芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 41






 シュトレーゼマンが桃ヶ丘に戻ってきた。


 それと同時に、何事もなかったかのようにSオケの正指揮者に復帰。


 定期公演で脱退宣言したくせに! と、Sオケメンバーは不満を口にしたが、シュトレーゼマンはどこ吹く風で押し切る。


 「チアキはワタシのれっきとした弟子デス! 師匠の言うことは絶対! そして千秋には新しい仕事を与えマス」


 そういってシュトレーゼマンは真一に楽譜を手渡した。


 「これは一体……」


 「ピアノ譜デス。秋の文化祭で、千秋は私の指揮でピアノコンチェルトを演奏シマス。半端なことは許しマセン! しっかり練習シナサイ」


 「え……」


 「ここはいいから、わかったらさっさとレッスン室へ行く!」


 「……」


 指揮台から下ろされるばかりか、ホールからも追い出されるかたちで、突然のシュトレーゼマンの態度の変わりように納得できずに振り返れば、オケを指揮するシュトレーゼマンの姿を、楽しそうに見守る理事長の姿があった。


 ホールを出て、そのままレッスン室に行く気も起きず、ロビーのソファーにどっかりと腰をおろし、ため息をつく。


 「はぁ……好きな女にいいとこ見せたいってか。くそ、何が弟子だよ? 一体なんのためにピアノなんて……」


 うなだれる真一の前に影が落ちる。


 「弟子のためでしょ?」


 「は?」


 上から聞こえてきたドイツ語に顔を上げれば、先日シュトレーゼマンを奪還しにやってきていたブロンド眼鏡女子が、ジャーキーを噛みちぎりながら、真一を上から見つめていた。


 「世界のマエストロの仕事を休ませてまで……まったくとんだ営業妨害なのよ? アンタは」


 「は? 俺? シュトレーゼマンが戻ってきたのは、理事長に会うためじゃ……」


 「ボーヤ、もうそんなんじゃないのよ。
 だってそうやって、ちゃんと教えようとしてるじゃない。
 シュトレーゼマンが弟子を取るなんて、今まで一度だってなかったのよ? アンタこそ、いい加減な気持ちだったら指揮者になる夢なんて諦めて、シュトレーゼマンをさっさと返してちょうだい?」


 「……」


 レッスン室でピアノチェアに腰掛け、楽譜を眺める。


 そうだ、ピアノとはいえ、巨匠の指揮で演奏ができる。


 これは巨匠の音楽を体感できるすごいチャンスだ。


 俺が今ここで出来る事、それをまず精一杯やろう。


 真一は新たな決意に、ピアノに向き合うと、その美しい両手を鍵盤の上に走らせ、音楽の世界に没頭していくのだった。

 







 真一です。レッスン室でピアノ弾いてる。もうちょっと弾いていきたいんだけど、今どこにいる?


 のだめデス。もう授業終わったので、そっちに行ってもいいデスか?


 いいよ。102号室にいる









 レッスン室に近づく。


 ドアの前で、漏れ聞こえてくる旋律に、のだめは身震いした。


 ガラス窓から覗き込むと、真一は見たことがないほど真剣な表情で、のだめはおもわず足が止まる。


 先輩はいつも、音楽に正面から、ひたむきに立ち向かっている。


 こんな素敵な人が、のだめのことを好きだって、のだめのピアノを特別だって言ってくれる。


 うれしいけど、のだめはそれに見合うだけのものを持ってるのカナ?


 演奏が途切れたところでレッスン室の中に滑り込むと、気づいた真一がのだめを見て、うれしそうに微笑んだ。


 「まだ続けててもいいか?」


 「はい、のだめも聴いてていいデスか?」


 「もちろん」


 真一は、軽く手首と腕を回すと、また演奏を始める。


 ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番。


 胸の奥に眠っている秘めた想いを呼び覚ますような、情熱的でロマンチックな旋律。


 のだめはそっと瞳をとじて、真一の奏でる音楽の世界に浸る。


 そんな二人の様子を、シュトレーゼマンはレッスン室のドアの外から伺っていた。


 真一の進み具合を確認しにきたのだが、本人は集中しているようだし、うっとりと耳を傾けるのだめも、きっと真一の演奏から感じ取るものがあるはず。


 今、邪魔をするのは得策ではアリマセンネ?


 マエストロは一人頷くと、二人に気づかれないように、そっとレッスン室の前を離れた。









 「マエストロ!」


 背後から、呼び止める声がかかる。


 「おや? これはマツダクンじゃアリマセンカ? ちょうどよかった。今夜、これから六本木のキャバクラ、ドウデスカ?」


 「……マエストロ、伺いたいことがあるんです」


 軽口にも答えることなく真剣な表情の幸久に、シュトレーゼマンも思わず表情が引き締まる。


 「ナンデショウ? ワタシに答えられることデスカ?」


 「千秋のピアノで、ピアコンをやるって……本当ですか?」


 「ああ、そのこと……そのつもりデスヨ?」










 遡ること数時間前。


 その日、授業が終わって校内を歩いていると、聞き覚えのある外国人訛りの日本語に背後から呼び止められた。


 「マツダクン、お久しぶりデス」


 呼びかけに振り向くと、そこには連れ戻されたはずのシュトレーゼマンがいた。


 「マエストロ……戻っていらしたんですか?」


 「はい、ちょっとやり残したことがアッテネ。ついては、キミが前からやらせて欲しいと言っていたSオケの副指揮者、お願いしたいのデスガ、構いまセンカ?」


 「は、はい!喜んでお引き受けします。でも……千秋は?」


 「チアキには指揮から外れてモライマス。彼には彼のやるべきことがアリマスカラ……」









 Sオケの副指揮者から千秋が外されて、俺が任せられた。


 マエストロの気まぐれなのか、理由はわからないけど……俺だってチャンスさえ貰えれば、それなりに自信がある。


 これから徐々にアピールして……マエストロに認めてもらうのも夢じゃない。


 千秋には悪いけど……このチャンスは絶対にものにしてみせる! そう思っていたのに。


 マエストロからの指示で、Sオケメンバーのもとに向かい、自己紹介をして……そこで聞いたのは千秋がマエストロの指揮でピアコンの演奏をするという事実。


 俺は理解してしまった。


 シュトレーゼマンが選んだのは千秋だということを。


 気がつけば夢中で走りだしていた。


 やっと見つけた巨匠にその事実を確認してみれば、飄々とそのつもりだと答える。


 「何故ですか? なぜあなたは……千秋にそこまでなさるのですか?」


 「……人にはそれぞれ役割というものがアリマス。あえて言うならば、ワタシの将来にはチアキが必要だし、チアキが前に進むためにもワタシが必要。それだけのコトデス」


 「マエストロ……俺にもあなたのお力が必要です。チアキに決める前に、俺にもチャンスをいただけませんか?」


 「……これは決して、チアキがマツダより優秀だとか劣るとか、そういう事ではないノデスヨ?
 チアキもマツダも、どちらもとても優れた才能を持ってイマス。ワタシが選ぶとか選ばないとかの問題ではなく、ネ。
 さっきも言ったように、人には人の役割がある。そして、マツダクン、キミにも。
 そもそもアナタは、ここに留まっている必要はナイデショ? どんな理由であったかは別として、そろそろ自分のいるべき場所に戻られたらドウデスカ?」









 幸久は、シュトレーゼマンの温情あるようでいて、厳然と自分を拒絶する答えに、何も言い返すことができず、俯いて黙り込む。


 ドイツでの退屈な日々にうんざりしていたところに、日本の友人から聞いた千秋がシュトレーゼマンの弟子になった≠ニの噂。


 久しく思い出すことのなかった、その音高時代の同級生は、自分がいくらムキになって対抗心を燃やしても、気にするそぶりすら見せなかった不愉快な男。


 その男の鼻をあかしてやろうと帰国したけれど……その実、自分が何をするべきなのか、目的意識は持たないままで。


 でも、今は……。


 「……本気になってしまったんデスカ?」


 「えっ……」


 「チアキのことは本当はどうでもいいのデショウ?
 今、アナタをここに引き留めるものがあるとすれば……あの子デスカ?」


 「……マエストロ、お引止めして申し訳ありませんでした。失礼します……」


 幸久は青ざめた表情で、シュトレーゼマンのもとから立ち去る。


 「ノダメチャンも罪な女の子デスネ。
 マツダには可哀相デスガ、ノダメチャンとチアキもまた、お互いを必要としているのデスヨ……」


 十分な経験と知恵を持つものだけが知る、残酷なまでの真実に、老紳士は疲れたように首を振り、若者の背中を見送った。








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