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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 54 「スッキリさっぱりしまシタ!」 のだめは二日ぶりに幸久に会うと、嘘のように胸のつかえがとれて、気分よく家に向かっていた。 「元気だったし……のだめがすっぽかしたの、気を悪くしてたわけじゃないみたいだし……とにかくよかったデス!」 徐々に足元は軽やかに、スキップするように家路を急ぐ。 「いよいよ長野デス! 千秋先輩と二人っきりで……のだめは今夜、ついに大人の女になってやりマスよ! むっきゃぁーーーっ!」 奇声を上げながら、鍵盤柄のバッグをブンブンと振り回し駆け出す。 「千秋せんぱーいっ!」 真一の部屋のドアを力いっぱい開け、家主の返事も待たずにずかずかと部屋に上がりこんだ。 「おま……」 真一は、のだめのあまりの遠慮なさに小言のひとつも言ってやろうかと顔をあげたが、のだめの顔を見て思わず噴出してしまう。 「ぷっ!」 「な、なんデスか? のだめの顔、なんか変デスか?」 「いや……くっくっくっ……お前、遠足楽しみにしてる幼稚園児みたいだな。 今どき小学生だって、そこまではしゃがねーぞ?」 無邪気に満面の笑みを浮かべ、瞳をキラキラと輝かせて期待いっぱいののだめの様子に、真一は先ほどまでの憂い事など一気に吹き飛ばされ、身体を二つに折り、肩をひくひくと震わせて笑っている。 「がぼん……先輩ひどいデス。それが、初めての夜をこれから過ごそうっていう恋人に言う台詞デスか?」 恋人の幼稚園児発言に気を悪くし、のだめは口をへの字に曲げた。 「だ、だって……くっくっくっ……お前、面白すぎだって……」 相変わらずツボに入ったまま、真っ赤な顔で笑う真一は、ちらっとのだめを覗き見ては、また肩を震わせている。 「ああそーデスか、そゆことデスか! わかりまシタ。幼稚園児とじゃ、えっちなんかしたくありまセンよね?」 「え……」 形勢逆転。 すっかり臍を曲げたのだめに静かに反撃されて、真一は途端に慌てふためいた。 「すいません、ごめんなさい、のだめさん俺が悪かったです……」 「ふんっ!」 「言い過ぎました……その、無邪気な微笑みが、ようち……穢れを知らない少女のようだと……」 「へぇー……」 仁王立ちで両腕を組み、顎をあげて真一を見下げるのだめは、にやけそうになる顔を必死で抑えていたが……。 「こら……お前、いい加減にしろよ?」 「ぎゃぼっ!」 真一に腕を掴まれ、フローリングの床に引き下ろされると、あっという間に押し倒される。 「俺様があやまってんだろ? なにえらそーに上から見下ろしてんだよ……」 「ぎゃぼっ……すっごく偉そうなんデスけど……」 「偉いんだよ、お前より! 人間的にも音楽的にも格上!」 「うう……カズオ」 そして、どちらからともなく、くすくすと笑い始めると、 「じゃあ、そろそろ出かけるか?」 と、真一が立ち上がり、のだめに手を差し出す。 真一の手を掴みながら立ち上がると、のだめが少し不満そうに聞いた。 「先輩、お昼ごはんは?」 「……新幹線で弁当とか、お前喜ぶかと思ったんだけど?」 「むきゃっ! いいデスねー! おやつも買っていいデスか?」 「ぷっ! やっぱり遠足気分じゃねーか……」 すっかり機嫌を直した恋人に早く早くと急かされながら、真一はすでにまとめておいた荷物を手に、戸締りをして玄関を出る。 すぐデスから!と部屋に戻ったのだめを、手持ち無沙汰に廊下で待つ。 「待たせるくらいなら、急かすんじゃねぇ……」 不満げに言葉を漏らした真一だったが、静かにドアを開けてこちらにやってくるのだめは……。 「お待たせしまシタ……」 ワンピースには違いないが、いつものようなAラインの可愛らしいタイプではなく、身体のラインに沿うすっきりとしたデザイン。 シンプルな生成りの綿だが、胸元は深いカットのVネック。少し濃い目のブラウンのカーディガンを袖は通さず肩にかけたスタイルは、いつもより女性らしく、大人びていて。 足元はいつもよりヒールの高い、ブロンズ色の華奢なサンダル。 「……どしまシタ? のだめのカッコ、可笑しいデスか?」 気合十分でいつもと違うスタイルに挑戦してみたケド、似合ってるかどうか心配だし、先輩引いてないカナ? のだめは不安げに真一を見つめる。 「い、いや……。ほら、電車の時間あるから、さっさと行くぞ?」 大人っぽい、女らしい、綺麗だ、よく似合ってる……。 幾つかの言葉を頭に浮かべてみるが、どれも口に出すには照れくさくて。 真一は前を向いたまま、のだめの手を掴むと、駅に向かって歩きだした。 履きなれない踵の高いサンダルを履いたのだめを気遣って、いつもよりゆっくり目の歩調で。 長野新幹線で音楽祭の開催される駅に向かう。 おべんと、おべんとと煩いのだめに、車内に乗り込む前、東京駅のコンコースで弁当を購入した。 だるまの形をしたプラスチック製の弁当箱が可愛いと、のだめの一声で決まる。 車内ではしゃぎまくるのだめを諌めながら、食べ終わった弁当をゴミとして処理しようとしていると、のだめが真一の手を掴む。 「だめデス! このおべんと箱は、のだめと千秋先輩の初めての旅行の思い出として、コレクションしマス!」 「は? お前はそんなことしてるから、部屋があんなことに……」 いつものように説教モードに入りながら、思い出≠ニいう言葉にひっかかった。 もし、コイツが俺を置いて海外に行ってしまったら、この旅行も最後の思い出ってことか……。 「なぁ……」 食後のアイスクリームを口いっぱいに頬張りながら、のだめが真一の呼びかけに顔を向ける。 のだめの口元についたアイスクリームを指でぬぐって舐めると、真一は甘ったるい味に顔をしかめた。 「もし……俺たちが離ればなれになったら、お前は淋しいか?」 「ふぉ? のだめと千秋先輩はずっと一緒デスよ?」 「……」 のだめは、へんな先輩≠ニつぶやくと、アイスクリームの誘惑に負けて、二つ目に手を伸ばす。 のだめ、それはダメだ。 俺とお前がずっと一緒というのは、すなわちお前もこの国に留まるという意味で。 それは、お前のピアノを埋もれさせてしまうということ。 だから、俺たちはいつか離ればなれになる。 その時まで……今はもう少しこのまま、一緒にいてもいいよな? 音楽祭が行われる駅で列車を降り、そこからタクシーに乗り込んだ。 二、三十分走らせると、別荘が立ち並ぶ静かなエリアに佇む、小さなホテルにたどり着く。 「ふぉぉ……」 「なんでも、旧華族だかの別荘を改築したホテルらしい。なかなかいい雰囲気だろ?」 「はい……素敵デス……」 静かな別荘地、雑木林に囲まれた瀟洒な建物は、そこだけ時が止まってしまったかのようで、先ほどまで都内にいたことなどすっかり忘れてしまいそうだ。 「さ、いくぞ?」 「は、はい……」 さっきまではしゃいでいたのだめが、緊張しているのかすっかり大人しくなって、俯き加減で真一の後ろをついてくる。 「緊張してんの?」 うしろを振り返り、からかうようにささやくと、真一はのだめの手を握り締めた。 「思い出、とっておきの作ってやる」 のだめの緊張を解きほぐすように、真一は優しい笑顔で言う。 「……よ、よろしくお願いしマス……」 のだめはどうにか細々と声に出すと、いろいろ想像して一人で盛り上がっているのだろう、頬を赤らめて真一を真っ直ぐに見つめた。 「バーカ。あんま挑発すんな……」 「ふぉ? どゆ意味デスか……」 「……わかんなくていい」 「ずるいデス……先輩のカズオ……」 「うるさい……」 のだめの緊張が伝染したのか、真一はのだめから目を逸らして前を向き、歩き出す。 繋いだ手を少しだけ強く握り締めて。 55へ> |