芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 17






 婚姻届って、こんなばたばたと書いちまっていいのか?


 そんな疑問が浮かんだりもするが、そんなことを考えている暇もないくらい、パリから成田、成田から東京、東京から横浜、そして横浜から東京へと、移動しつづける身体に思考が追いつかない。


 プロポーズだってなんだって、いつもイキオイだったんだ。結婚なんてこんなもんなんだろうと、割り切ってしまうことにした。


 それに、今日の今日で、黒木君とターニャという、二人の婚姻届の証人にふさわしい人物が、よくつかまってくれたものだとも思う。


 そんな事実を積み重ねてみれば、今日、この時に婚姻届を書くことはあらかじめ決まっていた宇宙の法則みたいなものなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、福岡行きの新幹線に乗り込んだ。


 限られた時間の中で、飛行機を使えばいいのだろうが、明日はまた国際線で長時間のフライトに堪えなければならない。
 わがままは承知だが、できるだけ飛行機は使いたくない。


 到着するのは夜になってしまうため、のだめの公的書類は、よっくんに代理でとっておいてもらうようお願いしてある。


 新幹線で5時間、やっと福岡に着いた。
 疲労困憊でタクシーに乗り込み野田家まで向かう。


 「いまどき、東京から博多まで新幹線で行く人なんていないデスよ?
 先輩って実はてっちゃん?」


 「うるせーな!少しでもお前と二人っきりでいたいんだよ!」


 「えっ!!!先輩、最近発言がおかしいデスよ……」


 はうん……、のだめをこんな気分にさせて、どうしようっていうんデスか?真一クンてば……。
 今夜泊まるのはのだめの実家なんデスよ?


 真一の1デレに完全にやられたのだめに、一矢報いていい気分の真一。


 俺も簡単だけど、コイツも簡単なんだな。
 二人っきりのタクシーの車内で、真一は誰に遠慮することもなく、にやつき、恋人の左手を優しく撫で続けた。(運転手さんにも気をつかってね)


 がらっ!


 「ただいまデスー!」


 「……ご、ごめんください」


 野田家の玄関をくぐると、そこは酒のニオイがうっすらと漂う宴会会場と化していた。


 野田家の誰一人として二人を出迎えることはなかったため、そのまま上がりこむと居間へと向かう。


 真一は、居間の入り口で膝を折り、野田家一同に向かい、頭を下げ挨拶をする。


 「あ、あの、今日は結婚のご挨拶に……」


 「よかよか!そんな、かしこばらんと、もう千秋君ば、野田家の一員たい!がははは!」


 豪快に一升瓶抱え、ご機嫌な辰男や祖父の喜三郎、ヨーコによっくんまで大騒 ぎで、祖母の静代だけが部屋の片隅で静かに微笑んでいる。


 「あの……、お祖母様、今回のことでは、僕たちの気持ちにご理解をいただいて、ありがとうございました」


 千秋は仕方なく、唯一まともな意識と判断力を持った静代に近づき、先日のお礼をする。


 「そんなこつ、気にせんでもよかよ。
 恵は千秋君と一緒になるのが、一番の幸せっちゃ、わかっとるごつ」


 「あ、ありがとうございます……」


 そのあとは、わけのわからないまま大量の酒を飲まされ、挙式衣装の為だと、ヨーコとのだめペアからセクハラを受け、いつものとおり野田家での狂乱の一夜はふけていった。









 翌日、夕方の便で日本を発たなければならないため、二日酔いの頭で何とか早起きをすると、今日こそは辰男にちゃんと挨拶をと気合いを入れて居間へ向かう。


 「おはようございます……」


 居間にはヨーコと静代だけがおり、お茶を飲みながらテレビを見ているところだった。


 「あの、お義父さんは?」


 「もう仕事に出かけたとよ」


 テレビに顔を向けたまま、当たり前のように答えるヨーコ。
 肩透かしにあい、がっくりと肩を落とす真一。


 「はぁ……これじゃあ、何のために帰国したんだか……」


 ヨーコはやっと、真一のほうを向くと、すまなそうに答える。


 「千秋君、ごめんねぇ……。
 お父さんはお父さんで、あんな風にしとるけど、恵が嫁に行くのがさびしかよ。
 千秋君に正面きって挨拶されたら、どげんしたらいいかわからんとよ……」


 真一はヨーコの言葉に決意を持って切り出す。


 「……あの、お願いがあるのですが……」









 帰り支度を済ませ、のだめとタクシーに乗り込む。


 玄関先で見送ってくれるヨーコと静代、喜三郎に挨拶をする。


 「それじゃあ、お父さんとよっくんにも、よろしくねー」


 のだめが家族に明るく別れを告げ、タクシーが走り出す。
 小さくなるヨーコたちに、名残惜しそうにいつまでも手を振るのだめ。


 「先輩……、出るの少し早くないデスか?」


 「うん。
 お前には悪いけど、ちょっと寄り道するから」


 「寄り道?」


 「ああ」








 ヨーコに教わった通りタクシーを走らせると、あの渡仏前にのだめを抱きしめた河川敷に出た。


 この時間であれば、辰男の船が通るだろうとヨーコから教わったからだ。


 「ちょっと待ってて貰えますか?」


 タクシーを止め、のだめと二人外に出ると、海に向かって目を細める。


 「あ、あれ、辰男デスよ?
 おとーさーーーーんっ!」


 のだめの叫び声とあわせ、二人で精一杯両手を振り、なんとか辰男に気づいてもらうと、岸まで戻ってくるのを待った。









 三人でタクシーに乗り込み、あの展望台へ向かう。


 のだめを干潟へ追いやると、あの時と同じように男二人、望遠鏡を覗き込む。


 「……お義父さん、今度こそ『娘を頼む』と言ってくださいよ」


 「……そうだな……」


 真一は、望遠鏡を覗き込むのをやめ、辰男に向き直ると真剣な表情で語り始めた。


 「僕は今でもアイツのピアノが好きです。
 でも、今はそれ以上に、の……め、恵さんのことが好きですから」


 「……そうか……」


 辰男は相変わらず望遠鏡を覗き込んだまま。
 真一のことを見ようとはしない。


 「娘さんをいただきます。


 一生僕の傍に置いて、あまりお義父さんたちに会わせることもできないかもしれません……。


 それでも許していただけますか?」


 ゆっくりと言葉を選びながら、それでも毅然とした態度で言葉を紡ぐ真一に、辰男はついに観念する。


 「……ああ。娘を頼む……」


 「ありがとうございます……」


 干潟に追いやられたのだめは、あの時と同じように"真一クンのバカー"と叫んでいる。


 「誰がバカだ……」


 最後まで辰男は、望遠鏡を覗き込んだまま、真一を見ることはなかった。



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