芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 22






 突然、車が止まる。


 自分のことでいっぱいいっぱいで、ろくに外の景色など見ていなかったが、もう会場に到着したのか?


 外側から、車のドアが開けられたのでそのまま車外に出る。


 ばたんっ。


 頬を撫でる風、ほのかに香るのは、潮……の香?


 「うわっ!こ、ここはど、どこだっ!」


 「会場近くの公園です。コペンハーゲンにいらしたお客様はここに必ずお連れするんですよ。
 ほら?これが有名な人魚姫の像です。王子様への愛と引き換えに、海の藻屑と消える美しい人魚姫です」


 「う、海の藻屑……」


 目の前いっぱいに広がる海。満潮時には人魚姫が海上にいるかのように見えるため、足元には海水が目の前まで迫っている。


 今は干潮だとわかっていても、この海水があっというまに満ちて、自分が海の藻屑となるような恐怖感に襲われる。


 不快な汗が額をつたう。心臓がバクバクと打ち、激しい嫌悪感に猛烈な吐き気。


 「は、早く会場へ……」


 「あれ?お気に召しませんでしたか?音楽家の方はロマンチストの方が多いから、結構喜んでくださるんですけどねぇ……。やっぱり人魚姫の像って世界三大がっかりなんでしょうか……(鬱)
 あれ?チアキさん?顔色がわるいですよ?」


 どさっ!


 真一はそのまま意識を失い、倒れ込んだ。








 気がつくと、病院のベッドで寝かされていた。


 枕元にはなぜかジジィがいて、りんごの皮なんか剥いてる。


 「何してるんですか?マエストロ……」


 「ワタシも病院にとじこめられてマス。さっき逃げ出していたところをオリバーに捕まえられて、そしてそのためにチアキが倒れたとエリーゼに怒られまシタ。
 お詫びのしるしにりんごの皮剥きデス」


 「……エ、エリーゼは?」


 「今、公演のキャンセルの後処理のために般若のようになっていマス。近づかないほうがいいですヨ?」


 「キャンセルって……、俺、やれますよ!」


 「残念ながら、もうキャンセルは決定デス。
 病院に運ばれたときの千秋の体調、とても悪かった、無理は禁物です」


 「……すみません」


 「ほんと、役に立たないんだからっ!」


 「「ひいっ!」」


 いつの間にか、病室の入口にもたれ掛かり、エリーゼが苦々しい表情でビーフジャーキーを引きちぎっていた。


 「チアキ、あんたにとっても今回の仕事はいいチャンスになったはずなのに、一体何があったの?婚約ボケ?」


 「は?婚約ボケとはなんですか?聞き捨てならない言葉アリマシタ、チアキ、師匠には何にも報告ナシデスカ?」


 「はぁ……、質問は一度に一つにしてくれ……」








 「そうだったのデスか。
 チアキは本当に冷たい弟子デス。あの豊かなバストを一人締めなんて……。
 はぁ、のだめちゃんの初めての男はこのワタシだというのに」


 「オイ、それ言い方おかしいだろ……」


 しくしく……。


 のだめとの結婚につき、遅まきながらジジィに報告をする。


 確かに俺たちふたりの事に関しては、この人の後押しがなければどうなっていたのかわからないわけで……。


 「ご報告が遅くなり、すみませんでした」


 「でも、そんな幸せいっぱいのくせに、なぜこんなことに?」


 「そうよ、スタッフの話では、突然顔が真っ青になって倒れたって聞いたけど、どういうことよ。ちゃんと納得できる説明をして頂戴」


 エリーゼがジャーキーをくわえながら尋ねる。


 「そんなこと言われても、俺にだってわけわかんねーよ……」


 真一は思い当たることはこれだけだと、先日のマリーナでの出来事と、その後の悪夢の話をし、今日は海を見た途端気分が悪くなり、意識を失ったのだと説明した。


 「チアキってほんとヘタレね。苦手なの飛行機だけじゃなくて、海もなの?今後、そんなことじゃ活動に支障がでるかもしれないじゃない……」


 「……」


 「デモ、突然意識を失うような事、今までもあったんデスカ?」


 「いいえ、こんなことは、先日のマリーナが初めてです。あのような悪夢を見出したのも初めてのことですし……」


 「うーん、何かのきっかけで、過去のトラウマが引き出されてしまったのデショウカ?」


 「ねぇ、チアキの海恐怖症の直接の原因ってなんなの?」


 「それは……、5才のときに海で溺れたことだけど……」


 「どこで?」


 「えっ!それは……」


 エリーゼからの指摘で、改めて考えてみるが、そのことについては母から間接的に聞いただけであって、自分の中に確固とした記憶があるわけではない。


 「覚えてないのね……。
 トラウマを克服することは難しくても、何かしら症状を押さえられるようにしないと。
 それにはもととなった原因を知る必要があるわね」


 「俺はどうすれば……」


 「両親は知ってるんじゃないの?」


 「ソウデスネ、まずはご家族に確認するべきでショウ。
 このままでは挙式だってできかねませんカラネ?」


 「えっ!」


 「だってそうデショ?そのことがあってから、教会に行けてないんデショ」


 「はぁ……。なんでこんなことに……」


 悪夢に、突然の意識喪失、そして挙式まで危ぶまれるとの、予測もしてなかった三重苦にいきなり襲われ、俺は途方にくれた。









 とりあえず俺は、翌日退院となった。


 ジジィは師匠を置いて行くのかと泣きわめいたが、とりあえず完全介護の病室で、オリバーも着いていることだし、俺は用無しのようでエリーゼからもイタリアへ戻っていいと許可が下りる。


 急な出発でまだのだめに連絡していなかったことを思い出し連絡しようと、病院を出たところで携帯の電源を入れると、驚いたことに携帯にはのだめから数十件の着歴がある。


 「俺だけど……、どうした?」


 「真一くんっ!大丈夫なんですかっ!」


 のだめは俺が倒れたときに、エリーゼから連絡をもらって事情は知っていたらしい。
 その後、俺に連絡をとろうと何度も電話をしたが、病院内のため電源を切らされていたから、電話のとりようがない。


 「さっき退院した。これからどうしよう……。
 明日って、う、ウィーンに行く予定だったよな?」


 「はい、『マ』のところデスよ?」


 「はぁ、変な言い方すんな……」


 「調子悪いようでしたら、日を改めてもらいますか?」


 「いや……、病院で休んだから調子はいい。それにちょっと確認したいこともあるし……。
 今、コペンハーゲンだから、イタリア帰るよりフランスに帰ろうかと」


 「あ、そうしてくだサイ!のだめも早く真一クンの顔みて、安心したいし」


 「……じゃあ、そうする」


 ゲンキンなもので、数時間後にのだめに会えると思うと、体中に喜びが溢れる。


 「あ、でも、ゴメンナサイ。部屋が汚いデス……」


 「そんなの気にすんな。俺が行ってあっという間に片付けてやる……」


 我ながらなんだ?この糖度120%越えの発言は……。


 「はうん……、真一クンが優しいデス」


 「いつも優しいだろ?お前には……」


 それだけ言い切ってさすがに恥ずかしくなり、俺は一方的に電話を切った。


 今ごろ得意の奇声をあげて喜んでいるであろうのだめに少しでも早く逢いたいから、パリ行きの一番早い特急に乗るために。



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