芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 2




 リハーサルが始まった。


 のだめは相変わらず、のらり、くらりとイタリアにいつ来るのか答えない。
 なんとなく苛立ち、もやもやして気分が晴れない。


 そんな中で、思い出すのはヒューストンの夜。
 心地よい音楽の洪水にのまれて、アメリカのノリのいいオケと観客たちに囲まれ、のだめと二人、一つに解け合ってしまったかのような、最高に気持ちいい夜だった。


 「ふっ……」


 惚けてぼんやりしている千秋は、使い物にならないからとジャンに客席に置かれていて、ヴィエラがオケピから声を掛けているのにも気付かない。


 「おい……、真一なんかあったのか?」


 真一の代わりに呼びつけられたジャンにヴィエラが訊ねる。(ああ、一番訊ねてはいけない人なのに)


 「それがですねぇ、ヒューストンで演奏会があって……」


 ジャンは意気揚々とヴィエラに聞かれるまま、事実無根の妄想話を耳打ちするのだった。









 客席の真一のもとに、仕事を終えたヴィエラが近づいてきた。


 「真一……、おい」


 「あ……、ヴィエラ先生。今日はもう終りですか?」


 「ああ、俺はちゃんと仕事してたからな」


 あれ?俺、今まで何やってたんだ?
 今日の仕事を思い出そうとしても、何も浮かんでこない事実に唖然とする。


 「それよりお前、


 ブラジル人女性と日本人女性の三角関係に悩んでるって聞いたけど、大丈夫か?


 突然、理解不可能な質問を投げかけられ、意識が覚醒する。


 「はぁ?!そ、それ俺のことじゃないんじゃ……」


 心配しているのか面白がってるのか、きっと半分半分なのだろう、『俺でよければ話きくぞ?』と、真一の隣のシートに腰を下ろし話しを続ける。


 「いやぁ、かなり確かな筋(ジャン)から聞いた話だけど……。違うのか?」


 「全然違いますよ……」


 「じゃあ、どう違うんだ?
 日本人女性じゃなくて、中国人女性なのか?」


 「い、いや、そーゆうことじゃなくて……。
 あの、お話したい事が……」


 ここではなんですので、と場所を移動してほしいと頼み、席を立つ。


 「ちっ!もう少しで核心に触れるとこだったのに……」


 こっそり聞き耳をたてていたジャンにも気付かず、千秋はヴィエラに肩を抱かれ、劇場をあとにした。









 「け、結婚?!
 そうか……、あんなに小さかった真一がなぁ……」


 カジュアルなリストランテに腰を落ち着けた二人は、赤ワインを飲みながら、ゆっくり食事を進めていた。
 だから、真一の頬が赤いのは、ワインのせいではないはずである。


 「おめでとうっ!よかったじゃないか〜!
……でも、だったらなんで悶々としてるんだ?
まさか、マリッジブルーってやつか?」


 こんな風にふたりっきりで食事をすることなんて、再会をしてからも初めてのことで、真一はなんだか幼い頃に戻ったようで、素直に胸のうちを打ち明け始めていた。


 この一年、自分の時間を犠牲にして、オペラの勉強に集中していたこと。


 自分では無理しているつもりはなかったのに、ヒューストンで半年ぶりに会った恋人と、もう離れたくないと素直に思ったこと。


 そして、あの演奏会の夜、最高に気持ちのいい演奏のあと、プロポーズをしたこと。


 自分としては、今すぐにでも結婚したい気持ちで、彼女もそのはずだと信じてるのに、まっすぐに自分のいるイタリアに来ないのにイラついていること。


 真一は一気に話してしまうと、恥ずかしそうにヴィエラを窺った。




 「あははは!」


 「先生、笑うところじゃありません……」


 「ごめん、ごめん……。くくくっ……、あ、あんまり真一がかわいいからさ……ひっ……」


 ヴィエラは顔を真っ赤にして、体を腹から二つに折り、本気で笑っている(ほんとヒドイ)


 「からかわないでくださいよ……。
 これでもいっぱいいっぱいなんですから」


 そうだよな……とつぶやくと、ヴィエラは真剣な眼差しで語りだした。


 「俺も結婚を決めたときは突然だったな。
 あるときふとそう感じて、これしかないって思って。
 でも、妻はそうじゃなかったみたいだ」


 「え?」


 「女性はきっといろいろあるんだよ。
 貰うほうと貰われるほうの違いかな?事前の準備というか、気持ちの整理みたいなものが必要なんだろう。


 真一の彼女はかなり個性的みたいだし、真一を一途に思ってくれてるみたいだけど、それでもいろいろあるんだよ、きっと」


 「はぁ……」


 「まぁ、焦らせないでゆっくり待ってあげなさい。オッケーの返事はもらってるんだろ?」


  あの、居場所もわからず、連絡がとれなかった時に比べたら、なんてことないじゃないか。


 そんなふうに、ヴィエラから冷静に諭されてみれば、その通りだと思う。あの時に比べれば、なんてことはない。


 自分が進みたいスピードと、のだめのペースが少しずれているだけなのだ、きっと。


 あの、ノエルの夜のように。


 確かに俺、アメリカのテンションにやられたのかもな。


 「結婚すること……、もうマサユキには連絡したのか?」


 「いや……、まだ具体的なことを決める前にイタリアに来てしまったので、ヴィエラ先生のほかは誰にも……。
 それに、あの人は俺の結婚のことなんて、興味ないでしょうし」


 「そんなことないと思うぞ。あの時だって、なんだかんだ俺に連絡してきては、その後の真一のこと気にしてたし」


 「お、面白がってるだけですよ……」


 はははは!確かに、そういうとこあるよなー。
 お前はそういうとこ、全然似てないなぁ。


 ヴィエラは目にいたずらっこのような輝きを浮かべて、心底楽しそうに言う。


 「まあさ、あんな男でも、それなりにお前のこと気にしてるんだよ。
 育ててないからって遠慮してるところもあるし。
 まあ、気が向いたら連絡してやれよ、な?」


 「……」


 それから、のだめがイタリアに到着したら、正式に紹介したいと告げ、是非とヴィエラからも了承をもらうと、二人は時間を忘れて、遥か昔の思い出話に花を咲かせた。





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