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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 50 彩りも美しく見事に仕上がった弁当箱を前に、真一は満足気に微笑むと、携帯の発信ボタンを押す。 コール音が繰り返され、留守電へと繋がってしまった。 「電源は入ってるみたいだけど……。まぁ練習中なら出られねーか?」 のだめ、弁当できた。これからそっち持ってく。真一 短いメールを送信すると、真一は弁当を手に部屋を出る。 「あちー……」 照りつける夏の太陽に少しだけひるみながら、学校へ向かって足を踏み出す。 くすっ。 おなかをすかせた恋人が、自分のつくった弁当に目を輝かせる姿を想像して、おもわず顔がにやける。 待ってんだろうな、アイツ(俺様を) そんなふうに思うと、暑さのあまり首筋をつたう汗も、そんなに不快に感じないから不思議だ。 「ぎゃぼっ! け、携帯置いてきちゃいまシタ……」 松田に連れられるまま、わけもわからず電車に乗り込んでから、のだめは携帯を忘れてきてしまったことに気付く。 「松田先輩、今、何時デスか?」 「ん? 11時半くらいだけど……なんか予定あった?」 「えと……千秋先輩がお昼にお弁当持ってきてくれるって……」 「ぷっ! 千秋も過保護だなぁ。じゃあ、俺がメールしとく」 「す、すみまセン……のだめやっぱり戻ってもいいデスか?」 「……だめ。だったら千秋にメールしないよ?」 「ぎゃぼ……」 「今から戻るとなると、1時間くらいかかるから、千秋その間心配しまくりなんじゃね?」 「……えと……」 「メール、するよ?」 「戻ったら、お弁当食べますって伝えてくだサイ……」 「了解」 千秋へ。今日一日、のだめちゃんと課外授業に出かけるから。邪魔すんなよ? あ、そうそう、弁当は戻ったら食べるってさ。松田 「はぁぁ?! 課外授業ってなんだよっ!」 真一は、ひとけのないレッスン室の中で、受信したメールを読むと慌ててのだめの携帯に発信する。 ブブブ……。 「……あのヤロ、携帯置いていきやがって……」 持ち主の手を離れた携帯が、ピアノの上で震えて真一にその所在を伝える。 ピアノの課外授業って意味わかんねーし。のだめに変なことしたら、殺すからな。真一 「どいつもこいつも、俺に邪魔すんなって……。邪魔してんのはお前らのほうだろーが……」 真一はピアノチェアーにぐったりと座り込むと、頬杖をついて忘れ去られたのだめの携帯を見つめる。 静まり返ったレッスン室に放置されたそれは、まるで今の自分自身のようで。 なんだかいらつく。のだめと出会うまでは、一人っきりで過ごすのが当たり前で、他人の行動など全く気にもかけなかったというのに。 一年も立たないうちに、自分に起きた大きな変化を思い知らされる。 「帰るか……」 のだめの携帯と手付かずの弁当を持つと、真一は重い腰を上げた。 行きと同じ距離なのに、帰り道は何倍の長さにも感じて。 夏の日差しの強さと湿気にイライラは増幅されるばかりで。 郊外に向かう下りのローカル線は、平日の昼近い時間ということもあり乗客が少なく閑散としていた。 冷房の効いた車内に、窓から夏の日差しが降り注ぐ。 最初は夏まつりの言葉に目を輝かせたのだめだったが、今は真一のことが気になっているのだろう、言葉もなく身体を強張らせて俯いている。 幸久としては、何か企みがあるわけでもなく、ノリで連れ出してしまったのだが、こうもあからさまな態度をとられると……。 のだめには何としてでも来てよかったと思わせたいと、勝ち気な幸久は思ってしまう。 「恵ちゃん、降りるよ?」 「あ、はい……」 いかにも気乗りしないって態度だな。 幸久はそんなのだめの態度に苦笑いしながら、記憶をたどりながらゆっくりと歩き出した。 のだめ、どうして松田先輩と、こんなところ歩いてるんだろ……。 一週間後、長野の音楽祭で受けるマスタークラスの授業のために、課題曲を松田先輩と練習することになって……。 最近、いろんな曲を弾くことがすごく楽しくなってきていたから、譜読みしながら、自分なりにこの曲の世界を表現しようと思って、すごくわくわくしてた。 曲の解釈の話になって、思い浮かんだ夏まつりの話をしていたら、ふるさとの夏まつりの情景が思い出されて……。 お祭り、行きたくない? 松田先輩の言葉がすごく魅力的に思えて。 誘われるまま、ついて来てしまったけど……。千秋先輩との約束を思い出して、来なければよかったと後悔しだしたら……。 さっきまでキラキラしていた景色が途端に色あせていく。 ちょっとわくわくしていた胸のときめきも、先輩心配してるカナ?とか、怒ってないカナ?とか、そんな心配事に押しつぶされてしまった。 駅前を通り過ぎ、人もまばらな住宅街を進む。 もう、夏の暑さは不快にしか感じられない。 「あの……松田先輩、本当にこんなところでお祭りなんか……」 うつむいたまま、足を進めていたのだめが頭をあげ、立ち止まる。 「あ、ここだ。よかった……」 「え?」 住宅街の突き当たりに姿を現したのは、その一角だけ緑が生い茂り、長く続く石段。 木々に夏の強い日差しを遮られ、涼しい風がざぁっと吹き抜ける。 「高校ん時、付き合ってた子に一度連れてこられただけだったからさ、まさかちゃんと来られるとは思ってなかったよー」 「え?」 「確かこのくらいの時期だったと思ったからさ……あ、ほら?」 ゆっくりと石段を上がってゆくと、上から風にのって小さなお囃子の音が聞こえてきた。 「そんな行き当たりばったり……ぷっ!」 幸久のあまりの無計画加減に、自分がチマチマと気にしていたことなど、どうでもいい気がしてくる。 「結果オーライだろ? 結構な山登りだから、頑張ってねー」 「ぎゃぼ……」 日陰になっているとはいえ、蒸し暑い中を結構な長さの石段を上がるのは、決して楽ではない。 「はぁはぁ……松田先輩、まだデスか……」 「はぁはぁ……そんなこと、一回来たキリなんだから、覚えてねえっつーの。 あ……」 石段の先に、参道らしきものが見えてきた。 聞こえてくるお囃子の音も、徐々に大きくなってくる。 「よし……あと一段!」 先に石段を登りきった幸久が立ち止まって振り返る。 「恵ちゃん、お疲れ」 当たり前のように差し出された手を、気がつけば掴んでいた。 「ほら、見てみて?」 「むっきゃー! すごい景色デス!」 登って来た石段を振り返ってみれば、眼下に広がる住宅街の先には、キラキラと輝く海が遠くに見える。 「いいところでしょ?」 額の汗を拭いながら、無邪気に微笑む笑顔が眩しくて。 あっという間に放されていた手。 手のひらにかすかに残るぬくもりを、かえって意識してしまう。 「じゃあ、お祭り行っとくか?」 「はいっ!」 いいデスよね? 一日くらい子供みたいに楽しんだって。 「喉渇いたなー。やっぱりラムネか?」 「むきゃ? ラムネ、久しぶりデス!」 「腹も減ったよなー」 「くんくん……焼きそばはあっちデス!」 「……すごいね、その鼻……」 「さ、早く行きまショウ!」 祭囃子に胸が躍る。並ぶ屋台に気が急いで。 気がつけばのだめは幸久の腕を掴んで、走りだしていた。 51へ> |