芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 1






 イタリアに戻ってきた。


 空港に着いたときは予想通りボロボロで、一緒に来なかった冷たい婚約者を恨めしく思いながら、到着ロビーに空いているシートを探し、どっかりと腰を下ろした。


 ミネラルウォーターを飲み一息つくと、足が地についていることの喜びを噛みしめる。
 徐々に身体全体に温かい血液が回ってくるのを感じ、もう大丈夫と安心感に包まれる。


 ”ん?なんだ、この感覚……”


 飛行機から降りた後にいつも繰り返される行動だが、落ち着いた後の安心感だけではない、何かふわふわした感情に包まれていて、自然と顔がにやけてくるのだ。(かなり恐いです)


 ”プロポーズ効果か?”


 普段の真一からはありえないほどのにやけ顔で、軽やかに席を立つと、空港をあとにした。









 イタリアでの自分の部屋にまっすぐ向かう。
 部屋でさっそく荷物をほどいていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 返事をすると、ドアノブが回り、開いたドアからジャンの顔と、ジャンの腕にべったりとひっついたゆうこが背後に見える。


 「千秋、おかえり〜!」


 「た、ただいま……」


 「これからお茶にしようと思ってたとこなんだけど、一緒にどう?」


 「ああ……、軽く片付けたらいくよ」


 「じゃあ、下で待ってるね」


 バタンッ。


 ”もう〜、私はジャンだけでいいのに〜!””はははっ!ゆうこはかわいいなぁ〜”


 「聞こえてるっつーのっ!」


 騒がしく階下に下りていく二人の声が小さくなっていくの聞きながら、大きく溜息をつき、手早く荷物を片付けていった。









 下におりると、ティールームにはジャンとゆうこの二人だけが、いちゃいちゃとお茶の準備をしているところだった。


 ”ここはお前らの家じゃねーだろっ!”と、心の中でツッコミを入れつつ、空いている席に着く。


 「ヴィエラ先生たちは?」


 「ああ、先生は奥様とショッピングだよ。僕たちは留守番を任されたんだ」


 「私たちだって、乗馬に行くつもりだったのに……」


 「ふう〜ん……」


 いつものように、自己中なゆうこの愚痴はスルーし、ジャンの入れてくれたエスプレッソに手を伸ばした。


 ゆうことジャンから聞かされる、留守中のどうでもいい(ヒドイ)話を軽く受け流しながら、ビスコッティに手を伸ばす。
 上の空でかじりつく。


 「かたっ!」


 「やだぁ〜、千秋ったらかっこわるー。エスプレッソに浸して食べなさいよぉ〜」


 「あれ?千秋がビスコッティ食べるなんてめずらしいね?」


 「え?」


 「あらぁ〜、なんだか上の空?なんかあった?」


 「な、なにもねーよ……」


 言いたいような、言いたくないような……。


 ”なになに?””なんか面白いこと?”
 面白がってやけにわくわく顔でこちらに顔を向けるバカップルに気付き、やっぱりコイツらには絶対に話すべきではないと悟る。


 「あ、そういえばネットの記事見たわよ」


 ゆうこが面白くもなさそうに切り出す。


 「え?」


 「NODAMEがヒューストンのフェスティバルで飛び入り演奏ってやつ。のだめ、行ってたんだ?ヒューストン」


 「ぶほっ!!」


 「やだぁ〜、千秋きったな〜い!」


 エスプレッソを思わず噴出した千秋に、ジャンがいたずらっ子のような顔で何かを思いついたかのようににやけて見つめている。


 「な、なんでそんな記事……」


 なんとか、冷静さを取り戻そうと、ゆうこに訊ねる千秋。


 「あらぁ〜、私は指揮者の妻として、毎日の音楽関係の記事はデータベースで検索してチェックしているのよ?
 まあ、記事っていってもアメリカの地方紙に小っちゃぁーーーーく載ってただけだけどね」


 しかも、記事はNODAMEメインだしぃ、千秋のことなんか一言だけだしぃ、千秋、もっと頑張んないとヤバイんじゃなぁーい?


 「へぇ……、ヒューストンにノダメも行ってたんだぁ。
 大丈夫なの?千秋。ブラジルのエリーゼとかいう女性は……(あいかわらず勘違いしてるジャン)」


 うっ……。エリーゼの事、忘れてた。こ、殺される……。


 脳内で響き渡る、”単価を上げて、稼ぐのよぉ〜!”と勝ち誇るエリーゼの声。


 青ざめる千秋に、完全に誤解するジャン。まったく気にしないゆうこ。


 くっくっくっ……。と、面白そうに笑いをこらえるジャン。は?エリーゼって何?と、訳が分からないゆうこ。


 三者三様、まったく違う思いをそれぞれ抱えたまま、お茶会はお開きとなった。









 部屋に戻って、明日から始まるリハーサルに向け総譜を広げるも、なかなか集中できない。


 勉強は中断し、気になっていることを片付けてしまうことにした。


 携帯に手を伸ばし、パリに到着しているであろう婚約者のメモリーを呼び出し、発信ボタンを押す。


 ……pupu……、……pupu……。


 プッ!


 「アロー?」


 めずらしく、早めのコールでのだめにつながった。


 「もう部屋ついた?」


 「はい……。


 真一くぅん……、早く帰ってきてくだサイ……」


 めずらしく、のだめから甘えるような言葉。甘い音色に敏感な耳が刺激されて、心の芯がジーンと熱くなる。


 「どうした?具合でも悪いのか?」


 ありえないほど自然に甘い言葉が零れて、驚いている自分がいる。


 「……ありえないんデスよ、こんなこと。今まで思ったこともなかったのに……」


 「……」


 どきどき。(千秋、のだめからの甘えモードに完敗。過度に期待中)


 「清潔なホテル暮らしが続きすぎたせいなんでショウか……。


 慣れたはずの汚い部屋に我慢できないんデスよ!!!」


 「なっ!!!」


 「お土産で買ったものは多すぎてベッドの上で山になってるし、バッグから出した洗濯物は、出かける前の洗濯物とあわせて、かなりの量で異臭を放ってるし、部屋のそこらじゅうに5ミリくらい埃が積もってるし、帰ってきてからくしゃみが止まらないんデスよ!!!」


 「オイ……」


 「のだめ、いつからこんな弱い女に成り下がったのでショウか?悲しいデス……」


 だから、真一クン、早く帰ってきて、この状況をなんとかしてくだサイ?


 「死ね……」


 もう、いっそのこと携帯を切ってしまいたい気持ちを精一杯抑え、先ほどから気になっていた事柄について、切り出してみた。


 「なぁ……、ヒューストンでお前が飛び入りで演奏したこと。エリーゼに報告とかすべきか?」


 「へ?……ああ、そのことだったら、さっきエリーゼから連絡ありまシタよ?」


 「え”、や、やけに早くねーか……。で、なんだって?」


 「なんだか、ヒューストン交響楽団サイドから、お礼の連絡があったらしいデスよ?ぜひ、近いうちに共演をって依頼があったそうデス」


 「え……。そ、それって……」


 「エリーゼからは、『いい営業活動してきたわねっ!千秋も役に立つことあるんじゃないっ!』って、褒められまシタ。よかったデスね、先輩」


 殺されるかと思ってたのに……。よ、よかった……。


 「ん……、共演ってさ、もしかして俺とお前と……、てこと?」


 「イイエ?NODAMEだけオファー貰っちゃいまシタ!ぎゃはぁ!」


 「……」


 もういやだ。こんな婚約者。今だったら引き返せるかもしれない……。


 「あ、でも、千秋先輩の評判もよくって(特にオケの女性)、また来年のフェスもお願いしたいって事らしいデスよ?」


 ま、そうだよな。そんなに早く、俺とのだめの共演、しかもメジャーでなんてあるはずないか……。


 「そっか……。とにかくエリーゼが納得してれば大丈夫だな。飛び入り演奏の事しか、ばれてないよな?」


 「むきゃ?飛び入り演奏の事以外ってなんデスか?」


 マジか……、この天然がっ!


 「その……、ぷ、プロポーズの事とか……」


 「ぎゃはぁ!プロポズっ!」


 だめだ……理解不能な奇声しか聞こえてこねぇ!


 「と、とにかく、俺しばらくはイタリアから離れる予定ないし、お前は適当に部屋片付けて、早くこっち来いよな」


 「……適当に片付け……」


 「ほ、ほら、得意のダンボールにとりあえず突っ込んどけ。洗濯くらいは少しずつしろ。ベッド周りとピアノ周り、飯食うスペースくらい掃除できるだろ?」


 「はい……。わかりました」


 「お、おう……」


 電話の向こうののだめが、素直に返事をしたかと思うと、急に大人しくなった。
 やっぱり一人は寂しいのだろう。部屋の片付けの為になんて冗談めかして言って、俺に負担をかけたくないと思っているのだろう。


 「これからだって、こんな風に長い時間離れなくちゃいけないことが幾らだってあるんだ。お前も一人でも片付けくらいできるようになれよ」


 「……」


 「でも、絶対に俺はお前のところに帰るから。帰ったら幾らでも、掃除でも洗濯でも料理でもやってやるんだから……。
 とにかくイタリアで待ってるから。早く来いよ、な?」


 「の、のだめ……」


 「ん?どうした?」


 「お腹空いて、死にそうデス……」


 「……缶詰でも食って寝ろ……」


 プッ!ばたりっ!


 やっぱり俺、もっと冷静になって考え直すべきか?
 ぐったりと疲れ切って、そのままベッドに横になったまま、迫ってくる睡魔の波にのまれて、意識を手放した。







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