芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 27






 パリに戻った翌日、イタリアに戻る前に、さっそくのだめと16区のアパルトマンを見に行った。


 16区のパッシー地区、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ通りに親父所有のアパルトマンはある。


 「全ての道はローマに通ず」


 「は?なんデスか?」


 「この通りの名前。この格言を言ったフランスの詩人だよ」


 「ふぉぉ!」


 この辺りはかなりの高級住宅街。三善のアパルトマンのある6区とは雰囲気が違う。


 観光地近くの街中と違い、清潔で落ち着いた雰囲気に包まれている。


 こんなところで子供たちを育てられたら最高だろうな……などと恥ずかしい妄想して、1人頬が熱くなる。


 メトロのエントランスで有名な、フランスを代表するアールヌーボー建築家、エクトール・ギマールの作品がこの通りには多い。


 「ほわぉ……、可愛い建物デスね。まるで地面から這い出したみたいな……」


 「まぁ、アールヌーボーの考え方が自然界のものをモチーフにしてるからな」


 「ふぉ?さすが我が家のうんちくサンは、建築にも造詣がおありデスね?」


 ギマールほどの有名な建築家によるものではないが、俺たちがこれから暮らすことになる住居も、築100年は建っていそうなアールヌーボーの重厚な建物だった。


 有機的な曲線を描く石造りの外観に、まるで植物が這うかのような鋳物のバルコニーや手すりなどの美しい装飾が見事だ。


 あらかじめ、親父からオーナーには連絡が行っているとの事だったので、俺たちはすでに預かっている鍵を使って建物の内部に入った。









 内部も見事だった。


 石造りの壁も天井も、植物や花をモチーフにしたアールヌーボーの美しい装飾が施されており、建物中央に大きくアールをつけて廻された階段の正面には、建物を縦に走る色ガラスの飾り窓。淡く色のついた外部からの光りがエントランスまで降り注ぐ。


 圧倒されながら住居玄関までやっと辿り着く。


 いよいよ俺たちの新しい城となる場所に足を踏み入れる。


 大きな両開きの木製の扉に鍵を差しこみ廻すと、"がちゃんっ”と重たい音がして鍵が開いた。片側の扉だけ開け、室内に入る。


 長期間放置されていた室内独特の埃っぽい匂い。空気の流れがしばらくとまっていた室内は、俺たちの動く音まで貪欲に吸い込んでいってしまうようだ。


 天井の高い玄関前の廊下を進む。
 廊下の両サイドにはいくつかの扉があるが、俺たちはまず廊下の突き当たりまで進み、正面にある木枠に美しいガラス細工の扉を押し開けた。


 「ほわぉ……」


 屋外に面した大きな窓から明るい光が差し込むリビングは、ちょっとしたサロンコンサートでもできそうな十分すぎる広さ。


 「すごいな……」


 「おそるべし、マサユキ・チアキ……」


 天井までの大きな窓は、バルコニーに面した部分が連続して開放できるようになっており、俺たちは協力しあってすべての窓を開放してみる。


 途端に停止していた空気が流れ出し、屋外から様々な音が流れだす。


 バルコニーにも鋳物の美しい装飾が施されている。十分な広さのあるバルコニーは、天気のよい休日にはブランチが楽しめそうだ。


 メインベッドルームにはゆったりとしたバスルームにウォークインクロゼット、コンパクトな書斎までついていて、まるで中世の城主にでもなったかのよう。


 残り二つの部屋にもコンパクトなバスルームがついており、父がパリで滞在する際にも十分だろう。


 リビングに1台、残りの一部屋に1台、計2台のグランドピアノが余裕で置ける。


 「でも二人でこんなに広い部屋……、使いこなせるんでショウか?」


 「エリーゼからは2年はダメだって言われたけど……、さっさとつくっちまうか?子供……」


 「ぎゃぼっ!」


 照れて慌てるのだめを両腕にしっかりと抱きしめ、初めての二人の城で、俺はのだめの柔かい唇を味わうように、長いキスをした。









 アパルトマンを出て、これからの予定を相談する。


 「オクレール先生は?今日、時間とれるのか?」


 「それが……、昨日連絡したのですが、今日は予定があるとの事で、またの機会にしてほしいそうデス」


 「そっか……残念だったな。まぁ、今日は時間もそんなにないし、改めたほうがいいよな」


 「真一クン……、もう大丈夫そうデスか?」


 「ん?何が?」


 「1人でイタリアに戻っても、トラウマに苦しめられたりしないデスか?」


 「あ、ああ……。すっかり忘れてた」


 「むきゃ?もうすっかり大丈夫そうデスね?」


 「そうだな。今週末には教会にも行って、シモーナにこの間のお礼もしなくちゃな」


 それから俺たちは、これから暮らすことになるだろう16区のアパルトマン界隈のおしゃれなお店を冷やかしながら、散策を楽しんだ。









 住居のチェックと付近のチェックも無事に終わった。


 あとは、挙式が済んだらここで暮らしはじめられるように、必要な買物や諸手続きも進めなければ。


 「とりあえず、母さんへ報告と引っ越しの相談、お前から連絡してもらえるか?」


 「了解デス!妻デスからー!」


 「そ、そうだな……」


 「がぼん……いつものツッコミがないと、何か物足りないような……」









 もう一度、自分のアパルトマンへ戻り、イタリアへ戻るための準備を整える。


 ふと思いついて、デスクの引き出しの奥にしまい込んである手帳から、ある写真を取り出した。


 幼い頃の俺と父親が並んだ写真。


 俺はうれしそうに笑っていて、昨日父親から聞かされた"父親が大好きだった息子"がそこに写っている。


 心の中の記憶を辿って、その頃の自分の感情を思い出してみようとするが、漠然としすぎているのか上手く引き出すことができない。


 「大丈夫なのか?俺……」


 のだめには忘れてたなんていったけど、父親の話や、のだめ経由で母親の話を聞くだけでは記憶が蘇るわけでもなく、悪夢の内容や感情が理解できるだけで、その時自分がどんな理由でどんな恐怖を感じトラウマを抱えてしまったのかを理解することはできない。


 根拠のない不安を募らせる真一だった。


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