芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 18






 干潟からタクシーに戻り、河川敷で辰男を降ろす。


 真一も、辰男と一緒に車外に出ると、改めて挨拶をする。


 「お義父さん、恵さんとの結婚のこと、許していただきありがとうございます」


 「うんうん、もう、よかよか!」


 辰男は相変わらず照れくささと、何ともいえない複雑な思いに、じゃ、またと、あっさりと二人に背中を向け、うしろ手を軽くあげると船へと戻っていく。


 その背中に真一は深々と頭を下げた。









 夕刻、福岡空港から空路イタリアを目指す。


 ……が、トランジットで到着したのはなぜか香港国際空港。


 「おい、どういうことだよ……」


 「だってー、どうせ福岡からイタリア行きの直行便なんてないんデスよ?
 乗り継ぎするならアジア最大のハブ空港が快適で便利じゃないデスかー」


 「目、そらしてんじゃねーよ!
 本当のことを言えっ、本当のことを!」


 「だって!パリから香港って遠いんデスよ!
 福岡からだったら東京からよりも近い3時間半で来られるんデス!
 この機会を逃したら、香港通が聞いて泣きマスよ!」


 香港国際空港の到着ロビーで、必死で香港トランジットにした理由を熱く語る女。


 要するに、寄りたかっただけらしい……。
 もう言い争うのも無駄だと負けてやることにする。


 「三時間もどうするんだ?」


 「街に繰り出しマスよ!」


 「え?もう21時すぎてんぞ?店しまっちまうだろ?」


 「何言ってるんですか?香港の21時なんて宵の口デスよ!
 さ、早く行きまショー!」









 イタリア行きの便にチェックインを済ませ身軽になると、のだめは水を得た魚のように生き生きとする。


 「食べたい麺があるんデスよー。近くに美味しいスイーツ屋さんもあるので、急いで行きマスよ?」


 「なんでこんなことに……」


 のだめに引きずられるようにして到着したのは天后(ティンハウ)という街で、通りの両側にびっしりと飲食店が並び、22時近いというのに人通りも多い。


 のだめが食べたいといった麺屋はその中でも人気のお店のようで、店内のテーブルはほとんど埋まっている。


 のだめはそんな様子にも臆することなく店内に進むと、店員と広東語でやりとりをし、4人掛けのテーブルが2席空いてるのをみつけ、相席を頼んでさっさと座り込む。


 「お、おい……」


 「無問題です、香港では相席がデフォルトですカラ」


 そういって店員を呼び付けると、さっさと注文をしていく。


 「任せてもらっていいデスよね?」


 「ああ……」


 もうどうとでもなれ……。
 真一はのだめの香港ペースに引きずられてゆくまま、身をゆだねた。









 出てきたのは、どんぶりにまあるい水餃子のようなものが乗せられているものだった。


 それと一緒に、小鉢にひらべったい揚げせんべいのようなものが盛られている。


 「おい……、これはなんだ?」


 「魚皮餃河(ゆーぺーがうほー)デス。麺は米粉でできたフォーで、この店はこれで有名なんデスよ。


 具はお魚のすり身、餃子の生地にもお魚のすり身が練りこんであって。
 まあ、とにかく食べてみてくだサイよ」


 先ずはおそるおそるスープを飲んでみる。


 日ごろ洗練された料理を見慣れた自分にとって、見た目こそがさつに感じてしまうが、すっきりとした喉越しに、味は深い旨みがあって絶品だ。


 フォーもつるっとした喉越しが心地よく、スープとよくあっている。


 そして、なんといっても魚のすり身の餃子。身も皮もぷりぷりした弾力がたまらない。日本のつみれとは全く違い、何が入っているのか程よい脂が旨味を濃くしていて、スープや麺のあっさり感によくあっている。


 「うまい……」


 のだめは夢中で食べていた顔を一瞬あげ、真一の満足そうな顔に得意げに笑うと、何も言わずに再び食べはじめる。


 「おい、このアゲモンみたいなのはなんだ?」


 のだめは先ほどから、そのまま食べたり、スープにつけて食べたりしている。
 真一は完全に放置状態だ。


 「わぁー、説明するのすっかり忘れてまシタ。
 せっかくですカラ先輩、まずは食べてみて何だか当ててくだサイよ」


 「料理人としての俺様をなめんなよ?」


 真一はのだめからの挑戦を受けて立つと、小鉢から一つつまみあげ、じっくりと見てからニオイを嗅いでみる。


 「ふつーにアゲモンだよなぁ?
 でもなんだ?この色……、グロい……」


 匂いだけではさっぱりわからないので、一口かじってみる。


 「ん?なんだこれ……」


 かりかりとした小気味よい触感、よく揚がっているが油っこさはなく、味も自然な旨味で、揚げ物独特のしつこさがない。


 思わず、二つ、三つと立て続けに口に頬張ってしまう。


 「旨い、とまんねぇ。これビールのつまみによさそうだな」


 「デショ?」


 「で?なんだよ、これ」


 「えー、もう降参デスか?」


 悔しいがさっぱりわからない。


 だいたい中華なんて自分では作らないし、食べるのはジジィに連れていかれるような高級レストランばかりで、このようなB級グルメは経験がなく、そもそも食材に対して知識がないのだ。


 「しかたないから降参してやる」


 「ぎゃぼん……、俺様千秋様……」









 「さ、魚の皮ぁ?!」


 お前、俺が何も知らないからって、騙して面白がってるんじゃねーだろーな?


 「ほんとデスよ?白身魚の皮をうすーく剥ぎ取って、それに衣をつけて揚げてるだけだそうデス。のだめもRuiに教えてもらいまシタ。
 のだめなんて、生の魚の皮食べたんデスよ?でもそれもすんごく美味しくて……」


 はうん……、また食べたくなってきまシタ。


 「げ……」


 「でも美味しいデショ?見た目とか、なじみのない食材とか、そんな常識に囚われているよーでは駄目なんデスよ!これからの音楽家は!!!」


 「はぁ……、なんで音楽家……」


 「真の美味しさのわかる音楽家。これデスよ!」


 「美味さって……。はぁ……」









 「今度はスイーツデスよ!」


 「おい……、もう22時過ぎてんぞ?
 さすがにやってねーだろ……」


 先ほどの麺屋の並びに、そのスイーツ屋はあった。
 麺屋同様、この時間にも関わらず、店内は満席で、ウェイティングまでしている。


 「おい、子供いるぞ……。香港は義務教育とかないのか?」


 「嫌デスねぇ?子供だっていったって、香港人なんデスから。こんなの夜更かしのうちに入りまセンよ」


 「どういう理屈だよ……」


 暫く待って、席に通される。


 「このお店は、伝統的な香港スイーツをオリジナルにアレンジしたものが評判のお店なんデス。
 私たち若いクラシック奏者も、そのスピリッツを見習わなければと常々……」


 「のだめさん、その手の強引な話はもう結構です……」


 運ばれてきたのは、お碗に汁と一緒に入った団子と、皿に盛られた団子の2種類。


 「真一クン、これは湯圓(とんゆん)といいます。
 この可愛らしいまんまるが、家族円満の象徴と言われていて、香港では"幸せな家族団らんがいつまでも続きますように"と祈って冬至の日に食べる風習がありマス」


 「へ、へぇ……」


 「このお碗に入っているのは、生姜とローズ酒のシロップにつかった湯圓で、中には白胡麻ペーストの餡が入っていマス。


 ぴリっと少し辛味のある生姜と、芳醇な香りのローズ酒のシロップ。大人っぽい辛口スパイスにちょっぴり甘さもあって、まるで真一クンみたいだって思うんデス」


 そういってのだめは、お碗の中から一つ湯圓をレンゲにすくうと、自分の口に入れ、舌の上でころがしながら、湯圓のつるっとした舌触りと芳醇な香りのシロップをじっくり堪能してから、味わう。


 恍惚の表情を浮かべるのだめを、真一は熱をもった瞳で見つめる。


 「それが俺なら、こっちがお前か?」


 「どうでショウ?こっちの湯圓には黒胡麻の甘い餡。ぷりっと茹でた湯圓を、きな粉とお砂糖、黒胡麻にまぶしてありマス」


 "のだめみたいデスか?食べてみてくだサイ……"


 真一は、そのお皿に盛られた湯圓を一つ摘むと、のだめの瞳を見つめたまま、自分の口にふくむ。湯圓を舌の上で転がしてその食感を楽しんでから、味わう。


 湯圓のつるつる、もちもちした舌触りは……、まるでのだめの肌のようだ。
 唇で潰してみれば、ぷりぷりと弾力があって……。


 ダメだ……。俺、ほんとにどうかしてるかもな……。


 「……甘い……」


 「真一クンのお口には合いまセンか?」


 「いや……、この甘さは嫌いじゃない……」


 真一は、スイーツを味わいながら、自分の身体が熱を持っていくのを感じて、そんな自分に呆れ、持て余した。









 「真一クンっ!もっと早く走ってくだサイ!」


 「お前なぁっ!はぁはぁ……、後でただじゃおかねぇっ!」


 「むっきゃぁーーーーーーっ!!!」


 深夜の香港国際空港を、搭乗口に向かってダッシュする日本人男女。


 二人が乗る予定のイタリア行きは、最終アナウンスを呼びかけていた。



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