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マエストロの婚礼 31 今日は教会の礼拝に行く日だ。 俺は、今朝の夢の様子から、大丈夫じゃないかと思えたので、出かける準備をしていたのだが、のだめからまだ行かないほうがいいと止められる。 「お前1人で、どうやって行くんだよ?」 「ジャンに車で連れてってもらいマス!」 「ジャン?」 「ジャン〜!のだめと素敵な教会までドライブしまセンか? ヴィエラ先生のマセラティで」 「うわっ!マセラティ乗ってもいいの? いくいくっ!」 「ちょ、ちょっと!ジャンなにいってるの? 今日はミラノまでお買い物に行く約束だったでしょっ?!」 「あ、ゆうこしゃん。 ミラノのお買い物はまた来週にしてくだサイ。 さ、ジャン。行きまショ?」 「ちょっとのだめっ!待ちなさいよ、人の夫を足代わりに使うなんて、なんて失礼な女なのっ!」 「ゆうこしゃん、あんまりカリカリすると、ジャンに愛想つかされマスよ? あ、ゆうこしゃんも一緒に行きたいんデスか?」 「そんなんじゃないわよっ!だいたいマセラティに3人も乗れないじゃない……」 「あ、それもそうデスねー。じゃあ、ゆうこしゃんは諦めてくだサイ。 あ、どうしてもお買い物に行きたいなら、うちの夫、お貸ししマスよ?じゃっ!」 「ちょ、ちょっとー!待ちなさいよー! なんでアンタは千秋と行かないのよー!」 「うわー!やっぱりマセラティは最高だよっ! フランスの車もいいけど、イタリアの車もいいねぇー」 ヴィエラ先生、僕には貸してくれなかったんだよ。でも前から乗ってみたくてさぁ〜。ノダメありがとう!と、ジャンは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気にはしゃいでる。 「ところで、今日は何しにいくの?」 「千秋父子の秘密と謎を暴きに行くんデスよ!」 「秘密と謎?どんなことだい?」 「それは秘密デス……」 「……ノダメっていろいろ謎だね……」 「へぇ……。ローマから日帰りで来られるところに、こんな街があったんだ。 なかなか素朴でかわいいところだね?」 「はい。のだめも真一クンもひと目でこの街が気に入って、ここの教会で1ヵ月後には挙式する予定なんデス。 そのために、定期的に礼拝に通ってるんデスよ」 「そうだったのかぁ。 チアキが週末車で出かけるのは知ってたけど、教会の礼拝だなんて知らなかったよ。 ぷぷぷ、チアキが礼拝ねぇ……」 「のだめが言ったことは真一クンには内緒デスよ? いま、重大な局面に直面してるんデスから……」 「秘密と謎に関係したこと?」 「それは秘密デス……」 「二人とも謎が多いね……」 「Buon giorno!」 教会に到着すると、のだめは牧師やシモーナと挨拶を交わす。 「あら、NODAME!あれ?あなたってイタリア語、話せたの?」 「ちょっと事情がありまシテ、急いでマスターしまシタ。 シモーナ、礼拝のあとで真一クンのこと、少しお話できますか? できれば、真一クンがこの間倒れた、マリーナにも行ってみたいのデスが……」 「ええ、かまわないわよ!じゃあ、後でね」 シモーナといったん別れ、のだめとジャンは本堂後方の席に着席する。 「ノダメってすごいね!イタリア語、いつ覚えたの?」 「今週デス。おととい、寝ずに『プリごろ太イタリア語版』をヘビロテしてマスターしまシタ」 「えっ!オタクってすごいね……」 礼拝が終わると、まず牧師に真一が来られない事情を簡単に説明する。 「彼は5歳の頃、この街を家族で訪れ、海難事故に遭っていマス。 これまで、それが原因で海恐怖症はあるものの、今までは深層心理に記憶を眠らせていたのデスが、先日事故に遭った場所に偶然居合わせてしまって……。 当時の恐怖感だけが蘇ったようで、それから悪夢にうなされるようになってしまったのデス。 それからは、こちらに足を運ぼうとしても、どうしても辿り着くことができなくて……。 でも、事故の詳細について両親から話を聞いて、少しずつ悪夢の内容に変化が出てきたんです。 最近では悲しい夢をみて、泣いて目覚める状況が続いています。 のだめは素人ですが、人間の泣くという行為にはストレスを吐き出す作用があると聞いたことがあります。 だから、このままその悲しみの根拠さえ突き止めて解消することができれば、トラウマを取り除くことはできなくても、軽減することはできるのではないかと思っているのデス。 お約束どおりに礼拝に伺うことができず申し訳ないのですが、そのような事情デスので、お許しくだサイ……」 アラン牧師は黙って話を聞いたあと、慈愛に満ちた表情でのだめの両手を握り、声をかける。 「どうぞ、こちらのことはお気になさらずに、今は彼の心を救ってあげることにだけ、あなたの力を尽くしてください。 これも何か、神のお考えによるお導きなのでしょう。私もお力になれることがあるかもしれません。なんなりとおっしゃってください」 のだめはシモーナと一緒にマリーナへやってきた。 小さなマリーナのデッキに並べられたパラソルつきのテーブルの一つに座る。 美しい海。頬を撫でる潮風が心地よい。 「ほわぉ……素敵なところデスね。のだめの故郷を思い出しマス」 「ありがとう。小さなマリーナだから、あまり利用する人もいないんだけど、そのぶん素朴で、昔からの美しい景色を楽しむことができるって、街の人間は誇りに思っているわ」 「シモーナはご存知ないデスか?22年ほど前に、夫は5才のとき、ここで海難事故に遭ったんデス。 幼いころのトラウマとして、深層心理に眠っていたものが、偶然ここに訪れることによって、当時の恐怖心が蘇ってしまって……。 夫は今、悪夢に苦しめられているんデス。 のだめは妻として、夫の苦しみを取り除かなければならないんデス」 「そうだったの……。私が余計なお願いをしてしまったばかりに。 ごめんなさいね、若い二人の幸せを邪魔するようなことをしてしまって」 「そんなことっ!シモーナには本当によくしていただいて、感謝していマスよ? それにこれは、牧師様のお言葉ではありませんが、このようになるべく、あらかじめ定められた運命のような気がするんデス」 「22年前ね……。私はまだ、この街に嫁いできたばかりの頃だから、あまりお役に立てないかも。 でも、夫は当時からここでクルーザーを使った観光業を始めていたから、何か知っているかもしれないわ。 今日はあいにく、お客様を案内していて話を聞くことはできないけど、次回NODAMEが来るときまでに、夫に確かめておくわ。 次はいつ、こちらに来られるの?」 「再来週に伺う予定デス。では、礼拝の後に、直接ご主人からお話を伺えますでショウか?」 「わかったわ。そうしましょう。夫には話をしておくから」 のだめは、22年前に真一を襲った恐ろしい事故があったなど信じられないような静かに凪ぐ海を眺め、そっと溜息をついた。 32へ> |