芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 59






 まだ二度目で、慣れないのだめのことを気遣って抱けたかどうか自信がない。


 それくらい夢中で、のだめの甘い体に溺れて。


 なぜ、俺はコイツと離れて大丈夫なんて思ったんだろう?


 数日間離れていただけで、のだめに触れた瞬間、もう二度と放したくないと思うのに。


 行くな。俺のそばにいてくれ


 そんなふうに、声に出してしまえば楽になるのだろうか。


 思ってみたところで、絶対にそれだけは言葉にできないから、自然と言葉は少なくなって。


 「せんぱ……真一クン、どうかしまシタ?」


 ただ言葉もなく、抱きしめる腕に力が入って、真一の胸の中でのだめが少し苦しそうにつぶやく。


 「……ごめん。苦しい?」


 「……大丈夫デス」


 真一の腕の中で、気付かれないように小さくため息をついた。


 大丈夫なんかじゃない。本当はとても苦しい。


 そんな辛そうな表情で、先輩は何も話してくれない。


 何故デスか?


 のだめには、先輩の胸のうちを受け止める資格すらないのでショウか?


 先輩はどうして海外に行けないんデスか?


 そんなふうに言葉に出せたら、楽になるのでショウか?


 でも、のだめにはそんな勇気はないから。


 もうこのまま、動き出した運命に従うしかないんデス……。









 華やかで、刺激的だった非日常から、穏やかな日常に戻ってきた。


 のだめは戻ってからすぐ、パスポートの申請に出かけていた。


 「遅くても、再来週には受け取れるそうデス」


 「そっか……」


 あまりその話題に触れたくない真一は、気の無い相槌を繰り返すだけで。


 「先輩、パリで暮らしていたこともあるんデスよね?
 この季節のパリは暑いデスか?」


 「……普通に夏だよ。日本と違って湿気が無い分、過ごしやすいかな」


 「じゃあ、お洋服は夏物で……。
 あの、のだめフォーマルとか持ってないんデスけど、やっぱり用意して持っていったほうがいいでショウか?」


 「……そうだな。でも、そんなの必要なら、向こうでニナが用意してくれるだろ」


 「……そデスね」


 「のだめ、準備なら自分の部屋でやれよ」


 「だって、のだめの部屋、今ちょっと住みにくくって……」


 「またか……。
 とにかくお前うるさい。
 そろそろ俺、ピアノ練習するから部屋帰れ」


 「はい……」


 食事時にいつものようにやってくるのだめには、当たり前のように食事をつくってやるものの、それ以外の時間はあの旅行での甘い時間が嘘のように、真一はそっけない。


 「じゃあ、のだめ帰っちゃいマスよ?」


 「……帰れ帰れ」


 ばたん。


 振り返ることもなく答えた真一の背中に、ドアの閉まる音が空しく響く。


 「どうせ夕飯食いにくるんだろーが……」


 しかし、それからしばらくの間、のだめが真一の部屋を訪れることはなかった。









 「おはようございマス」


 「……おはよう。それ……」


 久しぶりに真一の部屋を訪れたのだめは、旅支度を調え、あとは出かけるばかりだった。


 「先輩、のだめ行ってきマスね。
 夏休みが終わる前には戻ってきマスから……」


 「うん……」


 「おみやげ、楽しみにしててくだサイ」


 「そんなモン、気にすんな」


 「じゃあ……そろそろ行かなきゃ」


 「え……まて、送ってくから。着替えだけ、ちょっと待ってろ」


 「いいデス! 今回は戻ってくるんデスから、大げさにしないでくだサイ」


 「でも……」


 「そのつもりで、ギリギリまで言わなかったんデスから。
 先輩……何となくこの話すると、不機嫌そうだったカラ。
 出かける前に嫌じゃないデスか? そんな先輩見てるの。
 だから……いつも通りにしててくだサイ」


 「……わかった。
 食いモン旨いからって、食べ過ぎて腹こわすなよ?
 あと……生水気をつけろ。
 それで……本場の音楽、楽しんでこい」


 「はい……行ってきマス!」


 いつも通りの笑顔を残して、のだめは一度も振り返ることなく、旅立っていった。


 俺はその場から、一歩も動くことができなかった。









 「おい千秋……千秋ってばっ!」


 「……うるせーな、休みの日くらいゆっくり寝かせてくれ……」


 「休みの日って……ずっと夏休みじゃねーかっ!
 寝るならお前もう家帰れ! うちの店で寝るなっ!」


 のだめが旅立って二週間。


 真一はしばらく夢中でピアノのレッスンに打ち込んだものの、のだめのいない淋しさから目をそむけるのも限界で、今週に入ってからは学校でレッスンをした後、必ず裏軒にふらっと立ち寄り、つまらなそうに食事をすると龍太郎に追い出されるまで、店の片隅で飲みながら、だらだらと過ごしている。


 最初は、のだめが不在で淋しいのだろうと真一に付き合っていた龍太郎も、あまりの真一の自堕落な様子に不信感を募らせていた。


 今日も飲み潰れて、だらしなくテーブルに突っ伏している真一に呆れ顔で付き合っていた龍太郎だったが、痺れを切らしたように真一に問いかける。


 「なぁ千秋、どうしちゃったんだよ?
 長野の音楽祭で、選抜オケを急に振ることになったときのお前、俺マジでカッコイイって感激してたんだぜ?

 彼女が長期不在で淋しいのはわかるけどさ、そんなことわかってたことだろ?
 大体、のだめのピアノを認めて、上を目指してほしいって、お前、のだめのこと好きになったときから、一番望んでたことじゃねーか。

 そのために、自分の気持ち抑えてまで……まぁ抑えきれなかったけどさ。
 それがなんだよ、今のお前、明らかにおかしーぜ?」


 「わかってたけど……何もわかってなかったんだよ」


 真一がテーブルに突っ伏したまま、つぶやく。


 「は? なんだよそれ……」


 「頭ン中で、アイツがいなくなったら淋しいってことは理解してたけど、実際にいなくなった淋しさは想像以上で……。

 でもこれでいいって、自分で自分に言い聞かせるけど、やっぱり淋しくて。
 一人でいると、馬鹿みたいにその繰り返しで……辛いんだよ……」


 テーブルに投げ出した体。


 「千秋……」


 両腕に埋めた顔は伏せられたままで表情は窺えないが、その声は切なく、今にも泣き出しそうなほど頼りなく震えていて。


 「ま、あれだ……あと半分だよ、二週間もしないでのだめは帰ってくるだろ?
 今生の別れでもあるまいし、めそめそすんなっ!
 いないじゃなくて、あと何日で帰ってくるって、カウントダウンして、ポジティブに考えろっ! なっ?!」


 「……そういう問題じゃない」


 「そ、そういう問題じゃないって?」


 「俺が言ってるのは、今回のパリ行きのことじゃない」


 「あ、ああ……でもそれだって、二度と逢えないってわけじゃねーし。
 留学ったって、休暇だってあるだろうし、お前だって休みに遊びに行けばいいじゃねーか」


 「……留学だけじゃない。
 アイツはきっと、ピアニストとして世界で活躍するようになる。
 そうしたら……ここにずっと留まっている俺とは……未来なんて見えてこねーよ……」


 「な、何言ってんだよ?
 さっきも言ったけど、俺はお前にだって指揮者としての才能があるって思い知らされた。
 お前みたいに努力してるヤツ、音楽の神様がほっとくわけねーだろ?
 ここにずっと留まってるって……お前だって時期がくれば、のだめと同じ世界に飛び立っていって……」


 「くっくっくっ……」


 真一がテーブルに投げ出していた体を震わせて、笑い出す。


 「な、なんだよ……気持ちわりーな……」


 「飛び立つ、ね……。俺には一生、縁のない言葉だな」


 「は? お前、どこまで落ちてってんだよ?
 俺が言うならまだしも、お前がそんなこと言ってると、厭みに聞こえんだけど?
 お前みたいに才能もあって、努力も惜しまないヤツが。
 いい加減、怒るぞ?」


 がばっ!


 突然、体を起こした真一が、龍太郎の顔をまじまじと見つめたあと、いきなり腹を抱えて笑い出した。


 「な、なんだよっ!」


 「くっくっくっ……本当のこと言って、厭みって言われちゃせわねーな。
 確かに自虐的すぎっかもしんねーけど……」


 「は? どういう意味だよ……」


 あまりの真一のおかしな様子に、さすがに今日は飲ませすぎたかと龍太郎は後悔しながら、恐る恐る訊ねる。


 「だ・か・らー! 飛び立てねーんだよっ、俺は!」


 「なんでっ!」


 「飛行機恐怖症なんだよっ!」


 「えっ!」


 「あ、やべ……」


 思わず口をついて出てしまった密事に、酔いが一気に醒めて大人しくなる真一に対し、先ほどまで落ち込む真一に真面目に付き合っていた龍太郎が、突然ふきだした。


 「ぷーっっ! ちっ、千秋ィー、あんまり笑わせんなよー。
 お前みたいに完璧なヤツが、子供時代はあっちで暮らしてたお前が……くっくっくっ……やべ、腹いてーーーーっ!」


 「笑い事じゃねーよ……」


 「そ、そうか? じゃああれだ、飛行機がだめなら船で行け、船で!」


 「……海もだめなんだよ。だから、長野にもお前らと一緒に行けなかった。
 まぁ、一緒に行かなかったのは、それだけの理由じゃねーけど」


 「え……マジか……」


 「のだめには絶対に言うなよ?」


 「え? のだめ、知らないのか?」


 「言ってない……。
 言ったらアイツ、留学諦めちゃうかもしれねーし……」

 「そ、それって……」


 驚いた。


 こんな、何をやらせても完璧な男が、飛行機も海も怖くて、海外にいけないなんて。


 そんなギャグみたいな話……全然笑えねーじゃねぇか。


 つか、それをのだめが知ったら留学諦めるかもしれないってお前……。


 それって、のだめに自分がどれだけ愛されてるかって、自信満々なんだな?


 すげーよ、そのお前の無駄に自信のあるところ。


 しかもきっと、その通りなんだろうってところが。


 千秋、その無駄にある自信で、なんとかならねーのかよ?


 つかお前、今まで何とかしようと思ってねーだろ?


 運命の壁に立ちはだかられ、小さな子供のように無力に諦めて、途方に暮れている真一を見つめ、龍太郎は小さな苛立ちを感じて、膝の上に置いていた両手をぎゅっと握り締めた。  







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