芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 31






 はぁ、俺はやったぞ……。


 千秋真一は中庭のベンチにぐったりと身体を横たえた。


 公演前日に演奏のやり直しを宣言して、徹夜でSオケの英雄≠作り上げた。


 メンバーも頑張ってくれたけど、俺も切れずによく頑張ったよな?


 それに……音楽が波のように押し寄せる中、全身で感じながらタクトを振るのは、すげー気持ちよかった。


 笑い声混じりだったけど……たくさんの拍手、歓声をあびる指揮台の上からの景色は最高だった。


 やっぱりオーケストラはいいな……。


 真一は心地よい達成感と疲労感の中で、興奮して高ぶった感情から封印されていた睡魔に少しずつ浸蝕され、ベンチの上で意識を明け渡そうとしていた。


 たかたか……。


 「千秋せんぱーい!」


 遠くから駆け寄り、自分を呼ぶ声が聞こえる。


 この声は、のだめか……くっくっくっ、寝たふりして近づいたところを脅かしてやるか?


 真一は、徹夜明け演奏後ハイテンションのため、普段なら思い付きもしないような子供っぽいいたずらを思い付き、心の中でほくそえんでいた。


 「あれ? 千秋先輩? 寝ちゃってマス?」


 近づいてきたのだめが真一を覗き込み、確認するように声をかける。


 くっくっくっ……寝たふり寝たふり……。


 のだめが諦めて背を向けたところで、一気に起き上がって声をかけるんだ。


 驚くだろうな、くっくっくっ……。


 「ふぉ……完全に寝ちゃってマスか?」

 







 Sオケの公演が無事に終りまシタ。


 千秋先輩が頑張ったから、大成功でシタ!


 Sオケの英雄は、カコよくてとっても楽しい演奏でシタ。


 オケを導く千秋先輩もすっごく素敵で……。


 先輩の背中、飛びつきたくてドキドキ!


 はうん、またまたフォーリンラブでシタよ?


 のだめは先輩に一言、お疲れサマとおめでとうございマスを言いたくて……。


 先輩はどこでショウ?


 校内を探していたら……ぷぷぷ、ベンチでお昼寝デスね?


 徹夜だったから、眠いデスよね?


 ふぉ……千秋先輩の寝顔、ギザカワユス!


 そして、徹夜明けで疲れて、ちょっとケダルイ感じが……はうう、フェロモンむんむんデス……。


 のだめは、そぉっと真一の寝顔に顔を近づける。


 「先輩? 千秋先輩? 寝ちゃってマスか?」


 のだめが真一の耳元で囁く。


 「……起きないと、のだめ、チューしちゃいマスよ?」









 真一は必死で狸寝入りを決め込んでいた。


 のだめ、結構しつこいな?


 早く諦めて俺に驚かされろ!


 うわっ、や、やめ……み、耳元で囁くな(ゾクゾクッ)


 ……ん?


 チュー?


 ……えっ! チューってのはあれか? ききき、キスのことか?


 ま、まさかな? のだめがこの俺にキスするなんて、ありえないよな?
 








 のだめの唇が、真一の顔に近づく。


 かすかな息遣いが真一の頬をくすぐる。


 「……先輩? のだめ、チューしちゃいマスよ?」


 甘い香りがふわりと鼻腔をついたと思った瞬間、なにかやわらかいものが真一の頬に触れた。


 ちゅっ。


 のだめは瞳を閉じたまま、真一のちょっと体温の高い滑らかな頬の感触を唇で感じると、そっと唇を放した。


 「むきゃっ! チューしちゃいまシタ! 先輩には内緒デス……おやすみなサイ!」


 たかたか……。


 のだめが走り去る足音が遠ざかっていく。


 「……嘘だろ……」


 真一は狸寝入りのまま起き上がることもできず、悶々とその身体をベンチに横たえていた。









 のだめの唇が俺の頬にふれる。


 少しひんやりとして、湿っていて、柔らかくて……マジか?!


 今この瞬間、あののだめの可愛い唇が、俺の頬に触れてるのか?


 とても長い時間に感じる。


 真一は恐る恐る薄目を明けてみる。


 どっきぃーーーんっ!


 瞳をとじたまま、少し唇を尖らせたのだめの顔が、超至近距離に……。


 ドワーーーーーッ!(徹夜明けハイテンションのため、いつもより多めに出ています)


 だめだ、刺激が強すぎる……。


 のだめの唇が離れるのを感じ、真一は慌てて目をとじる。


 ……ってか、なんでだ?


 そのキスの意味は、一体どういう意味なんだよ……。


 小悪魔の残したキスは、真一を混乱と興奮の渦に突き落とす。


 大きな睡魔を抱え込んだまま、真一は眠ることも動くこともできず、中庭のベンチに横たわっていた。









 この様子を、ひっそりと見つめる男が二人いた。


 その一人、シュトレーゼマンは、その光景にすべてを悟り、すこし困ったような表情を浮かべた。


 「なるほど、そういうことデスカ……どうしたもんデスカネ?」


 もう一人、中庭の離れたところで見守っていたのは松田幸久。


 その光景に彼は、高校時代の苦い出来事を思い出していた。









 桃ケ丘音楽大学付属高等学校、音楽科。二年生の冬。


 それはバレンタインデーのことだった。


 「平日のバレンタインはいいよな? 回収率も高いし。
 去年は日曜日だったから、渋谷ハチ公前とか呼び出されて、死ぬ思いだったし……(失神して1時間のロスタイム)」


 この日、幸久の独自調査によれば、桃ケ丘内におけるバレンタインチョコゲット対決は幸久34個に対し真一28個で、大勝利を収めた幸久は大変機嫌がよかった。


 「ひひひ……ちょっと千秋くんのこと、からかっちゃおうかな?」


 幸久はバレンタインの勝者として、その勝敗の結果を思い知らせてやろうと、校内で真一を探していた。


 と、日ごろ人気のない楽器倉庫の前を通りかかり、扉が少し開いているのに気づく。


 中に人の気配を感じ、好奇心旺盛な幸久はそっと扉を開け、気づかれないように部屋の中に入り込む。


 すると、並べられた楽器ケースの隙間から、女子生徒を壁に押し付け、顔を寄せる男子生徒の背中が見えた。


 あれは多賀谷彩子と……千秋!


 幸久は優秀な聴覚を使って、ひそひそ話をする二人の会話に聞き耳をたてる。


 "どうせ甘いもんなら、チョコよりこっちのほうがいい……"


 "くすくす……もう真一ってば……"


 彩子が瞳をとじると、背を向けている真一の顔が彩子の顔に重なる。


 がーんっ!


 俺の(予定)彩子が……ち、千秋と……いつのまに?!


 二人が付き合っていることを、今の今まで知らなかった幸久は、未来日記に描いた予定が、ガラガラと音をたてて崩れていくのを感じた。


 くそっ!


 アイツ、なんなんだよっ?!


 こんな目に遭わされるなんて……バレンタインチョコをアイツより多くもらったからって、一体何になる?









 なんでいつも……千秋ばっかり……!


 ボロボロになるだろうと期待していたSオケの演奏も、予想を覆す好演で、幸久の予定通りにはならなかった。


 Sオケの演奏を聴いた巨匠は、体調不良を訴え早々に降板。


 あやうく幸久が代わりに振ることになりそうだったが、こんな最初から観客のブーイングがわかっているような代振をやらされてたまるかと、副指揮者の座を狙っていた大河内に押し付けて逃げてきたのだ。


 千秋……野田恵だけは、なんとしてもお前から勝ち取ってやるからな!


 松田幸久は黒オーラをめらめらと纏い、中庭のベンチで悶々と寝転がる千秋を睨みつけるのだった。






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