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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 49 夏……眩しい太陽の日差しがジリジリと照り付け、上昇する体温。 その熱に浮かされたように、人々が刺激を求める季節。 この季節、若い恋人たちが新しいステップに進むことも、少なくないという。 昨夜、のだめはマンションに到着すると、こう言った。 「先輩……のだめはもう先輩のものデスよ? だから安心してくだサイね?」 公園で抱きしめてキスをして……真一が思わず零した言葉に答えたのだと思うけど……。 のだめの言葉、それはそれで嬉しい。 でもその言葉の意味は、そういう精神的な意味じゃなくて……。 無邪気な恋人の笑顔に、真一はそんな自分の欲望をまっすぐに伝えることはとてもできなくて……。 「はぁ……焦ってんのは俺だけかよ……」 それでも、学生の夏休みは長い。 長野の音楽祭が終わったら……俺たちには長い夏休みが待っている! ぐっっ!(気合を入れて拳を握る) すでに夏休みに入った校内は閑散としていた。 のだめは事前にシュトレーゼマンから指定されていたレッスン室に向かう。 前日、真一から繰り返し言われた注意事項を思い出す。 「松田には隙を見せんなよ? 背中とか絶対向けんな! 携帯の電源を入れて、常に手の届くところに置いて、なにかあったらすぐ俺に連絡しろ。いいな?」 「はいはい……」 「返事は一回!」 「……はい」 これでも、最初は一緒にについていくと言い張っていたのを何とか、なだめすかして付き添いは阻止したのであるが……。 「昼には弁当持って行くから」 「えっ! い、いいデスよ……」 「だって学食だって休みだぞ? 困るだろ?」 「そ、そんな……裏軒もあるし……」 「裏軒も珍しく夏期休業だ。お前、聞いてなかったのか?」 「ぎゃぼ……」 「峰の親父さんとお袋さんの銀婚式らしい。ヨーロッパ一周旅行だそうだ」 「峰パパがヨロパ……峰クン、お母さんいたんデスね……」 「つーことだから。それでも嫌だっていうんなら……」 「わ、わかりまシタから……メールしてくだサイ」 渋々のだめが了承すると、真一は嬉しそうに笑って、弁当メニューの候補について、あれこれと語るのであった。 ため息をついて、レッスン室の扉を開ける。 「……松田先輩、まだみたいデスね?」 課題曲、バルトークの組曲Suite Op. 14。 ブダペスト音楽界への不信を募らせる中、民俗音楽の収集に没頭し、しばらく新曲の発表を行っていなかったバルトークが作曲活動を再開、久しぶりに手がけた本格的な作品。 民族音楽の要素を取り込みながら、独自の手法によってつくられたこの組曲は、のちに彼自身の回想でも「今までの手法を一新し、よりすっきりとしたスタイルへの変化を意識した」と語られている。 「まぁ……俺のイメージじゃねーけど。面白い曲でしょ?」 「あ、松田先輩。おはようございマス」 譜面を眺めていたのだめに、突然背後から声がかかる。 振り返ってみれば、レッスン室の入り口付近の壁にもたれかかり、自分を見つめている幸久と目があった。 「のだめちゃん楽譜に夢中で、俺が来たこと全然気付いてくれないんだもん。いじけちゃうなー」 「ぎゃぼ! ご、ごめんなサイ……」 「譜読みしてきた?」 「は、はい。もうみっちりと……」 真一による粘着な解説つきで。 「じゃあ、さっそく弾いてみる?」 「そデスね……よろしくお願いしマス」 「……なんつーか、変わった解釈だね?」 「……そデスか? ふるさとの夏まつりをイメージして弾いてみまシタ」 「……夏まつり?」 「はい。第三楽章は、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを思い出して、どどーーんと!」 「どどーんと……。じゃ、じゃあ第四楽章は?」 「……年に一度の夏祭りが終わった寂しさと、酔いつぶれた辰男たち、だらだらと片づけをするヨーコなど、ひと夏のはかなさをイメージしてみまシタ」 「へ、へぇ……」 「いけませんでシタ?」 「……まぁ、民俗音楽っていう点では、一致してるか?」 「第一楽章は楽しいデスね。夏まつりが始まるワクワク感がありマスよー。 境内から聞こえてくるお囃子の音。 的屋サンたちが、徐々に集まってきて店開きをして……。 金魚すくいや射的、焼きそばの香ばしい匂いに、チョコバナナの甘い香り。 のだめ、こう見えても結構、型抜き得意なんデスよ?」 「えー! あんなもんするヤツ、俺には信じらんねー!」 「ぷぷぷ……松田先輩、二秒くらいで終わってそうデスね?」 「金魚すくいなら、自信あるぜ? 夏まつりか……ずいぶん行ってねーな」 「のだめもデス……懐かしいナ。辰男の乱れ打ち……」 「タツオ?」 「あ、のだめのお父さんデス。お祭りが大好きで、この季節は網を持つ手をバチに持ち替えて、お祭り三昧デス」 「網?」 「はい。実家は海苔やってるんで」 「そっかぁ! うちはカツオだよ〜! 船つながりだね?」 「ほわお……ご縁がありマスね?」 「……そうだ、夏まつり行こっか?」 「へ?……ちょ、松田せんぱっ!」 幸久は強引にのだめの手を掴むと、レッスン室のドアを開く。 「お祭り、行きたくない?」 そう言って微笑んだ幸久の顔は、いままでに見たことがないほど無邪気で。 まっすぐな瞳で見つめられたら、まるで魔法にかかったみたいに、松田先輩に逆らえなくて。 空調の効いた室内から飛び出せば、ジリジリと照りつける眩しい夏の太陽。 むせかえるような夏の匂い。 息苦しくて、ドキドキして上手く呼吸ができないのは、きっと夏のせいデスよね? レッスン室のピアノの上。放置された携帯が着信を知らせて、ブルブルと振動する。 知らせる主を失った、静かなレッスン室に響いて。 50へ> |