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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 37 幸久は自室のキッチンで、マカロン作りにいそしんでいた。 本当はこの時期、マカロン作りはしないんだけど……まぁ、今日の湿度なら、俺様ほどの腕前をもってすれば無問題だろう? 粉糖とアーモンドプードルを合わせる。 うん、この油分だと……メレンゲの卵白は少し多めに。 メレンゲをしっかりと泡立てる。様子を見ながら、グラニュー糖を何度かにわけてメレンゲに入れる。 今日のメレンゲも完璧だ。先ほど合わせた粉糖とアーモンドプードルと混ぜる。 これが柔かくなりすぎると、マカロンはぺったりと薄っぺらくなってしまうから、この瞬間が一番緊張する。 ココア、ピンク、グリーンの三色の生地を完成させ、天板に等間隔で絞ってゆく。 柔かすぎず、硬すぎず。ぽてっと丸いボタンのような三色の生地が天板に美しく並ぶ。 生地を乾燥させる間にクリームを作る。クレーム・オ・シトロンをアレンジして、ココア味にはブランデーを、ベリー味にはラズベリーの粒を、ピスタチオ味にはクラッシュしたナッツを入れて三つの味を用意。 しっかりと表面が乾いた生地を確認し、高熱に温めていたオーブンで焼いていく。 ひび割れもなく、ぷっくり可愛く焼きあがったマカロンに満足すると、いったん冷ましてクリームでサンドする。 一晩寝かせたマカロンは、クリームと生地がしっかりと馴染んで、しっとり、ふかっと程よい柔かさになるはず。 幸久は大好きなスイーツ作りと、その出来のよさに大満足し、幸せな気分で眠りにつくのだった。 翌朝、窓から降り注ぐ日の光で目を覚ます。 今日も快晴。目覚めもよく、ベッドから起き上がる。 身支度を整えていると……ん? 千秋? 携帯に真一から着信が入る。 「もしもし? 松田だけど」 「千秋だけど……起こしちゃったか?」 「いや、ちょうど起きたとこ。なんだ?」 「うん……今日のことなんだけど……」 「なんだよ? もうマカロン作っちゃったからな! キャンセルとか許さねーぞ!」 「いや、それはわかってる……食事をさ、ランチに早めさせてもらえないかと思って……」 千秋ってば先制攻撃したいんだな? 先に攻められようが、俺のマカロンの勝利は確実だ! 「くっくっくっ……かまわねーけど?」 「ありがと……助かる。朝早く悪かったな」 「ん、気にすんな。じゃあ、昼ごろ行けばいいんだな?」 「うん、よろしく」 「え? 蕎麦?」 「……悪いか。一応手打ちだぞ」 「ふぉぉ! のだめお蕎麦大好きデス! 先輩、お蕎麦まで打っちゃうんデスね? しゅごい!」 「た、大したことねーよ……」 照れて頬を赤らめる真一と対照的に、不機嫌になる幸久。 「へぇ……手打ちか。いただきます……」 シンプルな白い皿に敷かれたざるの上には、やや白っぽい色の蕎麦のみが盛られている。別の器には、かき揚げ、ししとうなどのてんぷらが彩りを添える。 「ふぉ! しっとりとして、ほどよく腰もあって……とっても美味しいデス!」 「これ……つなぎは何?」 「山芋をちょっとだけ入れてみた」 「……旨い」 「……どうも」 悔しいが、千秋の手打ち蕎麦は確かに旨かった。 でも……勝負はまだ決まったわけじゃねー! 昼食を終え、綺麗に片付けられたテーブルに幸久は一つのボックスを乗せると、自ら効果音をつけて蓋を開ける。 「じゃぁーんっ!」 「むっきゃぁーーーーっ! マカロン天国ーーー!」 ボックスの中には、三色のマカロンがぎっしりとカラフルに並んでいた。 「千秋先輩、早くはやくっ! 松田先輩のマカロン、すごいデスよ!」 キッチンで飲み物を用意していた真一が、のだめに急かされて覗きにくる。 「……すげーな、松田。お前、パティシエになれるんじゃねーか?」 「スイーツ作りは俺の癒しだ。俺の将来は世界を股にかけるイケメン指揮者って決まってんだよ? 千秋、俺エスプレッソな?」 「……のだめは紅茶でいいか?」 「お願いしマス! はうー! 松田先輩、食べてもいいデスか?」 「どうぞ? 恵ちゃん、好きなだけ食べていいよ?」 「むっきゃぁーーーー! マカロンパーティー最高デス!」 マカロンなんて、女子供の食べるものだと少し馬鹿にしていたが、松田のつくったマカロンは甘さ控えめな生地が香ばしいアーモンドの風味を生かしていて、それぞれの味に合わせたクリームも手抜きがなく、洗礼された大人のスイーツに仕上がっていた。 程よい柔らかさで生地はふかっとした歯ごたえ、舌触りとも完璧で、申し分ない。 ほろ苦いココア味にブランデー風味のクリームがサンドされたマカロンは、甘いものがあまり得意ではない俺にも満足な味。 のだめはさっきから奇声をあげながら、大喜びで三色のマカロンをローテーションしてる。 「のだめ、いい加減にしとけ。腹こわすぞ?」 「だって……ふがふが……ほろ苦ココアと甘酸っぱベリー、香ばしいピスタチオをローテーションしてると、全然飽きないんデスよ!」 松田は、そんなのだめの姿を見て、満足気に微笑んでいる。 「恵ちゃん、気に入ってくれた?」 「ふぁい! すっごく!」 「じゃあさ、ご褒美にお願いがあるんだけど」 「ふお? なんデスか?」 松田は、俺を見つめながら、お願いとやらを切り出す。 「ピアノをね、聴いてほしいんだ」 「ピアノ? 誰の演奏デスか?」 「ん? 俺の。千秋、かまわねーだろ?」 松田が挑戦的な目で俺に尋ねる。 「か、かまわねーけど……」 コイツ、一体なに考えてんだ? 松田がピアノチェアに腰掛ける。 俺もコイツのピアノは数えるほどしか聴いたことねーけど……かなり上手いことは確かだ。 うっすらと微笑みを浮かべ、目を閉じたまま深呼吸すると、松田は両手を鍵盤に静かにおいた。 一瞬、空気がしんとなったかと思うと、松田は両目をかっと見開き、力強くメロディーを奏ではじめる。 流れてくるのは、ベートーヴェンのピアノソナタ第二十三番。通称「熱情」で知られる、ダイナミックで情熱的なメロディー。 俺たちは一気に松田のピアノの音に引き込まれてゆく。 叩きつけるような感情の中にも、せつなさが溢れるような情熱的なピアノ。緩やかな旋律の第二楽章には意外な甘さもあって……切れ目なく唐突に主題が回想され、激情の第三楽章に一気になだれ込んだ。 約二十分間の演奏。松田は弾きおえるとピアノチェアに座ったまま、俺たちのほうに向き直って得意げに笑った。 「ブ、ブラボー……」 凄かった。圧倒された。 テクニックはもちろんだが、魂が込められた……とでもいうのだろうか、渾身の演奏にあっというまに引き込まれた。 隣ののだめを見れば、ぽーっとして放心状態のようだ。 言葉もなく、ただ呆然と口を開けたまま、松田を見つめるのだめに向かって、アイツは表情も変えずに言った。 「野田恵、俺はお前が好きだ」 「「えっ……」」 突然の告白。 なんだ? これはなんの冗談だ? 呆然として言葉の出ない俺とのだめに松田が言葉を続ける。 「恵ちゃんとは、まだ出会ってから少ししか経ってないけど、会うたびに驚かされてた。 無邪気な笑顔とか、包み込むような優しさとか。 いつの間にか、可愛いなって、気になってて。 それに、恵ちゃんのピアノ。 この前聞かされた悲愴≠フ演奏がずっと耳から離れなくて。 俺は、あれからずっと夢中でピアノを弾いてた。 いつのまにか俺の中には恵ちゃんのピアノが棲みついてて。 それで気づいたんだ、俺は恋に落ちたんだって」 「……えと……あの……」 熱情≠フ演奏同様、情熱的な松田からの告白。 突然のことに、どう答えればいいのかわからないのだろう、のだめが言葉に詰まっていると、松田は立ち上がって言う。 「驚いたよね? まぁ、驚かせようと思ってやったんだけどさ。 今日はさ、俺の気持ちだけ伝わればいいんだ。恵ちゃんに俺のこと、意識してほしいから」 「えと……それはどういう……」 「恵ちゃんの心の中には、今は誰かがいるかも知れないけど、これからは俺のことも恋愛対象として意識してほしい。 まだ出会ったばかりだから、今、そいつと勝負しても負けるに決まってるからさ」 そういって松田は俺のことを見る。 「決してふざけた気持ちじゃないから。それをわかってほしくて、俺の今の気持ちをさっきの演奏に込めた」 がたっ。 ピアノチェアを元に戻し、鍵盤を軽く拭き取って蓋を閉じると、松田は俺の前まで来て立ち止まる。 「千秋、悪かったな。でも、お前にも俺の決意を伝えたかったから」 それはつまり……俺の気持ちにも気づいてるってことか。 「……わかった」 あんなピアノ聴かされたら、納得するしかなかった。 音高時代はつっかかってくるばかりで苦手に思って避けてたから、俺はコイツのことをよく解ってなかったのかもしれない。 こうして音楽を正面から聞けばわかることがある。 それはコイツの気持ちが、決してふざけたものじゃないってこと。 「じゃあ、俺帰るわ。恵ちゃん、驚かせてごめんね。 でも俺、本気だから」 がたん。 松田が去ったあとの部屋は、嵐が過ぎ去ったかのように静寂に包まれていて……。 くそ、出鼻くじかれた……。 38へ> |