芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 51






 頭にはごろ太のお面、手にはヨーヨーやら駄菓子やらをぶら下げて、のだめは幸久と自宅最寄りの駅まで戻ってきた。


 なぜか幸久がラッシュアワー前に帰ることに執着したので、思いのほか時間は早く、帰り道はまだ暑さが厳しい。


 「恵ちゃん、疲れちゃった?」


 「イイエー! 久しぶりのお祭り、楽しかったデス!」


 のだめは振り返って尋ねた幸久に笑顔で答える。


 「松田先輩、ありがとうございまシタ!」


 「どういたしまして。
 でも恵ちゃん、途中で俺の誘いに乗ったこと、後悔してたでしょ?」


 「むきゃ……えと……」


 「ぷっ! 気にしなくっていいって。最終的には楽しんでくれたから、俺の勝ちだし」


 「勝ち……デスか?」


 「うん、自分との勝負? 恵ちゃんに楽しんでもらえなかったら負けだと思って、俺、すごく頑張ったからさ」


 「ぷぷぷ……松田先輩って変わってマスね?
 でも、ありがとうございマス。おかげですごく楽しかったデス!」


 「うん、俺も恵ちゃんの笑顔がいっぱい見られて、すげー満足」


 そういって幸久は無邪気に笑う。


 どきんっ。


 この笑顔は……知ってマス。


 なんだか自分が、この世界で特別な存在になったような、ちょっとくすぐったいケド、胸がきゅんとするような……。


 あ……そうか。


 千秋先輩がときどき、のだめに向けてくれる笑顔とよく似てる。


 だめデスよ、松田先輩。


 のだめに、そんな笑顔を向けないでくだサイ。









 急に大人しくなったのだめが、ぎこちなくさよならと言って、背中を向けた。


 途端に幸久はのだめを帰したくないと思う。


 楽しい時間を与えてくれる、スマートな先輩役なんて放り出して、強引に腕を掴んで自分の腕の中に閉じ込めてしまえばいい。


 そんなふうに暴走しそうになる気持ちを、ぐっと押し込めた。


 自棄を起こして、のだめのいない日常に戻るなんて、耐えられないから。


 今はとにかく、少しでも一緒にいたい。


 可能性はゼロじゃないと思うから。


 恵ちゃん、隙を見せちゃだめだよ?


 すぐに俺はその隙につけこむからね。


 早足で遠ざかっていくのだめを見送りながら、幸久は下唇をぎゅっと噛みしめた。









 ピアノを弾こう。


 ひとり帰ってきた部屋で、のだめはピアノチェアに腰掛け、課題曲を弾き始める。


 初めて訪れた場所。単調な景色の中に突然現れた長い石段。息を切らせながら上りきった場所から振り返ってみると、眼下に広がる街と、遠くにはキラキラと光る海。


 風に乗って聞こえてくる祭囃子。立ち並ぶ屋台。子供時代、胸をわくわくさせ時間を忘れて楽しんだ夏まつりの思い出、ノスタルジー。


 楽しげなピアノの音が、のだめの部屋から響く。


 「……帰ってきたのか」


 隣の自室にいた、真一の耳にもその音は届いて。


 「ったく、声くらいかけろよ……」


 不満げにつぶやきながらも、真一は冷蔵庫で保存しておいた弁当箱を取り出すと、温めなおしたり、食材を追加してアレンジしたりして、夕食のための準備を始める。


 のだめの部屋から漏れ聞こえてくる、弾むような楽しいピアノのメロディーに、真一は無意識に頬をゆるませていた。
 








 夢中になってピアノを弾いていて、気づいた時にはすっかり日が落ちていた。


 「ふう……千秋先輩に謝らなくっちゃデスね」


 すっかり暗くなった室内をぼーっと見つめ、ため息をひとつ。


 のだめは重い腰を上げると、真一の部屋に向かう。


 ドアを開けた真一は、約束をすっぽかしたことなど気にしていないような、いつも通りの様子で。


 「おかえり」


 「た、ただいまデス……。先輩、あの……」


 「入れよ。メシ、できてるし」


 「……はい」


 真一はのだめを部屋に招き入れると、いつものようにキッチンに立ち、食事の準備をする。


 「どうした? 座れば?」


 テーブルにてきぱきと食事を並べていた真一が、リビングの入り口で立ったままののだめを不思議そうに振り返る。


 「あ、はい、あの……先輩、今日はごめんなサイ」


 「ホントに。人の好意を無にしやがって。携帯は忘れていくし……」


 「えと、あの……わざとじゃないんデス。松田先輩ってば強引っていうか……気がついたら電車に乗っていたというか……」


 「そんなの簡単に想像つくし……。
 だからアイツには気を許すなっていったんだよ」


 「ぎゃぼ……ごめんなサイ」


 真一の正論に返す言葉がなく、のだめはごめんなさいを繰り返し、縮こまっている。


 「まぁでも……課外授業の効果は出てるみたいだし」


 「……え?」


 「ピアノ。聴いてればわかる」


 「……本当デスか?」


 すっかり準備を整えた真一が振り返り、微笑む。


 「だからって調子に乗るな。次から気をつけろよ?」


 「あ、はい……」


 「ほら? メシ食うぞ?」


 「そいえば、おなかペコペコデス……」


 「ったく……」


 「い、痛いデス……」


 真一は、のだめの髪の毛を両手でがしがしとかき混ぜると、不満そうに顔を上げたのだめに笑いかけ、両手で頬を包みこむ。


 「今度やったら、許さねーからな……」


 「はい、ごめんなサイ……っん……」


 言葉とはうらはらな、いつものような優しいキスに、胸がちくんと痛む。


 ごめんなサイ……


 「なんだよ……相変わらずわけわかんねーヤツ」


 言葉にできない複雑な思いに、のだめは真一にぎゅっとしがみついた。
 








 翌日、幸久が訪れたレッスン室にはのだめの姿はなく、ピアノの上には手紙が一通置かれていた。


 松田先輩
 昨日はありがとうございました。
 おかげさまで、弾きたいイメージがつかめた気がします。
 今日はそのイメージにどっぷり浸かってピアノを弾き込みたいので、先輩とのレッスンはお休みさせてください。
 野田恵


 「ふうーん……」


 幸久は、不恰好な文字の並ぶ手紙を読み終わると、指でのだめの名前をぱちんと弾く。


 「俺と顔あわせたくねーってか……」


 のだめからの手紙をポケットに突っ込むと、幸久はピアノチェアに腰掛け、完璧に弾き込んだ課題曲をなめらかな指使いで奏でる。


 幸久の長くしなやかな指先が、鍵盤の上を滑る。


 第二楽章、スケルツォ。


 聴く者を冷淡に嘲笑するかのような、先鋭な旋律。


 この状況は、恵ちゃんが俺のこと、意識しちゃったって事なんだけど……。


 君はその意味、わかってんのかな?


 第三楽章、アレグロ・モルト。


 とても快速に、陽気に。


 俺様にぴったりなパート。


 そして、千秋とは正反対な。


 恵ちゃんも、意外と気に入ってくれるんじゃないかと思うんだけど、どうかな?








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