芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 55






 音楽祭が始まった。


 「アキ……ちょ、チアキってば!」


 「……あ、ああ……」


 オープニングの若手音楽家によるコンサートが終わり、真一はシュトレーゼマンの部屋に呼び出されていた。


 「明日からが本番なんだから、しっかりしてよね? それに、明日のレセプションが終わったら、私はバカンスなんだから!」


 「……」


 バカンス前ハイテンションなエリーゼから、明日以降のスケジュールなど説明を受けている真一だが、心ここにあらずで話は右から左に抜けていく。


 ちょっと気を抜くと、心は昨夜の出来事に占領されている。


 初めてのだめと一夜を明かした。


 ひとつのベッドで、お互いを遮るものは何もなく、ただ抱きしめあって。


 決して短くない時間を、一番近い存在として過ごしてきて、のだめの事はよく知っているつもりだったのに、昨夜抱いたのだめは、真一にとっては初めて見る表情、声、仕草ばかりで。


 あんなの反則だろ?


 初めての行為に余裕のないはずののだめを気遣って、自分が落ち着いてリードしなければと思っていたのに、そんな余裕はとてもなかった。


 ただ愛しくて、どうやらのだめも同じように思ってくれているらしくて、事の最中、控えめだけど懸命に真一にその気持ちを伝えようとする恋人に、また愛しさが募って、切なくて。


 「……もう今日は無理ね、チアキ退場」


 「……へ?」


 「何があったか知らないけど、腑抜けな役立たずに説明するだけバカバカしいし。今日はもういいから、明日からは正気に戻ってきっちり働いて頂戴」


 「……了解。じゃあ明日の朝、お迎えに伺います。失礼します」


 パタン。


 扉の閉まる音を聞いて、エリーゼはもう一度ため息をつく。


 「どうしちゃったのかしら、あのボーヤは!」


 「フフフ……あの男はあれくらい隙ができたほうが、可愛いげがあってちょうどイイデスヨ」


 「はぁ?」


 シュトレーゼマンは嬉しそうに微笑みを浮かべ、閉じられた扉の少し先を見つめていた。









 音楽祭の前日、ホテルにチェックインすると、のだめはホテル内や部屋の意匠に圧倒され、感激してひとしきりはしゃいでいた。


 部屋に荷物を置き、少し休んでからホテル内のダイニングに向かう。


 小さいが、庭に面した部分を全面開放型の窓にしているため、広がりを感じる。


 窓から広がる庭も、夕方から所々に置かれたオレンジ色の柔らかい照明が燈りはじめ、幻想的な雰囲気が漂う。


 店内の照明は適度に落とされ、ゆったりと間隔をとったテーブルの上には、キャンドルの優しい明かり。


 「ほわぉ……ロマンチックデスね?
 これで先輩の素敵な演奏でもあれば言うことないデスよ」


 「はぁ?
 お前が旨いもん食ってる間、俺には演奏させる気か?」


 「イエ? 演奏は、食事の合間でイイデス」


 「……ふざけんなっ」


 「ぎゃぼっ! じょ、冗談デスよー」


 庭を見渡すことのできる窓際のテーブルにつき、ヌーベルキュイジーヌのコースをのんびりと楽しんだ。


 味はもちろん、彩り鮮やかでいかにも女子受けしそうな盛り付けに、のだめは新しい皿が置かれるたびに驚嘆の声を上げ、喜ぶ。


 「どの料理も美味しくって可愛いデス!」


 「そっか。ならよかった」


 しかし、メインディッシュが終わり、デザートが出てくる頃から、のだめは段々と口数が少なくなり、デザートを食べ終わるとすっかり大人しくなって、俯き加減に視線をあちこちにさまよわせ始めた。


 「どうした? デザート、旨くなかったか?」


 のだめの挙動不審を突くと、一瞬肩をびくつかせて視線を下に向けたまま答える。


 「イエ……すごく美味しかったデス」


 「じゃあどうした? 急に大人しくなって……」


 「そんなことないデスよ、普通デス……」


 「ふうん……」


 食後のコーヒーを飲みながら、窓の外に広がる庭を眺める。


 「ちょっと食後に散歩でもするか?」


 「あっ、はいっ、いいデスね!」


 途端に顔を上げて明るい表情で答えるところを見ると……部屋に戻ってからのことを想像して、緊張していたのだろうと見当がつく。


 ダイニングを出て、こじんまりとしたロビーからテラスに出ると、そのまま庭が散策できるようになっている。


 ぼんやりと燈る照明だけの小道を進み、そっとのだめの手を掴むと、控えめに握り返してきた。


 「お前の手、冷たい。寒いか?」


 避暑地として有名なこのあたりは、夜になると結構冷え込んでくる。


 「大丈夫デス……」


 相変わらず、のだめは俯いたまま小さな声で答えた。


 そして慌てたようにだからもうちょっとお散歩したいデス≠ニ付け加えてきた。


 なんだか自分が悪いことをしているようなちょっとの罪悪感と、反面のだめをこんなふうに大人しいただの女の子にさせている事に面白さを感じて、複雑だけどこんな気持ちも悪くないと思う。


 大丈夫、俺はまだ余裕がある。


 だから、のだめのキモチにとことん付き合ってやろうと思った。


 庭を歩きながら、とりとめのない話を続ける。


 目に入ってくるなんでもない景色のことや、先ほどの料理の事などを、ぽつぽつと話す。


 薄暗い夜道をのだめと二人で手を繋いで歩いていると、それだけで小さな幸せなんてものを感じて、ずっとこのままでもいいかと思ってしまう。


 見上げれば夜空には大きな満月。


 新月に比べれば見える星の数は少ないのかもしれないが、それでも東京では考えられないほどの美しい星空が広がっている。


 「綺麗だな……」


 ふと立ち止まって、ゆっくりと星空を見上げる。


 「ほら、見てみろよ。あっちの山際に……」


 少し、天文学的薀蓄でも披露してやろうとした刹那、空を見上げていた真一の背中に、のだめが抱きついて来た。


 「真一クン、のだめそろそろ寒くなってきまシタ……」


 のだめからの精一杯の意思表示。


 「……そっか。じゃあ、部屋戻る?」


 「はい……」


 優しく包み込んでいただけの手に指を絡めて繋ぎなおした。


 真一の気持ちに応えるように、のだめの指にぎゅっと力が入る。


 斜め下を見下ろせば、真一の視線に気付いたのだめが恥ずかしそうに顔を上げる。


 斜め上、真一を見つめ微笑むのだめの顔には、満月の柔かい光が降り注いでいた。









 部屋に戻ると、先に風呂に入って欲しいと言われた。


 特に断る理由もないので、言われるがままバスルームに入る。


 「覗くなよ?」


 お約束の台詞を吐いてみたが、


 「ののの覗きまセンよ……」


 と、のだめはまた緊張してきたようだ。


 くそ、にやけるな。


 もっと虐めたくなったが、それは後のお楽しみにとっておくことにする。


 思いのほかコンパクトな設計のバスルームは、俺が身体を沈めるにはバスタブは狭すぎたし、シャワーだけ浴びることにした。


 少し熱すぎるくらいの湯を勢いよく頭から浴びれば、抑えていた欲望が刺激された血流と一緒に身体を駆け巡る感覚。


 ふるふると水をかぶった犬のように頭を振って水滴を飛ばしてから、バスタオルで軽く拭き取ると、ハーフパンツだけ身につけ湯気のこもるバスルームからたまらずに出る。


 「あちー……」


 乱暴にタオルでがしがしと濡れた髪の毛の水気を拭き取っていると、ふと視線を感じて顔を上げる。


 「っ!……のっ!のだめもお風呂入ってきマスっっ!」


 「……どーぞ。ぷっ……」


 真っ赤な顔で両手に着替えを抱えて立ち尽くしていたのだめが、慌ててバスルームに駆け込んでいく。


 にやけながら、タオルドライを続けていると、バスルームの扉の開く音がして振り返る。


 「……どうした?」


 ドアから顔だけ覗かせた、まだ少し顔の赤いのだめが、半分テレぎみ、半分キレめな複雑な表情で、とがらせ気味のくちびるを開く。


 「覗かないでくだサイねっ!」


 「ぷっ! お前と一緒にすんな」


 ばたんっ!


 勢いよく閉じられたドアに、堪え切れず俺はふきだした。









 ある程度は予測された事ではあったが、のだめの入浴は超ロングバージョンだった。


 「……」


 これはいわゆるおあずけプレイか?


 手持ち無沙汰に眺めていたホテルの館内図は、すでに非常口の位置まで覚えてしまうほど。


 時間つぶしのネタも尽きて、いい加減マジで覗きでもしてやろうかとイラついてきたころになって、やっとバスルームのドアが開く。


 くそっ! 期待しすぎて力いっぱい振り返ってしまった。


 「ぎゃぼっ! せ、先輩、目が血走ってマスよ……」


 「なっ! んなわけねーだろっ! てゆーか、遅いっ!」


 「だ、だって……」


 「だってじゃねー! 風呂嫌いのくせに、俺様を待たせてんじゃねえっ!」


 「ぎゃぼっ!」


 有無を言わさず掴み取った腕を引き寄せ、肩に担ぎ上げた。


 「ちょっ、先輩っ、待ってくだサイ……のだめ、心の準備が……」


 「うるさい! 時間切れだ!」


 両足をバタつかせて抵抗するので、思いっきりケツをはたいてやる。


 「鬼っ! 俺様っ! カズオっ!」


 少し手加減してベッドに軽く放り投げ、両腕を顔の脇について覆いかぶさると、ぐっと顔を近づけた。


 「お前、ほかに台詞思いつかないのか? 飽きねーやつ」


 「っ……」


 言葉を失って、すっかり大人しくなったのだめを、とことん沈めてやる。


 「俺は野田恵が好きだ。もらうぞ?」


 「っ……ど、どぞ……」


 考える隙を与えず、一気に攻め込んだ。


 なのに、その夜はじめてのだめに与えられたキスは、今までで一番優しくて、甘くて……。


 全身を愛撫する真一の手は、まるで繊細なガラス細工を扱うように優しく、のだめの張り詰めていたココロもカラダも、ゆっくりと解放してゆく。


 真一のくちびるが、指先が、触れ合う肌が……全身でのだめを愛しているとささやいているように。


 徐々に開かれてゆくのだめの身体の中に、ゆっくりと真一が入り込んでゆく。


 ぎゅっと瞳を閉じたまま、すべてを委ねていると、のだめの上でゆっくりと揺れていた真一が、思わず熱い息を漏らす。


 のだめはおそるおそる瞼を緩め、狭く開いた視界から見上げてみる。


 「……はぁ……あ、このバカ……」


 「ひゃっ、ご、ごめんなサイ……」


 薄暗い室内で、見上げた視界に映り込んだ真一の姿は、額に汗を浮かべて壮絶に色気を放っていて、のだめはその姿を見た瞬間、カラダの中心がじんじんと感じて真一を締め付けてしまったらしい。


 「いや……最高」


 「え? えと……先輩?」


 「ごめん……ちょっとだけ……休ませて……」


 もう少しだけ……このまま……。


 そう小さくつぶやくと、真一はのだめの横にぐったりとうつぶせのまま身体を沈めた。








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