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マエストロの婚礼 14 昨夜は甘い恋人同士の夜をたっぷり堪能したマルレ常任指揮者。 プライベートの充実ぶりが、どうしても棒に出てしまうのは致し方ないこと。 コンマスの鋭い視線がちょっと痛いが、何事もなかったかのように本番前のゲネプロを終了させた。 一度楽屋に戻り、軽くシャワーで汗を流すと、 "KYOUHA TANOSHIMINI SHITEMASU!" と、のだめからのメールが入っていた。 マルレの演奏会、のだめの指定席が埋まるのも久しぶりだ。 学生時代は必ずといっていいほど、真一の公演には、いつもの指定席にのだめがいてくれた。 客席にお辞儀をし、オケに振り向く瞬間、必ずのだめのことを見るのがいつのまにか習慣になって。 のだめだけは絶対に、いつでも自分の音楽を信じていてくれるから。 携帯の画面に頬を弛ませ、惚ける自分に気付き、 「い、いかんいかん……」 と、一人きりの楽屋で頭を左右に振り、甘い気持ちに蓋をした。 本番まで時間があるので、軽くカフェでなにか腹に入れようと思ったが、昨日の母親とのやりとりを思い出し、アイツにもう一度だけ連絡してみようとメモリーを呼び出し、発信ボタンを押す。 ……pupu、pupu…… プッ! 「はい」 まさかいないだろうと思ってかけてみれば、早めのコールで相手が出たので、とっさに声がでない。 「あっ……」 「なんだよ、イタ電かよ?切るぞ?」 「お、おいっ!ちょっとまて……あ、……真一だけど」 せっかちな相手に、せっかく繋がった電話を切られてはかなわないと、慌てて言葉を紡ぐ。 「真一って、千秋真一のことか?」 「……千秋真一だけど……」 なんだよその確認の仕方……。 冒頭からかなりカチンとくる言い草。しかし彼らしい台詞だと納得する自分もいる。 「いきなりなんだ?てゆーか、この番号知ってたのか」 「母親に無理矢理登録された」 「あ、そっか」 「……」 「……」 面と向かってだって、何を話せばいいか困る相手なのに、いきなり電話でなんて難易度高すぎるだろ。 「なんだよ……、用がないなら切るぞ」 「い、いや、ちょっと待て!……報告することがあって」 本当に今にも切りかねない雅之の勢いに、慌てて用件を切り出す。 「俺、結婚することにした」 「……あの時のNODAMEってやつか?」 「ああ……」 「おめでとうって言っていいんだよな?」 「ああ、ありがとう」 「で?お祝いの催促かなんかか?」 「……アイツが、アンタのこと紹介してほしいって。 ウィーンにいるときにでも、のだめを連れて行きたいんだけど」 「お祝いはいいよな?」 「……いらねーよ……」 雅之は、2ヶ月ほどはウィーンから動く予定はないから、予定が決まったら連絡して来いというと、じゃあもういいよな?とあっけなく息子からの初めての電話を切った。 「……」 ……pu,pu,pu,pu,pu,……、 回線が切れていることを知らせる電子音をしばらく聞きながら、まさに 自分と父親の関係を表している音だと思った。 ……pupu、pupu…… プッ! 「はい」 「征子です。ごぶさたしてます」 はじめての息子からの電話があったかと思ったら、キャッチを取ってみればその母親、元妻からの電話であった。 「今日は俺、モテモテだな」 「あら、何のこと?」 「さっき、真一から電話あったぞ。NODAMEとかいうやつと結婚するから、会いにくるってさ」 「そう……。さっそく連絡あったのね。 ねぇ、ほかに何か話した?」 「それだけだ」 「……ねぇ、お願いがあるんだけど」 初めての息子からの電話に、久しぶりの元妻からの電話。 お願いがあると切り出されて、雅之は自分一人の静かな生活に、さざなみがたつような感覚に襲われ、軽くめまいを感じた。 ルー・マルレ・オーケストラ定期公演。 パリのブラン劇場。 見慣れたはずの光景が、今日はなんだか新鮮に見える。 J.シュトラウス喜歌劇「こうもり」序曲Op.367。底抜けに明るくて、馬鹿馬鹿しくて、ドタバタの喜劇をそのまま再現する、華やかで楽しく心踊る旋律。 婚約者との結婚を控えて、周囲に振り回され、からかわれながらも幸せな今の自分にぴったりとあっている気がする。 そして、シュトラウス自身、悲しみから立ち上がるために書いた明るい曲は、自分の中にある父親への複雑な思いまで払拭してくれる気がする。 客席の中央、右端にある指定席へ視線を投げ、オーケストラへと向き合うと、真一はただ音楽に身をゆだね、オケを導いていった。 "Bravo!" 歓声の中、使い慣れた楽屋に戻る。 23:35発の成田行きへ乗らなければならないため、楽屋訪問も断り、急いで帰り支度をする。 「チアキー!早く早くっ!」 「テオ、ありがとう。じゃあまた」 「気をつけてね、奥さんも」 「はいっ!ありがとデス!」 テオが劇場まで呼んでおいてくれたタクシーに乗り込み、CDG空港へ向かう。 「なんとか間に合うか?」 「そうデスね? それに、このくらいバタバタしてたほうが、真一クンも余計なこと考えなくて済んで、いいかもデスね」 「うるさい……」 「ぎゃぼっ!重たいデスよー」 ぐったりと隣ののだめに体重を預けて、腰に両腕をまわし、これから耐えなければならない長時間のフライトにむけ、こっそりと充電する。 「もうー、真一クンのあまえんぼー」 なんとでも言え。 俺は、これから二人っきりの時は、自分に素直になることに決めたんだ。 真一は、嫌いな飛行機に12時間近く乗らなければならないのに、やけにウキウキしている自分がおかしくて、のだめに気づかれないようにこっそり笑った。 15へ> |