芒果布甸/Mango pudding



■top>>>
■長編 index>>>
■SS index>>>
■About Hongkong>>>
■About site,About me>>>
■備忘録>>>
■link>>>





マエストロの婚礼 30






 「埋単まいたぁーーーんっ!(お勘定お願いしマス)」


 「げ、また嫁かよ……」


 「え?僕おごり(振り込んだ)?」


 「ジャン、弱すぎだな……」


 「尖沙咀福臨門ふかひれ・干しあわび・燕の巣フルコース大三元デス!
 ジャン、毎度!」


 「はぁぁ……」


 じゃーらじゃーら……。


 「おい……。お前ら、ここで何やってんだ?」


 仕事帰りにローマの街中で食事をとり、ヴィエラ邸に戻って真一がリビングで見た光景は、ブリッジテーブルで麻雀牌をじゃらじゃらと混ぜるヴィエラ、ジャン、のだめ、雅之の4人であった。


 「のだめちゃんが、香港土産にくれたんだよー!点心麻雀っていうんだって」

と、ヴィエラ。


 「チアキー!これすっごく面白いヨ!今度からカードじゃなくて、これにしようヨ!」

と、ジャン。


 「嫁、少しはお父さんに気使えよ?」

と、雅之。


 「駄目デスよ?お父様。遊びじゃないんデスから!」

と、のだめ。


 「はぁ……、どういうことだよ……」









 真一は、椅子を一脚のだめの横に運び座り込むと、のだめに耳打ちをする。


 「おい、どーいうことだよ?こっち来るの、明日の予定だろ?」


 「真一クンの一大事に、のんびりパリになんていられまセン!

 お父様に連絡とったら、ちょうどイタリアの演奏会で、ヴィエラ先生のところに寄るって聞いたから、のだめも駆けつけたんデスよ!
 飛んで火にいるアブラゼミですヨ!」


 「……だから、それも間違ってるから……」


 真一は先週末、教会に辿り着くことができずUターンしてきたことを、素直にのだめに伝えていた。

 悪夢の内容が変わったこと、幼い頃のことをいろいろ思い出していること、毎朝、泣きながら目覚めることも恥ずかしいとは思ったが、のだめにだけは正直に話そうと伝えていたのだ。

 「真一クンの悪夢を止めるには、お父様にまだ聞かなきゃいけないことがあるんデス。
 お父様には『ネタはあがってんデスよ!』って迫ったんデスけど、しらばっくれてるんで、麻雀で勝負デス!

 今、真剣勝負なんデスから、真一クンはすっこんでろってんデスよ!」


 「はぁ……」









 「ぎゃはぁ!のだめ1人勝ちデス!
 皆サン、老後のたくわえを出してってくだサイ」


 「ひどい嫁だよ……」


 「あら?お父様はお支払はいいんデスよ?
 包み隠さず、すべて話してくださればいいんデスから」


 「なになにっ!包み隠さずすべて話すって?
 和製シュトラウス親子の秘密?」


 ジャンが興味津々でつっこんでくる。
 ヴィエラ先生も聞き耳を立てている。


 「部外者は引っ込んでろってんデスよ!」


 「「ひっ!」」


 ちゃりーん……。


 ジャンとヴィエラは、のだめに支払を済ませると、お邪魔しました……と、寝室へ引き上げていった。









 自分の家だというのに、気を利かせて引き上げてくれたヴィエラ先生に感謝しつつ、俺たちは広いリビングに3人だけになって、顔をつき合わせた。


 「こ、この間はどうも……。
 さっそく見に行った。16区のアパルトマン。
 すごいな、あそこ」


 「まぁな……。
 俺はピアノ以外に何もないから、金の使い道もなくて。
 お前たちでいいように使え」


 「うん。サンキュ」


 「まぁ、それとこれとは別として、お父様、ネタは上がってんデスよ?
 勝負にも負けたんだから、正直にゲロしてくだサイよ」


 「なんのことだよ……」


 「真一クンの海恐怖症のことデス!
 お父様、まだ何か隠してることあるデショ?

 真一クンは、お父様から話を聞いたあと、悪夢の内容が変化して、未だに続いているんデスよ!
 先週も、教会に行く途中でUターンして辿り着けなかったし……。

 お父様!ここは可愛い嫁と息子を救うために、全部残らずゲロしちゃってくだサイ!」


 「おい……本当なのか?」


 「……ああ」









 雅之は、真一の顔を心配そうに見つめ、のだめの鬼のような形相に恐れをなしつつ、しばらくうつむいて考え込んでいたが、突然ソファーから立ち上がると、真一に向かって言った。


 「隠してることはない。

 もし……あったとしても、言いたくない。

 これは真一自身の問題なんだ。俺がここで、何か言ったとしても、きっと解決なんかしない。

 真一、苦しいかもしれないが、お前はお前自身で解決しろ。

 嫁、悪いけどそういうことだ。じゃーな」


 それだけ言い捨てると、雅之はあっけにとられる真一とのだめを残し、ヴィエラ邸を去っていった。


 「むっきゃぁーーーーー!
 千秋雅之、負けまセン!」


 「おい……」









 「それよりお前、今日はどこに泊まるんだ?」


 「ほえ?真一クンのお部屋に決まってるぢゃないデスか。
 嫌ですねぇ、もう夫婦なんデスから、ヴィエラ先生からも許可が出てマスよ?」


 「はぁぁ……。明日ぜってーからかわれんぞ?

 生き地獄かよ……」


 「どうせからかわれるんデスから、やることやっときマスか?」


 「……変な言い方すんなっ!」


 「いたっ!痛いデスー。

 昼は淑女、夜は娼婦な最高の嫁なのに……」


 「どこの淑女が麻雀するんだよ……」


 「イギリスの貴族がブリッジをたしなむように、中華圏では当たり前のたしなみデスよ?西太后だってラストエンペラーと麻雀をしたと思いマスよ?」


 「西太后は金まきあげねーだろ……」









 深くて真暗な海の底で、幼い真一は静かに立ち上がった。


 "父さんは僕を助けに来てくれない。

 だから、僕は泣きながらここにずっといるか、それともあの明るい水面めがけて、自分でのぼっていくしかない"


 苦しい。必死で両手をかき、水面に顔を出そうともがくが、思うように体が動かない。


 "大丈夫、真一クンならできマスよ?"


 どこからか、優しくて、力強い声が聞こえる。


 真一は、理由はわからないが、その声に勇気づけられ、また力が湧いてくるのを感じ、もう一度水面をめざして、必死で両腕をかいた。


 「……クン、真一クンっ、真一クンってば!」


 「……の、だめ?……」


 「大丈夫デスか?

 真一クン……すごく悲しそうで、辛そうで……。
 泣いてましたよ?また同じ夢デスか?」


 「うん……同じだけど、ちょっと違う……」


 真一は、まだまだ悲しみと不安が胸を占めているものの、夢の中で動き出した幼い自分に、ほんの少し希望が見えてきた気がして、腕の中にのだめを抱き込むと、その柔かくて優しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、ほんの少し笑った。



<29へ

31へ>



よろしければぽちっとお願いします↓










 冒頭に出てくる点心麻雀とは、香港で子供向けに売られているおもちゃです。

 日本でいうところのポンジャンみたいなものですね。

 お茶・デザート・点心・ご飯モノの4種類の牌で出来ていて、上がるときには「埋単!(レストランでお会計をお願いするときの掛け声)」と言うルールで、ツモは割り勘、ロンはおごりと、ネーミングも凝ってます(笑)

 食べることと麻雀が大好きな香港人ならではの遊びかと。

 香水も何年か前に、ナイトマーケットで見つけて購入し、帰国してからまだ小学生だった娘とオットと3人で遊びました。娘は結構気に入って、何度もやらされた覚えがあります。

 ちなみに、「尖沙咀福臨門ふかひれ・干しあわび・燕の巣フルコース大三元」などという手はありません、念のため(笑)