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マエストロの婚礼 30 「埋単まいたぁーーーんっ!(お勘定お願いしマス)」 「げ、また嫁かよ……」 「え?僕おごり(振り込んだ)?」 「ジャン、弱すぎだな……」 「尖沙咀福臨門ふかひれ・干しあわび・燕の巣フルコース大三元デス! ジャン、毎度!」 「はぁぁ……」 じゃーらじゃーら……。 「おい……。お前ら、ここで何やってんだ?」 仕事帰りにローマの街中で食事をとり、ヴィエラ邸に戻って真一がリビングで見た光景は、ブリッジテーブルで麻雀牌をじゃらじゃらと混ぜるヴィエラ、ジャン、のだめ、雅之の4人であった。 「のだめちゃんが、香港土産にくれたんだよー!点心麻雀っていうんだって」 と、ヴィエラ。 「チアキー!これすっごく面白いヨ!今度からカードじゃなくて、これにしようヨ!」 と、ジャン。 「嫁、少しはお父さんに気使えよ?」 と、雅之。 「駄目デスよ?お父様。遊びじゃないんデスから!」 と、のだめ。 「はぁ……、どういうことだよ……」 真一は、椅子を一脚のだめの横に運び座り込むと、のだめに耳打ちをする。 「おい、どーいうことだよ?こっち来るの、明日の予定だろ?」 「真一クンの一大事に、のんびりパリになんていられまセン! お父様に連絡とったら、ちょうどイタリアの演奏会で、ヴィエラ先生のところに寄るって聞いたから、のだめも駆けつけたんデスよ! 飛んで火にいるアブラゼミですヨ!」 「……だから、それも間違ってるから……」 真一は先週末、教会に辿り着くことができずUターンしてきたことを、素直にのだめに伝えていた。 悪夢の内容が変わったこと、幼い頃のことをいろいろ思い出していること、毎朝、泣きながら目覚めることも恥ずかしいとは思ったが、のだめにだけは正直に話そうと伝えていたのだ。 「真一クンの悪夢を止めるには、お父様にまだ聞かなきゃいけないことがあるんデス。 お父様には『ネタはあがってんデスよ!』って迫ったんデスけど、しらばっくれてるんで、麻雀で勝負デス! 今、真剣勝負なんデスから、真一クンはすっこんでろってんデスよ!」 「はぁ……」 「ぎゃはぁ!のだめ1人勝ちデス! 皆サン、老後のたくわえを出してってくだサイ」 「ひどい嫁だよ……」 「あら?お父様はお支払はいいんデスよ? 包み隠さず、すべて話してくださればいいんデスから」 「なになにっ!包み隠さずすべて話すって? 和製シュトラウス親子の秘密?」 ジャンが興味津々でつっこんでくる。 ヴィエラ先生も聞き耳を立てている。 「部外者は引っ込んでろってんデスよ!」 「「ひっ!」」 ちゃりーん……。 ジャンとヴィエラは、のだめに支払を済ませると、お邪魔しました……と、寝室へ引き上げていった。 自分の家だというのに、気を利かせて引き上げてくれたヴィエラ先生に感謝しつつ、俺たちは広いリビングに3人だけになって、顔をつき合わせた。 「こ、この間はどうも……。 さっそく見に行った。16区のアパルトマン。 すごいな、あそこ」 「まぁな……。 俺はピアノ以外に何もないから、金の使い道もなくて。 お前たちでいいように使え」 「うん。サンキュ」 「まぁ、それとこれとは別として、お父様、ネタは上がってんデスよ? 勝負にも負けたんだから、正直にゲロしてくだサイよ」 「なんのことだよ……」 「真一クンの海恐怖症のことデス! お父様、まだ何か隠してることあるデショ? 真一クンは、お父様から話を聞いたあと、悪夢の内容が変化して、未だに続いているんデスよ! 先週も、教会に行く途中でUターンして辿り着けなかったし……。 お父様!ここは可愛い嫁と息子を救うために、全部残らずゲロしちゃってくだサイ!」 「おい……本当なのか?」 「……ああ」 雅之は、真一の顔を心配そうに見つめ、のだめの鬼のような形相に恐れをなしつつ、しばらくうつむいて考え込んでいたが、突然ソファーから立ち上がると、真一に向かって言った。 「隠してることはない。 もし……あったとしても、言いたくない。 これは真一自身の問題なんだ。俺がここで、何か言ったとしても、きっと解決なんかしない。 真一、苦しいかもしれないが、お前はお前自身で解決しろ。 嫁、悪いけどそういうことだ。じゃーな」 それだけ言い捨てると、雅之はあっけにとられる真一とのだめを残し、ヴィエラ邸を去っていった。 「むっきゃぁーーーーー! 千秋雅之、負けまセン!」 「おい……」 「それよりお前、今日はどこに泊まるんだ?」 「ほえ?真一クンのお部屋に決まってるぢゃないデスか。 嫌ですねぇ、もう夫婦なんデスから、ヴィエラ先生からも許可が出てマスよ?」 「はぁぁ……。明日ぜってーからかわれんぞ? 生き地獄かよ……」 「どうせからかわれるんデスから、やることやっときマスか?」 「……変な言い方すんなっ!」 「いたっ!痛いデスー。 昼は淑女、夜は娼婦な最高の嫁なのに……」 「どこの淑女が麻雀するんだよ……」 「イギリスの貴族がブリッジをたしなむように、中華圏では当たり前のたしなみデスよ?西太后だってラストエンペラーと麻雀をしたと思いマスよ?」 「西太后は金まきあげねーだろ……」 深くて真暗な海の底で、幼い真一は静かに立ち上がった。 "父さんは僕を助けに来てくれない。 だから、僕は泣きながらここにずっといるか、それともあの明るい水面めがけて、自分でのぼっていくしかない" 苦しい。必死で両手をかき、水面に顔を出そうともがくが、思うように体が動かない。 "大丈夫、真一クンならできマスよ?" どこからか、優しくて、力強い声が聞こえる。 真一は、理由はわからないが、その声に勇気づけられ、また力が湧いてくるのを感じ、もう一度水面をめざして、必死で両腕をかいた。 「……クン、真一クンっ、真一クンってば!」 「……の、だめ?……」 「大丈夫デスか? 真一クン……すごく悲しそうで、辛そうで……。 泣いてましたよ?また同じ夢デスか?」 「うん……同じだけど、ちょっと違う……」 真一は、まだまだ悲しみと不安が胸を占めているものの、夢の中で動き出した幼い自分に、ほんの少し希望が見えてきた気がして、腕の中にのだめを抱き込むと、その柔かくて優しい香りを胸いっぱいに吸い込んで、ほんの少し笑った。 31へ> 冒頭に出てくる点心麻雀とは、香港で子供向けに売られているおもちゃです。 日本でいうところのポンジャンみたいなものですね。 お茶・デザート・点心・ご飯モノの4種類の牌で出来ていて、上がるときには「埋単!(レストランでお会計をお願いするときの掛け声)」と言うルールで、ツモは割り勘、ロンはおごりと、ネーミングも凝ってます(笑) 食べることと麻雀が大好きな香港人ならではの遊びかと。 香水も何年か前に、ナイトマーケットで見つけて購入し、帰国してからまだ小学生だった娘とオットと3人で遊びました。娘は結構気に入って、何度もやらされた覚えがあります。 ちなみに、「尖沙咀福臨門ふかひれ・干しあわび・燕の巣フルコース大三元」などという手はありません、念のため(笑) |