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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 61 真一は、のだめに出会った頃のことを思い起こしていた。 思うようにならない毎日にイラついて、未来を思い描くこともできず、立ちふさがる壁の前に一人きり、無気力に腐ってゆくところだった自分。 そんな時、ただ楽しそうにピアノを奏でるのだめに出会った。 めちゃくちゃだけどスゴイことを難なくこなす、女性にしては大きな手。 急に視界が晴れ渡ったような気がした。 もっと聴いていたくて、そして少しだけ近づきたくて。 自分を鼓舞してくれる、魅惑の音色。 その魔法のような花には、それだけでよかったはずなのに。 禁断の実を手にとり、その香りに我慢できず、つい口にしてしまった。 だからバチがあたったに違いない。 こんなに苦しい思いをしなければならないなんて。 でも……。 のだめが自分に与えてくれたもの。 希望、喜び、かけがえのない仲間との出会い。 想像もしていなかった、オーケストラで指揮をするということ。 自分にも、この日本でできることがあるんだと知ったのは、のだめとのあの連弾だった。 そして、自分が初めから望んでいたように、のだめは音楽に向かって、一歩足を踏み出した。 それでいいじゃないか? 自分の目標に向かって着実に歩を進め、のだめの傍へ近づいてゆく松田に嫉妬していても仕方ない。 ここで……自分にもできることをやって……。 のだめが戻らないまま、大学が始まった。 喉が渇きすぎてその感覚すら忘れてしまった者のように、真一はのだめ本人やのだめのピアノに対する渇望を感じなくなってきていた。 学園祭でのシュトレーゼマンとの共演にむけて、今は目の前の音楽に没頭するだけだ。 「チアキ、ノダメチャンからは何か連絡アリマシタカ?」 「いいえ……」 真一は、先ほどから気になって繰り返し引き続けているパートの譜面を眉間にしわを寄せて見つめており、半ば上の空で返事をしている。 「チアキの演奏は聴いてもらえるんデスカネ?」 「さぁ……」 「聴いてほしいデショ?」 「はぁ……」 「それに……会いたくって抱きしめたくって仕方ないデショ? もう相当溜まってるデショ?」 「はぁ……」 気のない返事を繰り返す真一に、シュトレーゼマンは面白くないと頬を膨らませる。 「ナンナンデスカ、チアキ! このまま指をくわえて傍観していたら、ノダメチャンの大きなバストがマツダのものになるかも知れないんデスヨ!」 「そうですね……」 ガタンッ! 大きな音を立てて、席を立ったシュトレーゼマンに、真一がやっと譜面から顔をあげる。 「どうしました?」 シュトレーゼマンに視線を向けると、そこには世界の巨匠とは思えない、小さな子供のような膨れっ面があった。 「そんなふうに何も感じなくなったチアキでは、良い音楽は奏でラレマセン!破門デス!破門!」 「へ?」 バタンッ! 怒りをあらわに乱暴にドアを閉めて出ていったシュトレーゼマンを、真一は訳がわからないといった間抜けな表情で見送るしかなかった。 「千秋! こっちこっち! 早く来いよっ!」 「恥ずかしいから、あんまでっかい声だすな……」 峰に気分転換だと無理やり連れ出されて、真一は生まれて初めての場所に来ていた。 「なんで俺がこんな目に……」 男二人でいるには場違いも甚だしい場所。 真一と峰を、幼い子供が胡散臭そうに見上げている。 「おい……峰、これはどういう事だ?」 「ふふん、大船に乗った気持ちで俺に任せろっ! お前に空を飛ぶ喜びを教えてやっから! くっくっくっ……これでお前は長年のトラウマから解き放たれて、何の心配もせずに音楽とのだめに没頭できるぞっ! 感謝しろよなっ!」 「はぁ?!」 「お、お二人ですか?」 「はいっ!俺ら二人で乗りますっ! ほらっ、千秋はやくっ!」 「マジか……」 ゲストにはいつも完璧な笑顔を見せる某アミューズメントパークのキャストですら、この場違いな二人の男たちに、笑顔がひきつっているようにも見える。 峰は真一の手首を掴み、二人乗りの海賊船に乗り込む。 「いいか? これからお前は純粋な子供時代に戻るんだ。 あの事故に遭う前の、純真無垢な子供時代を思い出せ。 誰でも子供は、あのピーターパンのように、自由に空を飛んでみたいと思うもんだからなっ!」 「それはどういう……うわっ!」 動き出した海賊船の下には、美しいロンドンの夜景が広がる。 「ひっ、ひぃぃっっ! やっ!やめろっ!お、お、降ろしてくれぇぇぇぇ!」 夢の国、子供たちの歓声が飛び交う中、成人男子の野太い悲鳴が響き渡った。 「おい千秋、大丈夫かよ……」 「だ、大丈夫じゃねぇ……」 峰の両肩にぐったりと両腕を絡ませ、真っ青な顔で冷や汗をかいた真一が浅い呼吸を繰り返している。 なんとかアトラクションの外まで出ると、真一を空いているベンチに座らせ、冷たい飲み物を手渡す。 「ほら、これ飲め」 「悪いな」 真一はワイシャツの首元を緩め、受け取った飲み物を一気に飲み干した。 「いや……俺が悪かった。まさかお前、あれくらいの事でこんなになっちまうとは……ごめん」 思い込んだらまっしぐらな、それでも自分のことを思ってやってくれたことなんだろうと思えば、素直に謝る峰を怒ることもできず……。 「まぁ……悪気があってやったことじゃねーし。 気にすんな、峰」 隣に座り込み、がっくりと落とした峰の肩を真一が優しく掴んだ。 「お前さ、最近以前にも増して音楽ばっかりじゃん? きっと色々辛いんだろうにと思ったら、俺にもなんかできねーかと思って……」 「うん、サンキュ。でももう、大丈夫だから」 「え? 大丈夫って何がだよ?」 峰が不思議そうに顔を上げて、真一の顔を覗き込む。 真一は顔色も戻っていて、穏やかな表情を浮かべている。 「うん……お前が心配してくれてるようなこと。 一時は俺も……お前にみっともねーとこ見せたけど、もう大丈夫だから」 「だ、だから大丈夫って、何がどう大丈夫なんだよ? あれでこーなんだから、本物の飛行機なんてとても……」 「いや……だからさ。飛行機のれねーとか、海外に行かれねーとか、そういうこと全部、もう大丈夫だからさ」 「は? 意味わかんねーんだけど……」 ぽかんとマヌケ顔で見つめる峰に、真一は思わず噴出すと、峰の後頭部をぱしんっ!と叩いた。 「あんまマヌケな顔すんな。馬鹿が余計に強調されるぞ?」 「はぁぁぁ?! なんだよそれっ!」 「だからさ、俺はもうそういうこと諸々超越したってこと。 思い出したんだよ、アイツに出会った頃のこと。 あの頃に比べれば、俺も少しはまともになったって気付いたから……。 だから、もういいんだよ。 アイツはアイツで頑張ってほしいし、俺も俺にできることを頑張るだけだ」 「え、それって……」 「なぁ……早くここ移動しねぇ? 腹減ったし、喉も渇いたからビールとか飲みたいんだけど……」 「あ、ああ……ビールな。こっちじゃ飲めないけど、あっちなら……」 何も知らずに峰に連れられてきた真一が、また悲鳴を上げて青くなるのはその後。 「あ、そっか。海も怖かったんだっけ?」 「もうお前とは絶対に出かけねぇぇ!!!」 「ノダメチャン、急いでクダサイ。速攻で帰国スルノデス」 「ミルヒ! 一体なんなんデスか? のだめは新学期には帰りたかったのに、帰ってくるなって言ったり、今度は急いで帰って来いって……」 「ぎりぎりまでオアズケしたら、いろいろ超越してオールオッケーになると思っていたのデスガ、チアキときたら、妙な方向に超越してシマッテ……。つくづく面倒な男デス……」 「え? 千秋先輩どうしたんデスか? 何かあったんデスか?」 「何か起こるはずが、何も起こらないから困っているのデス。もうこうなったら、鼻先に美味しい餌をちらつかせるしかアリマセン」 「ほぇ? 美味しい餌って?」 「ノダメチャンは考えなくてヨロシイ。ニナにはワタシから話をつけておきますから、とにかく急いで帰国シナサイ。じゃ」 「ちょ、み、ミルヒ?」 プププ……。 「なんだってんデスよ、一体……」 のだめは既に通話の切られた携帯を、呆然と見つめる。 「千秋先輩……何があったんでショウ? チョウエツ?」 のだめは大きくため息をつくと、重い腰をあげて帰国のための荷造りを始めた。 「ぎゃぼ、ヨーロッパバージョンのごろ太グッズ、買いすぎまシタ……」 スーツケースをこんもりと盛り上げ、あふれ出した荷物を前に、のだめは途方に暮れていた。 「千秋センパイ、助けてくだサイよ……」 二人の再会まで、あと24時間。 62へ> |