芒果布甸/Mango pudding



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マエストロの婚礼 13






 リハが終わり、これからそっちに行くとのだめにメールを送る。


 脳内いっぱいに響くオケの音を抱え込んだまま、練習場から歩いてのだめのアパルトマンに向かうことにした。


 途中、マルシェで夕食のための買い物をして、昨夜の仕切り直しのために、シャンパンを買う。


 久しぶりにのだめのアパルトマンで過ごすのだから、昨夜のような醜態はさらしたくないし、二人の時間を大切にしたい。
 そんなことを考えながら、パリの街を歩いた。


 "最近の俺、どうかしちまったか?"


 すこし自分に呆れつつ、甘い気持ちを持て余しながらアパルトマンの中庭に入ると、そんな真一を迎えるかのようにのだめのピアノが聞こえてくる。


 今までに何万回繰り返されたかわからないこんなシチュエーションも、最近では本当に久しぶりで、真一は自然と心がふわふわと軽くなっていくのを感じた。









 アパルトマンのアールのかかった階段をふわふわと上り、合鍵でそっとドアを開け部屋に入ると、さらにのだめのピアノが色彩も鮮やかに迫ってくる。


 ラヴェルの都会的でメランコリックな旋律。


 のだめが気づいて演奏をやめないようにそぉーっとドアを閉め、静かにピアノに近づく。


 あけっぱなしの寝室とのドアからのぞく、ピアノを弾くのだめの横顔はなんだか上の空で、ピアノを弾きながらも、心ここにあらずといった様子だ。


 「ぎゃぼっ!」


 突然、背後から回された両手に驚いて、指を止める。


 「真一クン、おかえりなサイ」


 「ただいま……」


 抱きしめたのだめの身体は、ピアノを弾いていたからか、普段より体温は高めで、うっすらと汗をかいた肌が、真一の頬にしっとりと吸いつく。


 誘われるまま、鼻先で後ろ髪をかき分けていくと、辿り着いた首筋に優しくくちづけを落とす。


 「驚かさないでくだサイよ……」


 視線はピアノに向けたまま、振り返ることなくのだめが真一を優しく責める。


 「ん?なんか上の空で弾いてるみたいだったから」


 「え?」


 真一はのだめを抱きしめていた腕をほどき、買い物袋をキッチンへと運びながら、


 「考え事しながらでも十分弾けるっていう自慢か?」


 と、からかうように笑い、夕食の準備に向かった。


 さすが真一クンは鋭いデスね……。


 のだめは真一に気づかれないようにそっとため息をつくと、もう一度ピアノへと向き合った。









 二人きり、パリののだめのアパルトマンで、真一の作った料理で食事する。


 シャンパンで乾杯をし、テーブルいっぱいに並ぶ呪文料理を、奇声をあげながら口に運ぶ愛しい恋人。


 のだめのために食事を作ってやるのも久しぶりだったし、向かい側で奇声をあげながら美味しい、美味しいと喜んで食べてくれるのだめを見るのもひさしぶりだけれど、こんな何度も繰り返された当たり前の光景に、幸福なんてものを感じてしまう自分に真一は半分あきれてしまう。


 「そうだ、昨日、母さんにあの街のこと、聞いたのか?」


 シャンパンからシフトしたワインを飲みながら、真一が尋ねる。


 「え?げほげほっ!」


 おい、そんなに慌てて食わなくてもと、真一が水を差し出す。


 のだめは水をぐびぐびと飲むと、大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。


 「だってー、真一クンの呪文料理、久しぶりだったカラ」


 のだめがどんだけこの日を待ち望んでいたか……、毎日のように夢にまで見たんデス!と勝ち誇るのだめに、


 「わかったから……。それで?どうだった?」


 と、先を急がせる。


 のだめはもう一度水を一口含み、ふぅーっと息を吐くと、うつむき加減で話し出した。


 「はい……、やっぱり真一くんがあの街に行くのは初めてじゃないそうデス」


 「え?」


 「真一クンが5才のとき、家族旅行に行ったそうデス、あの街」


 「家族旅行……」


 あの街に行くのは初めてではないと言われたことは、今まで自分が受けた印象から何となく受け入れられたが、家族旅行という自分には心当たりの無い単語に、真一は戸惑う。


 「もちろん、雅之さんも一緒にデスよ?」


 「アイツが?家族旅行?」









 のだめは、征子から聞けたのはそれだけだと言った。


 あの街へは家族旅行で一度行ったことがある。


 あのホテルにも泊まっているから、主人の言っていた日本人のピアニストの家族というのも自分達のことだろうと言っていたという。


 「へぇ……。あんなところに、家族で行ってたのか、俺……」


 「なぜあの街なのかについては、雅之さんが一人で決めてきたことなので、征子さんも知らないそうデス」


 「アイツが?」


 全然、覚えてねぇ……。そんなことってあるのか?


 「だから真一クンは懐かしい感じがしたんデスね」


 「……」


 のだめは、考え込む真一の思考を振り切るように、おどけたように明るいトーンで言葉を続ける。


 「素敵デス!
 子供時代の思い出の場所に、大人になった自分が偶然迷い込んで、ふらっと見つけた教会で、愛しい女性と結婚式を挙げる……、小説みたいデスね」


 「はうん……愛しい女性……」


 のだめは、自分が口にした言葉に自分でうっとりとしながら、真一クン、また呼んじゃいまシタ?とか、わけのわからないことを言ってはしゃいでいる。


 でも、俺にはまったく記憶のないことで、なんだかすっきりしない。


 「そんなことより真一クン……、今日は久しぶりに一緒にお風呂に入りまセンか?」


 のだめは、いつのまにか立ち上がって真一の背後にまわると、両腕を真一の肩から絡みつかせ、甘えるように囁く。


 真一は、焦りながらのだめを振り返った。


 「え!
 い、いいけど……、突然なんだよ、どういう展開だよ、なんの脈絡もなく……。(たしかに)


 だ、だいたい、お前いつも風呂は明るいから恥ずかしいって嫌がるじゃねーか……」


 「だってー、真一クンがこの部屋に泊まるのだって久しぶりなんデスよ?
 昨日はふて寝されたし……。
 一晩中、のだめはお預けでムラムラしてんデスよ!」


 「へ、へぇー……」


 まじまじとのだめを見つめるも、頬を赤らめてうつむき加減でモジモジはしているが、目そらしはない。


 よし、何かのトラップではないようだ。(どんな罠?)


 めずらしいのだめからのお誘いに、じゃあ喜んでと、真一はあれこれ悩むのはやめ、バスルームに準備のため、そそくさと向かう。


 「明日本番終わって、日本帰国したら、泊まるのお互いの実家だしな」(だからなに?)


 鼻歌を歌いながら、入浴の準備をする真一を盗み見るのだめは、ほっと胸をなでおろした。


 「真一くんに話せるのはここまでデスね……」


 征子から昨夜聞いた話をすべて伝えるわけにはいかないのだめは、この先のことを想像すると少し気が重い。


 そっと気づかれないように今日何度目かの、ため息をついた。


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