芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 36






 「喉が渇きまシタ……」


 「あれだけ声あげれば喉カラカラだろ?」


 インターバルをとりながら、その夜は3度、俺はのだめを抱いた。


 生まれ変わったかのような俺にとって、馴染んだはずののだめの身体がとても新鮮に感じて、俺は何度でもやれる気がした。


 シャワーで軽く汗を流したあと、のだめにはガス入りのミネラルウォーターを、自分にはビールをベッドサイドに持ち込み、ヘッドレストに頭をもたげて、両足を大の字に放り出して、ビールを煽る。


 少し眠そうにとろんとした目ののだめは、頭を俺の左肩に乗せ、横向きで俺を見上げている。


 すべらかなのだめの背中に、指を上下させながら、俺はこの1ヶ月ほどの間に悪夢に苦しめられながら揺り起こされた、深層心理に眠っていた記憶について話し出した。


 「あの頃、俺は親父が大好きだったけど、その反面、不器用な親父の態度に自分が愛されてるのかどうか半信半疑で。

 ピアノを始めたいといったのに拒否されたとき、俺は親父に望まれていないのかもしれないと疑い出したんだ。

 親父の仕事が忙しくなって、一緒に過ごす時間がどんどん少なくなって、あの旅行の話が出て……。

 親父が俺に、男同士で洞窟に行こうって言ってくれたときは、飛び上がるほど嬉しかった。

 でも、あのクルーザーの舳先で、親父に抱えあげられて、次の瞬間、宙に投げ出された俺の視界に、親父はいなかった。

 海水の中に落ちたことに気付いたとき、俺は親父に捨てられたと思った。すぐに海面に浮き上がろうと思えば、できたはずなんだ。

 だけど俺は一瞬、浮き上がることを拒否したんだ。

 海の底に引きずりこまれるのに、抵抗することなく身を任せて、俺は死がどんな世界なのかも知らずに、ただ海面に浮き上がることだけを拒否して、沈んでいったんだ……」









 「のだめは、真一クンがこちらの世界に戻ってきてくれて嬉しいデス。
 真一クンだって、今、幸せデショ?」


 「……たぶん、な……」


 「むぅ……たぶんなんデスか?
 素直にならないと、お仕置きしマスよ?」


 「いや、すげー幸せだけど?
 でも、お仕置きも気になる……」


 「もぅー!今日はもう無理デスからっ!
 ぎゃぼーっ!胸、触らないっ!!ひも、解かないっ!」









 翌朝、俺は久しぶりに悪夢を見ることも、幼い頃の思い出に涙しながら目覚めることもなく、ただただ真っ白な睡眠を貪って、気持ちよく朝を迎えた。


 俺の左側には、愛する妻が幸せそうな寝顔で眠っている。


 そんななんでもないことが、とても幸せだと思える。


 俺は、起き出して妻のために朝食を作ろうか、それとも温かく柔かい妻の身体を抱きしめて、また惰眠を貪ろうか、考える。


 どちらも同じくらい魅力的で、退屈なくらい平凡な選択肢だ。


 のだめを抱きしめて少しだけ眠ったら、美味しい朝食を用意して、大喜びで朝食を平らげるのだめを見て、ご褒美にピアノを弾いてもらおう。


 両方を選んで、さらに自分のためのご褒美まで思いついた真一は、自分の考えにとても満足して、左側に眠るのだめを抱きしめて、もう一度枕に顔を埋めた。




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