芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 53






 「……今日も来ないんデスかね?」


 昨日は結局、幸久はレッスン室に現れず。


 今日ものだめは一人ピアノを弾き続けているが、幸久は現れない。


 明日からは長野の音楽祭が始まる。


 今日の午後には真一と出発する予定だから、今日こそは幸久にピアノを弾いて欲しかったのだけど……。


 「松田先輩、どうしちゃったんでショウか?」


 連絡をとりたくても、実は携帯の番号も知らなかったりする。メアドも知らない。


 真一に聞けば教えてもらえるんだろうけど、なんとなく聞きづらい。


 のだめは胸にモヤモヤを抱えたまま、一人きりのレッスンを終了させると、いつもより時間をかけて鍵盤を拭き取り、蓋を閉じる。


 ゆっくりと立ち上がって、窓辺から外を眺めてみるが、人の気配はなく。


 意味もなく楽譜をぱらぱらとめくり、時間を潰してみたがもうさすがにやることがない。


 ため息をひとつ。


 荷物を手にレッスン室のドアを開けた。









 「はい……え、松田?」


 「よっ!」


 朝早く鳴らされたドアフォン。真一の部屋の前には予想外の人物がにやけ顔で立っていた。


 「どうした? てか、学校でのだめとレッスンだったんじゃ……」


 「うーん。恵ちゃんのレッスン、もう俺必要ないみたいだったから?  後は、現地でサポートするだけ。
 とりあえず、部屋にあげてくんないかな? こんなところじゃなんだし」


 それ、朝っぱらから突然やってきたヤツのいう台詞か?


 そう思いながらも、断る理由もないし、また幸久の押しに真一が勝てるわけもなく、幸久はまんまと部屋に上がり込むことになる。


 「……どうぞ」


 「コーヒーでいいや」


 「……あっそ」


 家主に聞かれる前に当然にのように出されたオーダーに、キッチンでコーヒーを入れる真一を振り返ることもなく、幸久はソファーに腰を落ち着けた。


 「明日。新幹線?」


 「……ん? うん……まぁ」


 何となく、幸久には前のりして一泊するなんて言いづらい。


 「まぁさ、せいぜい楽しんじゃってよ。恋人同士の時間を」


 「は? なんでお前にそんなこと言われ……」


 コーヒーを幸久の前に置き、真一も向かい側に腰を下ろしながら、いつものように切り返そうとすると、突然こんなことを言われる。


 「残余時間、少なくなってるんだからさ」


 「……は?」


 思考が停止する。なんだ? タイムリミットって。


 「ちょっと確認したいんだけど、お前はどう思ってんの? 恵ちゃんのピアノのこと」


 思考停止状態の真一に畳みかけるように、次々と予測不可能な質問が続き、主導権は完全に幸久の手に渡る。


 「どうって……」


 「まさかこのまま、自分だけのものにして、埋もれさせようなんて自己中なこと、考えてねーよな?」


 「……お前にそんなこと言われる筋合いねーだろ」


 この前から、真一の胸の奥で、ちりちりと小さな音を立てて、くすぶっていた埋み火。


 目をそむけずに、いつかは正面から向き合わなければならない。


 けれど、それを今このとき、幸久から言い出されるとは思ってもみなかった。


 「お前は余計なお世話って思うかもしんねーけど。
 俺だって、恵ちゃんのピアノ、みつけちゃったからさ。
 もう見つける前には、戻れねーし」


 「……それ、どういう意味だよ?」


 幸久の顔から穏やかな微笑みが消える。


 真一を見つめる目は、真っすぐで一点の曇りもない。


 「恵ちゃんを海外留学に誘おうと思ってる。
 それは恵ちゃんへの恋愛感情とか、お前への対抗意識とか関係なく、純粋に恵ちゃんのピアノをここで埋もれさせたくないと思うから。
 まあ……恵ちゃんのピアノがどんなふうに花開いていくのか、見届けたいってのももちろんあるけど」


 「……どうしてそんな事、俺に」


 「行動に移す前に俺の気持ちを知っておいてもらおうと思って。
 ……残される側としては複雑だろうから」


 「……ずいぶん自信があるんだな」


 「自信があるとかないとかの問題じゃねーよ。まあ牽制の意味はあるけど」


 幸久はそこまで話終えると、おもむろに立ち上がる。


 「朝早くに悪かったな。お前一人のとこ狙えるの、この時間帯しか思い付かなかったんだよ。
 じゃあ、長野で」


 ぱたん。


 部屋を出る幸久が閉じたドアの音をぼんやりと遠くに聞きながら、真一は幸久を見送ることもできず、テーブルの上に組んだ両手を見つめる。


 ぎゅうう……。


 吐き出す言葉もなく、ぎりぎりと力をこめて握り締めると、締め付けられた手は血の気を失って真っ白になる。


 それなのに、まったく感覚のない両手が不思議で、真一はただただ自分の手を見つめ続けていた。









 のだめは気付くと、幸久の部屋の前まで来ていた。


 電話もメールも、連絡をする手段がなかったから。


 明日から長野で一緒なのに、もう2日も連絡なく会えていないから。


 長野に行く前に、ちょっとだけでも話をしておきたかったから。


 もしかしたら、熱でも出して寝込んでいるんじゃないかと心配だったから。


 いろいろと理由を思い浮かべて、マンションの入り口に並んだメールボックスを眺め、幸久の名前を探す。


 以前、渋谷駅前で具合が悪くなった幸久をタクシーで送ったことがあるから、マンションまではたどり着けたけど部屋番号まではわからない。


 一人暮らし向けのワンルームなのだろう。マンション入り口のメールボックスに表札をつけているのは数える程度しかない。


 幸久の名前は見つけられず、のだめは諦めて引き返した。


 「あれ……恵ちゃん?」


 背後から、聞き覚ええのある声に飛びとめられる。


 「……松田先輩」


 「どうしたの? 好きでもない男の部屋になんか来て……」


 幸久は、以前のだめが言った言葉を使って、からかうように笑う。


 「先輩、お元気だったんデスね」


 「あれ? 心配とかしてくれた?
 嬉しいなぁ。恵ちゃんに会えなくて淋しい思いした甲斐があったよ」


 いつものように、気持ちをストレートに伝えてくる幸久に、今ののだめには切り返す余裕がない。


 「あの……この前、レッスンお休みしちゃってごめんなサイ。翌日から行ったんデスけど、今度は松田先輩が来なかったから……」


 「うん、俺も行ったんだよ。でも、恵ちゃんのピアノ聴いたら、俺必要なさそうだったから帰ってきちゃった」


 「そうだったんデスか……」


 「もしよかったら寄ってく? 好きな男の部屋じゃないけど……」


 「いえ、あの……これから予定があって……。様子見に来ただけですから、のだめ帰りマス」


 「わかった。じゃあ明日、長野でね」


 「はい、よろしくお願いしマス」


 ぺこりと頭を下げて立ち去るのだめの背中に、幸久から声がかかる。


 「恵ちゃん、待った……」


 「はい?」


 振り返り立ち止まったのだめに、幸久が駆け寄る。


 「携帯番号とメアド、交換しておこう」


 「……はい」


 有無を言わさず差し出された携帯に、自分の携帯を取り出し、赤外線を受信するために翳す。


 幸久は携帯をチェックすると満足そうに微笑んだ。


 「オッケー。なんかあったらいつでもいいから連絡してね」


 「はい。ありがとうございマス」


 再び背中を向けて帰っていくのだめの後ろ姿を見つめながら、幸久はひっそりと呟いた。


 「部屋に寄らない理由、用事があるからだったな……ちょっと進展したか?」


 幸久は、そんな小さな事に喜びを感じてしまってる自分を重症だなと呆れつつ、そんな恋も悪くないなと笑った。








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