芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 44






 シュトレーゼマンに本気になったのかと言われた。


 自分の気持ちを認めて、野田恵にも、ライバルになるだろう千秋にも宣言したばかりだったから、俺はその言葉に少しばかりうろたえて、逃げ出してしまった。


 巨匠は、俺がここに留まっている必要はないだろうという。


 確かに俺は、ドイツでの退屈な日々にうんざりして、逃げてきただけかもしれない。


 でも……俺がいるべき場所。それは俺が決めることであって、誰かに決められるものなんかじゃない!


 俺はいまここで……音楽のことも、野田恵のことも、全力で立ち向かうと決めた。


 だから、俺が今いるべき場所はここだ。


 誰になんと言われても、それを決めるのは俺だ!
  








 「……ぱい、松田先輩っ!」


 「……え? あ、恵ちゃん……」


 Sオケの練習の休憩時間、一人でいた俺のところに、野田恵がやってきた。


 「どしたんデスか? ぼーっとしちゃって、松田先輩らしくないデスよ?
 週末のお菓子作りが失敗しちゃったとか?」


 「……いや、何でも?
 それより、恵ちゃんから俺に声かけてくれるなんてめずらしいね?
 うれしいなー、なんか俺に用? デートなら喜んで付き合うけど?」


 「えと……この前のことで、松田先輩にお話が……」


 そういって野田恵は、少しぎこちない表情になった。


 それだけでこれから聞かされるだろう話の内容はわかってしまうけど。


 「うん、いいよ。もう一回だけ通しでやるから、それが終わってからでいいかな?
 よかったら恵ちゃんも聴いていってよ? 一応マスコットガールなんだからさ」


 「はい、じゃああっちで聴いてマスね?」


 とことこ……。


 野田恵が聴いていてくれると言っただけで、なんなんだ俺? 途端にうれしくなったりして。


 ひょこひょこと小動物みたいな動きをする、おかしな女なのに。


 この俺様が、あんな女の一挙一動に感情を揺らされてしまうなんて。









 練習が終わり、メンバーたちが楽器を手に練習場をあとにする中、野田恵を振り返ると、コンマスの峰やもじゃもじゃに囲まれて、にこにこと機嫌よくおしゃべりをしていた。


 椅子に腰掛け、峰たちの顔を見上げ、笑顔で応えている。


 両手を腰掛けた足の下に挟み、両足をぷらぷらと前後に振っている姿は、まるで少女のようだ。


 松田幸久、お前はあんな女が好きなのか?


 無意味な自問自答を繰り返すが、出てくる答えはいつも同じで。


 俺はちょっとどきどきしながら、野田恵に近づく。


 「恵ちゃん、お待たせ。
 もう出られるけど?」


 コンマスともじゃもじゃが驚いた表情をしているけど、構うものか。


 「はい……じゃあ行きまショウか?
 峰クン、真澄ちゃん、またデス!」


 「お、おう……」


 二人の視線を感じながら、練習場をあとにした。









 大学を出て、駅前のカフェに入った。


 彼女のカフェオレと俺のコーヒーを手に、野田恵の待つ席に戻る。


 「はい、カフェオレ」


 「ありがとデス。これのだめの分……」


 「俺さ、女の子とデートして、ワリカンってしないんだよね?」


 「でも……これデートじゃないデスから……」


 「恵ちゃんにとってはデートじゃないかもしれないけど、俺にとってはデートだから。
 これくらい俺の意地、通させてよ。
 だって俺、これから振られちゃうんでしょ?」


 「え……」


 ずっとうつむいていた野田恵が、俺の言葉に驚いて顔を上げる。


 「話あるんでしょ? この前、俺が恵ちゃんを好きだって言ったことについて」


 「……はい。あの……この前はありがとうございまシタ。
 松田先輩のピアノ……すごかったデス。のだめ、感動しまシタ」


 「それはどーも。でも、俺のピアノがもしよかったんだったら、それは恵ちゃんのおかげ。
 俺、恵ちゃんのこと思って弾いたからさ」


 「……えと、松田先輩がのだめのこと……思ってくださる気持ちは、とってもよく伝わりまシタ。
 でも、のだめには好きな人がいるんデス。
 だから、松田先輩の気持ちにはお応えできません」


 「うん、知ってるよ? 千秋だろ?」


 「……松田先輩って、なんでもわかってるんデスか?」


 野田恵が驚いて、目を大きく見開いて俺を見ている。


 「たぶん恵ちゃんのことならね? 好きだから」


 俺は視線を逸らさずに、野田恵をまっすぐに見つめる。


 「……のだめは千秋先輩のことが好きデス。
 だから、松田先輩にそう言ってもらっても……困りマス」


 「なんで?」


 「え……なんでって、それは……」


 「困る必要なんてないよ? 恵ちゃんは今は千秋が好き。千秋も今は恵ちゃんのことが好き。俺も今は恵ちゃんのことが好き。それだけのことだよ。
 
 俺はだからって二人の間を邪魔するつもりなんてないし、困らせようとも思ってないし。

 ただ、俺の気持ちを恵ちゃんが今は受け入れられないとしても、俺の気持ちを変えることは、誰にもできない。

 それに……人の気持ちは変わるものだよ?」


 「……のだめはずっと千秋先輩が好きデス」


 「うん、そうかもね。でも、先のことは誰にもわからない」


 「……あの、のだめはどうしたら……」


 そうだ、そうやって悩んでくれ。


 俺の存在を忘れないように。


 「ん? 自分の気持ちに正直に、従えばいいんじゃない? 今、千秋といたいなら、そうすればいいし。

 でも俺の気持ちは変わらない」


 「……のだめもデス」


 「そうかもね。

 とにかく、恵ちゃんの今の気持ちはわかったよ。わざわざありがとう。

 あのさ、ひとつだけお願いしてもいいかな?」


 「なんデスか?」


 「千秋とのことは関係なく、俺とは今まで通りに接してほしい。
 避けたりなんてしないで」


 「はい……わかりまシタ」


 「うん、ありがとう。
 じゃ、いこっか?」









 カフェを出ると、驚いたことに千秋が待ち構えていた。


 焦って駆けつけたのか、肩で息をしている。


 「千秋先輩?」


 真一はのだめの手を引くと、自分の身体に引き寄せ、松田をにらみつける。


 「千秋じゃねーか。そんなに慌ててどうしたんだ?」


 「はぁはぁ……峰がのだめとお前がここにいるって教えてくれて……」


 「はぁ? なんだあいつら、俺たちのあとつけてたのか?
 俺って信用ねーな」


 「なにしてたんだよ……」


 「なにって……俺は恵ちゃんに話があるって誘われたんだけど?
 お茶飲んで、話しただけだよ。ね?」


 真一は幸久の返事に、のだめの顔を振り返り確認する。


 のだめは黙ったまま、首を縦に振った。


 「そ、そっか……ごめん、なんだか峰が慌てて電話してきたもんだから……」


 「くっくっくっ……千秋、余裕なさすぎ……」


 「……」


 「じゃあ、俺の疑いは晴れたってことで、無罪放免でいいよな?」


 「いや疑いなんて……悪かった」


 「かまわねーけど。じゃあな」


 幸久はそういって、後ろも振り返らずに二人のもとを立ち去る。


 その背中を、真一とのだめも黙って見送る。


 真一は無意識にのだめの手を、ぎゅっと握り締めていた。
 







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