芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 32






 俺が、ゆうこのショッピングになぜかつき合わされ、へとへとになって帰ってくると、のだめはすでに礼拝から戻り、帰り支度をしているところだった。


 「どうだった?」


 「はい……、秘密と謎を解くまではいたらなかったのデスが、秘密と謎を解くためのアイテムくらいは手にいれられたと思いマス」


 「なんだよそれ……」


 「真一クンはわからなくていいんデス。
 真一クンはとにかく、毎日夢を見て、幼い頃の自分の気持ちと対峙してくだサイ」


 のだめの口から出た言葉がよく理解できず、唖然とする俺に向かって、のだめはゆっくりと静かに、俺の目を見て言った。


 「真一クン、逃げちゃだめデスよ。幼い時の真一クンの気持ちを受け止めてあげられるのは、今の真一クンだけデス。
 今の真一クンにはそれが必要なことなんデス。
 辛い事かもしれまセンが、真一クンとのだめの未来のために必要なことだと思って、頑張ってくだサイ」


 「わ、わかった……」


 荷物を手に、部屋を出ようとしたのだめが、突然動きをとめて言う。


 「あ、そだ。今週中一度パリに戻ってくだサイ。
 ヨーダが会ってくれるそうデスから」


 「わ、わかった」









 俺の夢は、また内容に変化があった。


 夢……というよりは、幼い頃の思い出をフラッシュバックで眺めているかのようなもので、その中には、俺がうっすら覚えているものから、まったく記憶にないものまで、さまざまだった。


 父親の仕事がどんどん忙しくなって、家にあまり帰ってこなくなる。


 たまに帰ってきた父親に、母親は責めるわけでもなく、自然に振舞おうとしているのが、余計に二人の関係をぎこちなく見せる。


 母親が不在の自宅で、女と言い争いをする父親。
 俺はそっと部屋に近づき、聞きたくもない話を聞いてしまう。


 父親に対する怒り、悲しみ……。
 今の俺は、幼い自分の深い悲しみにわけもわからず涙するのではなく、しっかりと気持ちを理解して、静かに涙を流す。


 大好きだった父親。かけがえのない家族が、自分の目の前で、はかなく壊れていく。幼い自分には何もすることができない。
 今ならわかる。それは誰にもどうすることもできなかったことなんだと。









 2週間ぶりにパリに戻る。


 いつもの通り、自分の部屋に戻り衣類の整理やら交換、郵便物の整理や留守電のチェック、請求書の類などを整理して、のだめとの待ち合わせ場所に向かう。


 「真一クーン!」


 パリの街中で、いつもの待ち合わせ場所でアイツの変わらない姿を見つけると、ホッとする。


 「待った?」


 「待ちまシタよ?のだめ、真一クンのこと待ってるのが好きなんデス。

 知ってます?カフェの入り口に真一クンが立つと、店中の女性の目が釘付けになること。
 素敵な真一クンがどの席に着くのかと女性たちが目で追って、のだめの席に辿り着いた途端に、一斉に大きな溜息がこぼれるんデス。

 のだめには、それが快感なんデスよ!」


 「お前って、本当はすごく性格悪いのか?
 俺にはたまにお前のことがよくわからなくなるよ……」


 「いいんデスよー!
 真一クンには女のダークな部分なんてわからなくっても。
 のだめが守ってあげマスからー♪」


 むんっ!素敵な夫にのびる魔の手は、こののだめが月に代わっておしおきしマス!


 「……お前からは誰が守ってくれるんだ……」









 「シンイチ・チアキです。はじめまして」


 「シャルル・オクレールです。噂は聞いていますヨ?
 マルレの演奏会にもメグミと行きました。メグミは遅刻してきたけどネ」


 「あ、あれはっ!カズオの時計がさっきも3時で今も3時だったのが悪いんデスよ!のだめは一生懸命ヨーダの課題と正面から向き合ってたわけで……」


 オクレール氏の自宅に来るのも、彼と正式に面談するのも初めてのことで、しかものだめの将来の(というか籍はもう入ってるけど)夫として挨拶することになるなど、3年前には予想もしてなかったことだ。


 自身も高名なピアニストで、たくさんの優秀なピアニストを育てた指導者としても有名な彼と、のだめが親しく話をする姿を見るのも初めてのことで、それはとても感慨深い。


 「ご結婚おめでとう。

 メグミは君に追いつきたくてパリまでやって来て、いろいろあったけどここまで来られた。
 メグミは女性としても、ピアニストとしても君に出会えたことが本当にラッキーだったと思いますヨ。

 でも、この気まぐれな女性は、またいつ道を見失うかわからないからネ。
 誠実な君がパートナーとなって、メグミのことを導いてほしいと思っていますヨ?」


 「はい……。わかりました」


 「ヨーダってば、まだのだめのこと信頼してくれてないんデスか?

 のだめはもう大丈夫デスよ!音楽を楽しむために必要なことが何なのか、わかったんデスから……」


 「メグミ……、君はまだ音楽という世界の入り口に立ったばかりです。これから君が想像もしなかったようなことがいろいろあるでしょう。

 私はたくさんのピアニストを育ててきましたが、若く才能溢れるピアニストが、道を見失い、消えてゆく姿を何度も見ています。

 メグミのようなタイプには、チアキのような良きパートナーが必要ですヨ」









 一通りの挨拶を終え、リビングで美味しいお茶とスイーツを頂きながら、のだめは挙式をする街について語りだした。


 「とっても可愛い街なんデス!
 街も、街の人たちも素朴で温かくて、その人たちに大切にされている教会で、真一クンとのだめは二人っきりで挙式するんデスよ?」


 「あ、その街。知ってますヨ?

 "祈りの洞窟"のある、小さなマリーナのある街デショ?」


 「「えっ!!!」」


 「祈りの洞窟……って、なんですか?」


 「マリーナから船にのったまま入ることのできる、入り江にある洞窟で、父子についての伝説がある洞窟です。

 たまたま友人から聞いた話ですが、とても美しい話だったのと、その街が友人の出身地だったので、地名とその話が結びついたまま、よく覚えています」


 「がぼん……。灯台下暗し」


 「ぜひ、そのお話を聞かせていただけませんか?」


 真一とのだめの食いつきように驚きつつも、オクレール氏は穏やかな微笑みを浮かべ、語り始めた。


 「いいでしょう。二人の結婚のお祝いにお聞かせしますよ」



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