芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 45






 久しぶり、気分転換にSオケの練習に顔を出した。


 「あれ? 真澄なにやってんだ?」


 練習場に入ると、壁際で演奏に参加せずに椅子に座っていた真澄が、俺を見つけて駆け寄ってくる。


 「まぁ千秋様! お久しぶりですぅ〜! お元気でした?」


 「う、うん……」


 「今、弦楽奏やってるんです。だから真澄はおやすみですv」


 「へぇ……バーバーのアダージョか」


 「なんだか松田君、変わりましたよ?」


 サミュエル・バーバーが作曲した弦楽のためのアダージョ。


 ジョン・F・ケネディの葬儀で使用されてから、葬送の定番曲となってしまったこの曲だが、静かな旋律の中に内なる情熱が感じられる美しい曲だ。


 「なんだかロマンティックで、とっても素敵だわー。
 松田君って自信満々で華やかな人かと思ってたけど、こんな一面もあるのね」


 「うん……なかなかいいデスネ」


 振り返れば、静かに練習室に入ってきたマエストロが、松田の演奏に満足気に微笑んでいる。


 「チアキも油断してると足元すくわれマスヨ? うかうかしてられまセンネ?」


 「……」


 リアクションに困っていると、そこにタイミングよく、真一の待ち人が騒がしく走り込んで来た。


 「千秋せんぱーい! お待たせしましたっ!」


 駆け込んできたのだめに、シュトレーゼマンがにやけ顔を向ける。


 「のだめちゃん、すっかり綺麗になりマシタネ? これから千秋とデートデスカ?」


 「ぎゃはぁ! わかりマス?」


 「で、デートっ?! のだめと千秋様がっ?! ちょ、ちょっと、それどーいうことよっ!」


 「悪い、急ぐから……。ほらのだめ、行くぞ?」


 「はぁい。じゃあ真澄ちゃん、夫が急いでいるので、ごめんなさい?」


 「夫じゃねぇ……」


 のだめの頭を軽く小突きながら、立ち去る二人の後姿は今までと変わらないようでいて……。


 「チアキも雰囲気がすっかり変わりマシタネ? くくく……」


 「……」


 真澄は口をぱくぱくとしながら、呆然と二人を見送るしかなかった。
 








 薄暗い地下のドアを開けると、開店前の椅子を上げたままのテーブルが並ぶ店内の奥、小さなステージの上から声がかかる。


 「よ、真一!」


 「のだめちゃん、待ってたよ!」


 「こんにちは! お邪魔しマス……」


 のだめと真一は、再びあのジャズクラブに足を運んでいた。


 二人の声を聞きつけて、仕込みをしていた秋生が店の奥から顔を覗かせる。


 「のだめちゃん、こんにちは! よく来たね」


 「秋生サン、こんにちは!」


 「なんだよ、俺は無視かよ……」


 ちょっと拗ねたようにつぶやくと、のだめを椅子に座らせ、真一は秋生のいる店の奥に引っ込んだ。


 「真一、どうだ? うまくやってるか?」


 にやけ顔の秋生に迎えられる。


 「……おかげさまで。それより、コーヒーもらってもいい?」


 「今日もステージ上がるか?」


 「いや、今日はやめとく。のだめにちょっとピアノ弾かせてみようかとおもって」


 「へぇ……真一が人の面倒みるなんてねぇ……まぁ、お前って意外と世話焼きだもんな?」


 「……うるさい」


 からかわれてばかりの秋生のもとを逃げ出して店内に戻ると、一曲終えたステージ上のサムに呼ばれて、のだめはメンバーと楽しそうに話し込んでいた。


 「のだめ? ちょっと弾かせてもらえよ?」


 「え? ピアノデスか? 無理デスよ……」


 「いいよな?」


 「うん。のだめちゃん、やってごらん。大丈夫だから」


 サムの笑顔に後押しされて、のだめはおどおどとピアノチェアに腰掛けた。
 








 ステージを降り、客席でミネラルウォーターを飲むサムに見守られながら、のだめは真一を振り返る。


 真一はのだめの隣に腰掛けると、鍵盤に手を伸ばし、メロディーを奏でる。


 「Alice in Wonderland。知ってる?」


 「ふぉ……不思議の国のアリス?」


 「そう。まず俺が左手で伴奏するから、のだめは感じるままに弾いてみて?」


 「感じるまま……デスか?」


 「うん。だけど、俺の伴奏だけじゃなくて、ドラムもベースもよく聴かなきゃだめだ。周りの音をよく聞いて?」


 「周りの音……」


 のだめは振り返り、ドラムとベース、二人のメンバーを見つめる。


 途端に返される二人の穏やかな笑顔に、のだめは気持ちを落ち着かされ、また初めての経験に胸の高鳴りを覚える。


 「ほら? 大丈夫。お前ならできるって」


 背中に添えられた真一の右手が、優しくのだめを後押しする。


 ピアノの鍵盤に置かれた、真一の左手とのだめの右手。


 自分を見つめる真一の優しい微笑みに包まれて。


 のだめは右手で旋律を奏で始める。


 のだめの奏でる旋律に、優しく寄り添うような真一の左手が奏でる和音。


 ピアノの演奏に遅れて、ベースとドラムが寄り添うようにトリオ演奏が始まる。


 あっという間にペースを掴んで、楽しそうに演奏するのだめの姿に真一は微笑むと、のだめの左手を掴み、自分の左手と入れ替えさせるために、鍵盤に導く。


 一瞬、不安げに驚いた表情を浮かべたのだめだったが、真一の唇が大丈夫≠ニ動くのを見て、笑顔でうなずくと、あとは夢中でピアノに向かう。


 真一はそっと立ち上がると、ステージを降りてサムの待つ客席に戻った。









 「のだめちゃん、いいじゃん?」


 「うん……センスもいいし、耳もいい。
 あとは本人が本気になるだけだ」


 真一は冷めたコーヒーを口にして、少し顔をゆがめた。


 「本気にねぇ……」


 サムはステージ上ののだめを見つめたまま、小さくつぶやく。


 「……俺のやってることって、無意味かな?」


 「……無駄なことなんてないだろ?
 きっとのだめちゃん、トリオ演奏の楽しみ、感じてくれるよ」


 「うん……」


 「不思議の国のアリスか……」


 すっかりトリオジャズの感覚を掴んで、夢中でピアノを弾くのだめを、客席から真一とサムが眩しそうに見つめていた。









 最初こそ戸惑っていたのだめも、すっかりインタープレイに夢中になっていた。


 面白いデス!


 のだめのピアノに寄り添ったかと思ったら、突然リードされたり……。


 楽譜がないのに、お互いの感覚だけで奏でられていくハーモニー。


 のだめはピアノを弾いているだけなのに、ベースともドラムともまるで溶け合っていくみたいで……すごく気持ちいい。


 一人で自由に弾くのも楽しいケド、他の楽器と一緒に演奏してうまくいくと、自分の中の音楽がどんどん増幅されていくようで……音楽ってすごい!


 トリオジャズの演奏をたっぷり楽しんだのだめが、ステージ上のメンバーたちとハグを交わすのを見て、真一は少し眉をひそめたものの、ステージを下りて満面の笑みで駆け寄ってくるのだめに、つられるように笑顔になる。


 「先輩、どでシタ?」


 「自分はどうだったんだよ?」


 「すっごく楽しくて、気持ちよくて、最高でシタ!」


 「うん、途中からキレまくってたもんな?」


 「え? そでシタ?」


 「あー、もう俺らオジサンは、ついていくので精一杯だったぜ?」


 「クタクタだよー!」


 メンバーからそんな風にからかわれて、戸惑っていたのだめだったが、


 「でも……すごく刺激的だった」


 「こんなに楽しかったの久しぶりだよ!」


 と言葉をかけられ、再び輝くような笑顔に戻る。


 「今晩からでもステージ、上がっちゃう?」


 「えー、そんなの無理デスよー!」


 「おいお前ら、俺のこと忘れてねーか?」


 「もうサムとは来世の分までやったからいいよー」


 軽口をたたき合うメンバーを楽しそうに見つめるのだめに、真一がそっと声をかける。


 「またやってみたい?」


 「はい! ぜひ!」


 笑顔で答えるのだめに、真一は満足げに微笑んだ。


 開店までの間、休憩をとるというメンバーと再会の約束をして、真一とのだめは秋生の開店の準備を手伝う。


 「お礼になんか食べていってよ?」


 「いや、今日は中華街連れていってやろうと思って……」


 「へぇー、中華街デートかぁ。いいなぁ若いやつは!」


 冷やかされながら見送られて、店の外に出る。


 そっとのばされた真一の手がのだめの手を掴んで、優しく包み込まれる。


 「旨い水餃子食わせてやる」


 「むきゃ、楽しみデス!」


 夕暮れの横浜の街を、仲良く手を繋いで歩く二人は、どこにでもいる幸せな一組の恋人同士、そのものだった。
 







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↑N響。バーバーのアダージョ。
尾高 忠明先生、若いっ(笑)奥様はピアニスト。


↑音だけですが、ビル・エバンスのAlice in Wonderland。素敵。