芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 56






 のだめ、気付いてまシタよ?


 少しずつ長くなるキスとか、控えめにのばされる先輩の手のひらの動きとか。


 キスの先にあること。


 でも、のだめは未経験だから。


 それがどんなものなのか正体を知らなくて。


 みんなが知っていて、のだめだけが知らないこと。


 それがどんなものなのか知りたいって思ってた。


 優しい先輩が、きっと考えて考え抜いた末に言い出した計画。


 その気持ちが、とても嬉しくて。


 期待に胸を膨らませて迎えた当日。


 初めての旅行。先輩は遠足を楽しみにしている幼稚園児みたいだって笑ったけど。


 だって、本当にすっごく楽しみだったんデスよ?


 先輩が連れて来てくれたのは、落ち着いた雰囲気の素敵なホテル。


 さっそく向かったダイニングでは、美味しくて、可愛らしい盛り付けのお料理に大満足。


 でも、夕食が進むにつれて、新しい経験がもう目前に迫っているんだって思ったら、少し怖くなってきて……。


 そんなのだめの様子に気付いた先輩は、夜の散歩に連れ出してくれた。


 繋いだ手のひらから、優しい思いが伝わってくる。


 だから勇気を出して、たわいもないおしゃべりを続ける先輩に、思い切って意思表示してみた。


 部屋に戻って、静かな夜の二人きりの空間の中で、経験したことのないような緊張に押しつぶされそうになったけど……。


 先輩を先にバスルームに押し込め、一人きりの室内でクマのようにフラフラと歩き回る。


 落ち着け自分! 女は度胸デスよ!


 少し落ち着いたはずだったのに、バスルームから出てきた先輩は上半身裸で、黒い髪はしっとりと濡れていて……男子のくせにそのハンパない色気は反則デス!


 もうどうとでもなれ! と、バスルームに駆け込んだ。


 頭のてっぺんから足のつま先まで。


 どこを見られても、触れられても、恥ずかしくない様に完璧に。


 時間をかけて磨き上げた。


 歯磨きも入念に。


 簡単なスキンケアをほどこした後、この日のために用意した、少し大人っぽい下着を身につける。


 可笑しくないカナ? 鏡に映った自分は、いつもどおりの子供っぽい自分で、少しがっかりする。


 おまじないのように、最後に取り出したのは薄桃色の液体の入ったガラスの小瓶。


 両手首に少しずつ吹きつけ、耳の裏、うなじ、膝のうらに擦りつけた。


 バラの香り。先輩、気に入ってくれるカナ?


 鼻先をつけ、深く息を吸い込む。


 凛とした香りに、気持ちも少し落ち着いたようだ。


 パジャマを身につけ、のだめはバスルームの扉を開けた。









 部屋で待ち構えていたのは、ちょっと拗ねたように不機嫌になった先輩。


 いつもの余裕いっぱいの先輩とは違っていて少し驚いたけど、先輩ものだめと同じ気持ちなんだって思えて嬉しかった。


 俺様を待たせるなって、肩に担ぎ上げられてベッドの上に落とされて。


 あっという間に覆いかぶさってきた先輩に、もうのだめは身動きが取れなくて。


 でも、最初のキスは今までで一番甘くて、それは優しくて……。


 とろけるようだって、こういうことを言うんだって思った。


 まるで果物の皮でも剥いてゆくように、先輩はのだめのことをつるんと裸にしてしまう。


 先輩が触れるところから、のだめの身体は火がついたように熱を持っていく。


 素肌と素肌が触れ合うたびに、その気持ちよさに眩暈がする。


 怖さなんてまったく感じなかった。


 でも、カラダの中心に先輩がゆっくりと押し進んできた時は……。


 「……ったいっ!」


 思い切り大声を上げてしまった。


 「……ごめんっ……もうちょっとだから、我慢して……」


 一瞬動きをとめてくれた先輩が、のだめの髪の毛を優しくなでながら、ささやく。


 ゆるんだ瞳と口元に、カラダの中心から何かがじわっと溢れた気がした。


 「ここ……しっかりつかまってろ。力入れていいから……」


 両腕を先輩の腰に回されて、黙ったままうなづく。


 押し広げられる感覚に腰が引けそうになったけど、先輩の腰にしっかりしがみついて、ただ一つになりたい思いで猛烈な痛みをこらえる。


 「はぁ……これで全部」


 先輩の動きがとまって、優しいキスが降り注ぐ。


 「……つらい?」


 「……イイエ? 嬉しいデス……」


 ふぅぅ……と静かに息を吐きながら、先輩がのだめを抱きしめてくれる。


 ぼぅっとする意識の中で、カラダの中心だけが熱の塊を放り込まれたようにじんじんと熱い。


 ときどき、その熱い塊のようなものが意思を持っているかのように動くのを感じた。


 なんだか先輩の様子がつらそうだったから、思い切って聞いてみる。


 「先輩……我慢してくれてるんデスか?」


 瞼を閉じたまま、ゆっくりと呼吸を繰り返していた先輩が、かっと切れ長の瞳をあけ、のだめを見つめる。


 「っ……お前、そんなこと言う余裕があるなら、遠慮しねーからな?」


 先輩のカラダがのだめの上でゆっくりと動き出すと、ワタシのカラダはもう、どこからどこまでが実態があるものか、わからなくなってしまう。


 両腕を先輩のたくましい首筋に絡ませて、自分のものとは思えないほどの声を抑えることもできずに。


 のだめ、バターになったみたいデス。


 先輩の熱で、溶けてなくなりそう……。









 「……おはよ」


 「おおおはようございマスっ!」


 ぐっすりと眠って、気持ちよく目覚めたら、自分を優しく見つめる先輩がいて、飛び起きるほど驚いた。


 そうでシタ。昨日、先輩とのだめは……はぅぅ。


 交替でバスルームを使って、朝食へ。


 ダイニングのテラスで、小鳥のさえずりを聞きながらいただく朝食。


 なんだか恥ずかしくて、先輩の顔を直視できずにいたのに。


 「……のだめ、こっち向け」


 少し怒ったような先輩の声。


 恐る恐る、顔をあげて先輩を見つめた。


 「今日からしばらく会えないけど……頑張れよ?」


 「はい……」


 コーヒーを飲みながら、急に視線を外して先輩がつぶやく。


 「……身体、きつくない?」


 「……えと、大丈夫デス。使うの指だけだし」


 「……っ!バカっ……」


 「え? の、のだめなんか変なこと言いまシタ?」


 「……別に。なんかあったら連絡しろよ?」


 「はい……」


 先輩はそっぽを向いたまま、小さくため息をついた。









 この部屋に来た時ののだめと、今、出ていこうとしているのだめは、同じようでいて全く違う。


 それを知っているのは、先輩とのだめの二人きり。


 そんな事実が、なんだか照れくさいけど嬉しい。


 荷物を手に、先輩がのだめを振り返る。


 「いこっか?」


 「はい……あの……」


 「ん、なに?」


 「いろいろ……ありがとうございまシタ……」


 「……こ、こちらこそ……」


 「のだめ……昨日のこと、一生忘れまセンから……」


 「う、恨んでるわけじゃねーよな?」


 「なっ……そんなわけないじゃないデスか……」


 「まぁ……次もよろしくってことで……」


 「ぎゃぼっ!」


 「……なんだよ? 嫌なのかよ? わっ!?」


 のだめは体当たりするように真一に抱きつくと、顔を胸に埋めたまま答えた。


 嫌じゃないデス。次もよろしくデス……


 くそっ、にやけるな。


 真一はのだめを包み込むように抱きしめると、よろしくされてやる……≠ニ耳元でささやき、驚いて顔をあげたのだめのくちびるを、素早く掠め取る。


 離れがたい、柔かくて甘い、愛しい恋人。


 ほんの一週間足らずだ。またすぐに逢える。


 真一はそう自分に言い聞かせて、優しくのだめの腕をとると、部屋の外に向かって一歩、歩き出した。









 「松田先輩、今日からよろしくお願いしマス!」


 「こちらこそよろしく。楽しみにしてるよ?」


 いよいよマスタークラスのレッスンが始まる。


 「恵ちゃん、調子はどう?」


 「ばっちりデスよ!」


 いつもどおりの無邪気な笑顔。だけど何か今までとは違うような……。


 幸久は何か違和感を感じ、そっとのだめを観察してみるが、答えは出ることがなく。


 がちゃ。


 開かれた扉に、ざわついていた室内が一瞬でしんと静まり返る。


 「ぎゃぼっ! 外人サンデスか……」


 「しっ!」


 隣に座っていた女子学生が、恐ろしい形相でくちびるに人差指をたてて、のだめを咎める。


 「恵ちゃん、大丈夫だよ。俺がしっかりフォローするから」


 そう幸久に小声でささやかれ、ひとまず気持ちを落ち着ける。


 「……では始めます」


 順番に学生が呼ばれ、ピアノの前に進む。


 「課題曲を」


 バルトークの組曲が、学生たちにより順番に奏でられる。


 「……」


 どの学生もそつなくこなしているけど……面白くないわね。


 ニナは険しい表情のまま、腕を組んで微動だにしない。


 のだめはぴりぴりとした空気に早くも嫌悪感を感じ、じんましんが出るのも時間の問題。


 「次……」


 「……恵ちゃんの番だよ?」


 幸久から肩をつつかれ、おどおどと席を立つ。


 この女の人、怖いデス。


 でも、のだめは千秋先輩のために頑張らないといけないんデス。


 大丈夫。楽譜はしっかり頭に入っている。


 夏祭り。懐かしい幼友達の顔。わくわくするお囃子の音。


 のだめはそんなイメージを心に浮かべながら、鍵盤に指を走らせる。


 自分を心から愛してくれる、大好きな人のために。


 どこに行けばいいのか、どこに向かっているのかはわからないけど。


 正しい行動をとるために。








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