学の問題であれば、のだめにはお手上げですが、人間の問題ならお役に立てるかもしれまセン。 もしよかったら、のだめに話してみまセンか?」 「おい……失礼だぞ」 「いえ……、失礼などということはありませんよ。 神学を学び、神の教えを説く牧師という道を進んではおりますが、きっと人としての私は、お二人に比べるとまだまだ未熟でしょう……。 ノダメさん、もしよければ私の悩みを聞いていただけますか?」 牧師は、真一とのだめを牧師館へと招いた。簡素な、書斎と居間を兼用した一室に通され、お茶をいただく。 「私には、神学生時代に結婚を約束した女性がいました。彼女は普通の大学に通う学生で、しかしカトリック教徒でした。 彼女は私のために改宗すると言ってくれましたが、両親や家族、特に父親はそのようなことは絶対に認めないと、彼女に私との交際をやめなければ縁を切ると迫ったのです」 「がぼん……ロメオとジュリエット……」 「彼女は家族思いの優しい女性ですから、とても悩み、苦しみぬいて、私に別れを告げました。 私も、その気持ちを受け入れ、自分の一生は神学に捧げ、牧師になる前のただ一人の人間だった自分は彼女一人を愛し続け、彼女の幸福を祈り続けようと心に誓ったのです」 「はぅぅ……」 「ところが……、先日、チアキのお母様であるマダムセイコを見た瞬間、私の心は囚われてしまったようなのです。マダムセイコの笑顔は、彼女の笑顔を私に思い出させるのです……。 一度お会いしただけで、一人の女性に心奪われてしまうなど、牧師としてあってはならないこと。ましてや、私は学生時代のフィアンセを愛し続けると誓ったはずなのに。自分の未熟さがいやでたまりません。 マダムセイコのことは考えないよう、忘れてしまおうとこの一週間努力いたしましたが、そう思えば思うほど、むしろそのことばかりを考えている自分がいて……。そんな自分が歯痒いのです」 牧師の告白を聞き終わると、のだめはきっぱりと言った。 「牧師サマのやっていらっしゃることは、間違っていマス」 「おい……」 止めようとする真一に、牧師は大丈夫と目配せをし、のだめに話を続けさせる。 「きっと牧師サマの今の気持ちは恋でショ? 恋は考えないようにしようとか、恋しちゃいけないとか、思えば思うほど思いは募るものなんデス。 ね?真一クンなら牧師サマの気持ち、よくわかるデショ?」 真一は、のだめへの気持ちに気付いた当時のことを思い出していた。 もしかすると恋なのかもと思いつつ、そんな馬鹿なことと否定したがる気持ち、変化を嫌い安定を求める気持ちが前に出れば出るほど、抑え切れなくなる恋心、浮かび上がってくる自らの本当の気持ち。 だからって、自分と大して年の変わらない、しかも外国人の牧師が自分の母親に恋しているなんて……。 「牧師サマ、思い切ってその気持ち、征子ママに伝えてみればいいんデスよー」 「「えっ……」」 のだめからの思いがけないアドバイスに、牧師も真一も驚かされ、言葉がでない。 「人生、あたって砕けろデス!」 牧師は、若い二人を見送りながら、"気持ちを伝えるにも、またお会いすることはできるのだろうか?"と、また新たな悩みの種を抱え、つきせぬ思いに心を痛めるのであった。 真一は、シモーナの家から戻る車の中で、母親と牧師のことを考えていた。 「牧師に告白しろと勧めるなんて、お前、何考えてんだ?ってか、何も考えてねーのか?」 「……のだめは、胸の中にあるものは吐き出さないと、溜まっていくばかりで消えはしないと言っただけデス。 別に、牧師サマをたきつけたわけじゃないデスよ?」 「……吐き出すと解決するのかよ?」 「きっとたぶん。征子ママが何とかしてくれるデショ?」 「なんだよそれ……」 「真一クンは、征子ママを見くびってるんデスか? 大丈夫、なにもかも上手くいきマス!」 「はぁ……何を根拠に……」 パリに帰ってきた。そして、挙式の数日を除いて、しばらくとどまることになる。挙式が済んだら、自分たちは新しい場所で再スタートするのだ。 お互いにまずは自分のアパルトマンに戻る。1週間後には新しい家に荷物をすべて運び終えようと思っているが、のだめの部屋がどんなことになるか……。 真一の部屋は日ごろから整理整頓されているから、毎日少しずつでも荷造りしていけば問題ないが……。 「はぁ……とりあえず、明日はアイツの部屋を片付けにいくか……」 真一は、まずは人のことより自分のことと、気持ちを切り替えることにし、つかれきった体をベッドに預け、眠りについた。 44へ> |