芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 38






 二人きりになった部屋で、しばらく言葉もなく時間が過ぎる。


 なにか言わなければと焦るほど、言葉は出てこなくて。


 「松田先輩のピアノ……凄かったデスね」


 「うん……圧倒された」


 ようやく二人が交わした言葉は、先ほどまでこの部屋にいて、突然凄い演奏をして嵐のように去っていった松田のこと。


 昨夜の続きがしたかったのに、完全にタイミングを失ったような気がする。


 でも予定は予定だよな?


 のだめは、どう思ってる?


 「あのさ……このあと、予定では俺たちデートする約束だったんだけど……お前、予定通りでも構わねーか? もし、日を改めたほうがいいなら……」


 「は、はいっ! の、のだめは大丈夫デスよ? よ、予定通りでっ!」


 「そ、そうか? じゃあお前さえよければ、そろそろ……」


 「は、はいっ! のだめ一度、部屋に戻って支度してきマス。あの、どんな格好すればいいデスか?」


 「えっ? えーと……いつも通りでいいよ」


 「は、はいっ! す、すぐ戻りマス!」


 少し緊張した様子ののだめに、こちらまで緊張してくる。


 服装のこと気にしてたけど……俺も少し、気合い入れたほうがいいのか?


 一応、初めてのデートだもんな……ジャケットくらい着るか……。


 真一はのだめを待つあいだ、自分も寝室のクローゼットを覗き込み、のだめとの初デートに向けて、身支度を整えはじめた。

 







 かちゃ。


 「お待たせしまシタ……」


 ドアの開く音がして玄関を覗き込めば、いつもより少し大人びた格好をしたのだめが、恥ずかしそうに佇んでいた。


 「あ、今行く」


 ジャケットを羽織り、財布と携帯、煙草にカギを持ち、玄関に向かう。


 ブルーに白と水色の小花がプリントされたシフォンのワンピースは、柔らかな質感がのだめによく似合っている。


 襟ぐりと袖口はきゅっとリボンで絞られギャザーが寄せられていて、ふんわりと広がるAラインのシルエットが可愛らしい。


 足元はめずらしく踵にストラップの華奢なサンダル。


 手には小ぶりなハンドバックを持って。


 そこには、俺が今まで見たことのない女の子≠ネのだめがいた。


 「可愛いな、今日ののだめ」


 「むきゃ……ありがとデス」


 照れて頬を赤らめたのだめは、さらに可愛くて。


 くそ。最初からやられっぱなしかよ、俺。


 「じゃ、いこっか」


 「はい、今日はよろしくお願いしマス」


 「こちらこそ」


 知り合ったばかりのような、ぎこちない会話のやりとりをして、俺はのだめのうしろからドアを開け、のだめを先に行かせる。


 のだめに続いて部屋の外に出れば、少しだけ西に傾いた日差しがのだめに柔らかに降り注いで。


 俺は期待に高鳴る胸を抑えるために、大きく息を吸って足を踏み出した。









 「どこに連れて行ってくれるんデスか?」


 「うん、ちょっと遠出する。俺の地元」


 「ふぉ? 千秋先輩の地元ってどこデスか?」


 「教えてなかったっけ?」


 「はい……」


 「横浜。行ったことある?」


 「ふぉぉ! 横浜、初めてデス!」


 「そっか。横浜はいいぞ? 俺がいろいろ案内してやる」


 「はいっ、お願いしマス! のだめ楽しみデス!」


 そういってのだめは嬉しそうに笑った。
 








 JRの石川町駅についたころには、だいぶ日も西に傾いていた。


 西洋館が建ち並ぶ、異国情緒溢れる山手本通りを進む。外国に来たみたいデス!≠ニいって無邪気に喜ぶのだめが可愛い。


 並んで歩く俺たちの影はだいぶ長く伸びていて、外人墓地を抜けるころには、夕日が眩しくのだめを照らしていた。


 のだめのカフェオレ色の髪の毛や頬をオレンジ色に染めて。


 俺は眩しさに目を細める。


 山手本通りの坂を上りきると、日没の迫る港の見える丘公園≠ヨ到着。


 まずは横浜港とベイブリッジを見渡せる展望台へ。


 「ふぉぉ! あれ、ベイブリッジデスか?」


 「うん。もうすぐ日没でライトアップするから、綺麗な夜景が見れるぞ?」


 あれがマリンタワー、みなとみらいに……氷川丸が泊まってるの見える? あっちは本牧、コンテナ埠頭で……とのだめに解説をしながら、夜景待ちをする。


 徐々に暗くなり、ライトアップが美しくなるころ、俺は園内の奥にあるベストスポットにのだめを連れて行く。


 かれこれ30分くらいは歩き通し、立ちっぱなしだから、疲れただろうのだめをベンチに座らせて。


 ここは木が周囲をさえぎってくれて、かつ正面にはベイブリッジが望めるベストスポット。


 「ほら、正面見てみ?」


 「ほわぉ……ブルーのライトが綺麗デス……」


 オレンジ色の横浜港の中に、ブルーにライトアップされて浮かびあがるベイブリッジ。


 うっとりと眺めるのだめに、連れて来てよかったなと思う。


 「気に入ってもらえた?」


 「はい……とっても素敵なところデスね、横浜。
 どうりで、オシャレな先輩が育つわけデスよ」


 「ぷっ。なんだよ、それ。
 夜景を堪能したら……お前はそろそろ腹ごしらえが必要じゃねーの?」


 「もー! 先輩ってばヒドイデス!
 のだめ、せっかくロマンチックなムードに浸ってるのに……ぎゃぼっ!」


 ぐー。


 「くっくっくっ……身体は正直だな?」


 「……もうっ! 先輩のイジワル!」


 思わず鳴った腹時計に、顔を真っ赤にしたのだめが可愛くって。


 ちょっと拗ねて膨れたのだめの手を引いてベンチから立ち上がらせると、そのままイキオイで手を繋いで歩きだす。


 「先輩……」


 「なに?」


 恥ずかしいから、のだめの顔は見ないで返事をした。


 「えと……なんでもないデス」


 「うん……旨いもの食べさせてやる」


 先ほどまでとは、がらりと雰囲気の変わった、ライトアップされた外人墓地を通りすぎて、山下町方面へ向かう。


 「横浜でごはんっていったら、中華街?」


 「それはまたの機会にな。今日は、俺が昔から通ってるところ。
 小さい店だけど、腕の立つ料理人がいるから、きっと気に入ると思う」


 「むきゃ。馴染みの店ってやつデスね?
 楽しみデス!」


 手を繋いで歩くのにも慣れたころ、目的地に到着した。


 裏通り、通りから地下に下りると、古びて薄汚れた店構えに、のだめが少し驚いているのがわかる。


 「ここは……レストランなんデスか?」


 「いや。ジャズクラブ……かな?」


 俺はのだめを安心させるために笑顔で答え、店のドアを開けた。
 








 ぶわんっ。


 真一が店のドアを開けた途端、ジャズのメロディが流れ込んできた。


 遅れて、グラスと氷の立てる音、人々が小声でささやきあう声などの、クラブ特有の音も聞こえてくる。


 真一は慣れた様子で、のだめの手を引きながら狭い店内を進む。


 十席あまりのテーブルに、店の奥には小さなステージ。


 ピアノとドラムセット、ベースのピアノトリオジャズ。三人のプレイヤーで小さなステージはぎゅうぎゅうづめの状態。


 真一は、一つのテーブルの前に背を向けて立つ、男の肩をとんとんと叩く。


 振り返った男は、ハーフだろうか? 日本人離れした彫りの深い顔立ち。


 薄暗い店内でも目鼻立ちがはっきりとわかる、美しい顔立ち。くっきりとした切れ長の瞳が真一をとらえた瞬間、大きく見開き、同時に口ひげをたたえた口元も、驚きにあんぐりと開く。


 「真一……か?」


 「お久しぶりです」


 「一年ぶりくらいか? え? もしかして女の子連れてンの?」


 男は、真一の後ろに立つのだめの顔を覗き込んだ。


 「音大の……後輩です」


 久しぶりの真一の登場と、女の子を連れていることの二つに一瞬驚いていたものの、男はあっという間に満面の笑顔になり、そのたくましい両腕で真一を抱きしめる。


 「元気だったのかよ? 来てくれて嬉しいぞ!」


 「ぐえ! ちょ……オーナー、苦しいって……」









 真一がオーナーと呼んだ男は、二人を空いているテーブルに座らせると、自分も断りもなく席につき、のだめに話しかける。


 「えーと……キミは……」


 「はじめまシテ! 千秋先輩の音大の後輩の野田恵デス! のだめって呼んでくだサイ!」


 「のだめちゃん、はじめまして! 俺はこの店のオーナーの秋生。アキオさんって呼んでくれる?」


 「むきゃ? アキオサンデスね? よろしくデス!」


 「真一のことは、高校のときから面倒みてんだよー。
 のだめちゃんは、真一の彼女? 痛っ! なにすんだよー!」


 真一に向こう脛を蹴飛ばされ、秋生は顔をしかめる。


 「なんだよー! 久しぶりの再会に、それはねーだろ?
 お前が女の子連れてくるなんて初めてだから、気になるだろ?」


 「うるさい……。そんなこと気にしなくていいから、なんか作ってもってきてよ?」


 「ったく……適当でいいのか? のだめちゃん、好き嫌いとかある?」


 「この店はオムレツとスープがうまいんだよ。
 のだめは生トマトがだめ。それ以外は大丈夫だよな?」


 「お前に聞いてんじゃねー。のだめちゃん、生牡蠣食べられる?」


 「むきゃ? 生牡蠣大好きデス!」


 「よし、じゃあいい牡蠣が入ってるからそれと、あとは適当でいいな?」


 「俺、ミネストローネ飲みたい」


 「はいはい。のだめちゃんはスープは何がいいかな? 生トマトが嫌いなら、ミネストローネもだめ?」


 「トマト味のスープは大好きデス! のだめもミネストローネ、いただきマス!」


 「了解。じゃあ、ゆっくり楽しんでいってね」


 「はい! ありがとデス!」









 人懐っこい秋生が店の奥に戻って行く。


 「ちょっと待ってて? なんか飲みたいものある?」


 「えと……お任せしマス。でも、アルコールはあんまり強くないやつで」


 「了解」


 真一は、秋生の消えた店の奥に慣れた様子で入っていくと、両手にグラスを持って戻ってきた。


 「はい、どうぞ」


 「ありがとデス」


 薄暗いテーブル席に二人きり。


 「とりあえず……乾杯しよっか?」


 「はい。先輩、今日は素敵なところに連れてきてくれて、ありがとございマス」


 「うん。のだめこそ、付き合ってくれてありがとう。
 じゃあ、乾杯」


 「カンパイ!」


 真一はビールを、のだめにはモヒートを、ラム少な目で。


 ジャズのメロディに、クラブ独特の雰囲気。


 気がつけば、先ほどから真一は柔かい微笑を浮かべて、のだめを真っ直ぐに見つめている。


 のだめは慣れない雰囲気と、大人っぽいムードに飲み込まれて、すっかり緊張してしまっていた。


 「せ、先輩がジャズって……意外デスね?」


 「そうか? 結構好きなんだよ。

 音高の時、バイオリンやってただろ?
 毎日、朝から晩までクラシック漬けだと、たまに煮詰まるから……。
 ここに来て、リフレッシュさせてもらってた」


 「ぎゃぼ……高校生が来てもいいんデスか?」


 「まぁ……まずいだろうな」


 そういって真一は少し笑って、また優しい微笑みを浮かべると、のだめを見つめる。


 はう……さっきから先輩が、ずっとのだめを見つめてるカラ、緊張しちゃいマス。


 こういう雰囲気のお店にいても、千秋先輩はしっくり馴染んでいて、大人の男性って感じで素敵デス。


 のだめ……ドキドキしちゃって……おなかがすいてたはずなのに、そんなことも忘れて……。


 のだめはどうしていいかわからず、うつむいてモジモジと両手でバッグの取っ手をもてあそんでいた。
 






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 横浜デート、香水の経験はそれこそ100万年くらい前ですから、記憶も曖昧です(笑)
 でも、ロマンチックな山手本通りはよく覚えています。
 書いていて、こちらまでドキドキして、すんごく楽しい!
 デートって素敵! 香水も真一クンとデートしたい!
 ちなみに……香水の初デートは銀座で試写会デートでした。
 見た映画が思い出せない(爆)