芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 30






 休日の午後。


 松田幸久はやむを得ない事情により、東京は渋谷にやってきていた。


 音高時代の恩師が演奏会をするため、断りきれずにやってきたのだが……。


 会場までは自宅からタクシーに乗ってなんとかやってきた。


 演奏会が終わり、恩師に挨拶をすると、打ち上げの食事会に誘われたがなんとか理由をつけて断り、会場の外に出るとすぐにタクシーを拾い飛び乗る。


 "さっさと家に帰ろう……こんな危険な場所、早く立ち去らなければ……"


 自分が今いる場所に苛立ち、元来の俺様な物言いがさらに高飛車になり、タクシー運転手から怒りを買い、"学生のガキが生意気なんだよっ!降りろっ!"とタクシーから下ろされてしまった。


 下ろされた場所は……ひぃぃぃっ!渋谷駅前、スクランブル交差点。


 前から、右から左から……たくさんの人・人・人が波のように幸久に向かって押し寄せてくる。


 さまざまな種類の音が幸久の敏感な耳を刺激する。


 青ざめる顔、身体はガクガクと小刻みに震え、冷や汗が流れる。


 "だ、だめだ……"


 苦痛のあまり、倒れそうになったその時だった。


 「ふぉ……松田先輩?」


 "そ、その舌足らずな喋り声は……野田恵?"


 声の主に振り返り、なんとか笑顔をつくって、言葉を返そうとした瞬間。


 くらっ……。


 幸久は膝から地面に崩れ落ち、しゃがみこんでしまった。

 







 「……ぱい、松田先輩?」


 幸久は、のだめからの呼びかけに、失いかけていた意識を取り戻す。


 しゃがみこんだ態勢から、なんとか立ち上がろうとするが……。


 くらっ。


 「ぎゃ、ぎゃぼっ!」


 倒れそうになったところを、のだめに支えられて、なんとか踏みとどまる。


 「大丈夫デスか?顔真っ青デスよ?」


 「う、うん……ちょっと風邪気味で熱があって……」


 「そんな体で外出なんてしちゃ、だめじゃないデスか?
 松田先輩、お家はどこデスか?一人で帰れマス?」


 「家は……桃ヶ丘の近く。
 悪いんだけど……タクシーを呼んでもらえるかな?」


 のだめは通り沿いまで松田をひっぱってゆき、タクシーをつかまえると、松田を詰め込んだ。


 「じゃあ、のだめはここで……ぎゃぼっ!」


 松田の手が、のだめの腕をつかむ。


 「行くな……」


 弱弱しい声で懇願する松田の顔は真っ青で、本当に具合が悪いようで、いつものような俺様な態度はなりを潜めている。


 「でも……」


 「頼む……もうちょっとだけ……」


 松田先輩、本当につらそう。
 これは……隙をつくってるとかの問題じゃないデスよね?


 困ってる人を助けるのは……人としてあたり前デス!


 のだめはタクシーに乗り込む。


 横に座る松田は、本当に具合が悪そうだ。


 「先輩?つらかったら、のだめにもたれかかってもいいデスよ?」


 「うん……ありがとう」


 がくん。


 松田は頭をのだめの肩にもたれかけ、目を閉じる。


 タクシーが松田の自宅に向かい、走りだした。
 








 幸久は人込みが大の苦手だった。


 音高進学のために上京したものの、生まれ育った故郷は山と海に囲まれた穏やかな場所で、音と言えば波や風の音だけ。


 お祭りのときなどはたくさんの人が集まるところを目にするが、どの顔もよく知る顔ばかりで……。


 上京してからも、満員電車や人込みが嫌で、学校の近くに下宿して、極力人込みは避けて通した。


 どうしても移動しなければならないときは、タクシーを使う。


 渋谷・新宿・池袋……大量の雑音、たくさんの人で賑わう大きな街はできるだけ近づかないようにしていたのだが、今日のようにやむを得ず来なければならない場合もあり……。


 しかも、先ほどのようにタクシーから突然、渋谷のスクランブル交差点に放り出されるといったアクシデント。


 幸久はひさしぶりのたくさんの人と大音量の雑音にショック状態に陥ってしまった。


 たまたま通りかかったのだめには、本当のことは言えず、思わず熱があるなんて言ってしまったけど……。


 地獄で仏とはこういうことだな。


 幸久はタクシーの中で、柔かいのだめの身体に持たれ、安心感に包まれて意識を手放した。
   








 「松田先輩?お家につきまシタよ?」


 気がつけば、ぐっすり眠り込んでいたようだ。


 支払を済ませ、タクシーの外に出る。


 「ふぉぉ……のだめと千秋先輩のお家からも、結構近いデスね?」


 「へぇぇ……(知ってるけど)
 じゃあ、送っていかなくても帰れる?」


 「ぷぷぷ……松田先輩、のだめの心配なんておかしいデスよ?
 具合が悪くて、送ってもらったくせに……ぷぷぷ」


 「え?ああ……そうだな。
 助かったよ、どうもありがとう」


 「イイエー?困ったときはお互い様デスよ?」


 にこっ!


 コイツ……ほんと無邪気に笑うよな……可愛いな……っておいっ?!


 何考えてるんだ俺……。


 そんなことより……この機会に一気にたたみかけるか?


 「あの……お礼もしたいし、よかったら俺の部屋、寄っていかない?」


 「ふぉ?松田先輩のお部屋デスか?」


 「う、うんっ、ちょうど田舎から旨いお菓子も届いてるしっ!」


 「むきゃ?美味しいお菓子デスか?」


 「う、うんっ!エチオピア饅頭に土佐日記、アイスクリンもあったなっ!」


 「むう……どれも美味しそうで、とっても惹かれますけど……。

 だめデス!のだめ、好きでもない男性のお部屋には上がれまセン。
 せっかくのお誘いデスけど……。

 ごめんなサイ(瞬殺)」


 「あ、そう……」


 俺は作戦が失敗した悔しさより、なんだか野田恵とこのまま別れなければならないことが寂しくて……。


 はぁ?さびしい?この俺が?


 ふ、ふざけるなっ!こんな……ちんちくりんでアニメオタクの貧乏音大生なんて……この俺の相手になるわけが……。


 「ふぉ?松田先輩、帰国してから一人ぼっちでさびしいんデスか?
 熱もあったら心細いデスよね……」


 やばい。俺、寂しそうに見えたんだろうか?


 同情されるなんて……カッコ悪いよな?


 「はぁぁ?俺がさびしいなんてこと、あるわけねーだろ?
 ちょっと電話すれば、看病に来てくれる女なんかやまほどいるんだよっ。

 うっとうしいから呼ばねーだけだ……」


 「そデスか。
 でも、もし寂しかったらいつでも声かけてくだサイね?
 のだめ一人では来られまセンけど……。
 千秋先輩と一緒に来ますから。

 じゃあ……のだめ、帰りマスね?」


 「う、うん……今日はありがとう。
 マジで助かった」


 俺は、笑顔で手を振って去っていく野田恵を、複雑な思いで見送った。


 千秋と一緒に……か。


 なんだか胸がざわつく。


 この気持ちは……なんだ?









 定期公演前日。


 「え、演奏を全部変えるぅぅぅ?!」


 ざわっっ。


 「うん、悪いんだけど。
 今までのことは、すべて忘れてくれ」


 「はぁぁぁっ?!
 忘れろって……公演、明日だぞ?」


 「うん、今日1日でやり直す。
 ごめん、俺の勝手で振り回して。

 でも……絶対今よりよくなるから……。

 コンマス、頼むよ」


 ち、千秋が俺に頼むって……。頭を下げてる……。


 「よっしゃー!なんだかわかんねーけど、やり直しだぁーーーーっ!」


 「峰が最初に言ってたみたいな……今回はイメージも大切にしてみようと思う。
 あのままじゃ駄目だけど、俺なりに考えてきたから……。

 じゃあ頭から!テンポ微妙に速く!」









 やっぱ巨匠はすげーな。


 あんな放置プレーだったのに、きっちり公演には間に合わせてきた。


 くそ、Aオケ、ちっとも振らせてもらえなかった。


 でも……ボロボロのSオケと巨匠のAオケ対決。


 巨匠にきっちり、千秋のことは立ち上がれないくらいに沈めてもらおう。


 くっくっくっ……。楽しみだな、明日の定期公演。





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