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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 29 Sオケの演奏がまともになった。 楽譜どおり、俺の指示通りに皆が弾けてる。 でも何か違和感を感じる。 あれ? 誰も俺を、指揮を見て……ない? 気持ち悪い……音に酔った? クラッ。 真一はめまいを起こし、指揮台にしゃがみ込む。 「おい、千秋!大丈夫か?」 バタバタと俺の周囲にメンバーたちが駆け寄って来て、取り囲まれた。 「だ、大丈夫。ちょっと音に酔っただけだから……」 俺を心配して、労る言葉を口にするメンバーの言葉を聞きながら、ああ、ボイコットされたわけじゃないんだと安心する。 「演奏に夢中になって、指揮なんて全然見る余裕なくて……」 「私もっ!気がつかなくてごめんなさい!」 「とにかく千秋はもう今日は帰って休めよ、な?」 「千秋様、そうしてください?」 「え?大丈夫だって。時間もないし……」 ホールの後ろから、騒ぎを聞きつけたのだめが走り込んできた。 「先輩、だめデス!無理は禁物デスから、今日は休んでてくだサイ!」 「じゃあ、千秋はマスコットガールに任せて、俺達はもうちょっと練習しよう!」 「え、おい……」 峰たちに有無を言わさず追い出され、のだめと二人、ホールを出る。 「なぁ?俺大丈夫だからさ、皆もまだ練習してることだし……。少し休めば……」 「先輩ってば、オケのことが気になるんデスね? じゃあ、のだめレッスン室でピアノ弾いてますから、先輩もそこで休んでマス?」 学校内にいれば、何かあっても対応できるか? 「うん、じゃあそうする」 ひさしぶりに、のだめと二人でレッスン室に向かった。 松田はひさしぶりに、レッスン室でたっぷりとピアノを弾きこんでいた。 千秋のSオケはあの様子じゃ、どんな演奏になるかは目にみえてるし、俺は自分の勉強に集中すればいいよな? ピアノを弾くのは好きだし、自信もある。 松田はひさしぶりに集中してたっぷりピアノを弾き、気分よくレッスンを終了させた。 がちゃ。 レッスン室を出ると、ほかの部屋からの音が漏れ聞こえてくる。 まったく、どいつもこいつもなっちゃいねーな。 明らかに自分よりレベルの低い演奏に気をよくして足を進めていたが、ふとある部屋の前で松田の足がとまる。 なんだ?この演奏は……。 聞こえてきたのは、ベートーヴェン交響曲「英雄」。 Sオケが定期でやるやつか? これ、ピアノ1台で……弾いてるのか? すごい! 曲の解釈はめちゃくちゃだけど……オーケストラのような多彩な音、迫りくる迫力、個性的な演奏に圧倒される。 一体、どんなやつが弾いてるんだ? 好奇心からドアのガラス窓を覗き込むと……。 「!」 あれは、千秋の好きな……野田恵? 松田はレッスン室前の廊下に立っていることも忘れ、のだめの演奏に夢中で耳を傾けていた。 千秋は本当にずるい! なんでアイツばっかり……。 俺が魅力を感じで、欲しいとおもうことは、いつもアイツの手の中にあるんだ。 松田は悔しさに、今まで真一から味わされた苦い過去の出来事を思い出して、無意識に両手のこぶしを強く握りしめていた。 中学3年、あとは卒業式を残すばかりとなった春。松田幸久は、高校進学のため上京を控え、その興奮に胸を踊らせていた。 "松田、音高はいーぞ? 男子は女子に比べて少ないから、もうアイドル並みの待遇でさぁ。 彼女なんて、選び放題だぞ!" 同郷で、同じように東京の音高に進学した先輩から聞いた、音高生活。 幸久は、音高の合格を知ってから購入した、革表紙の分厚い日記帳をひらき、薔薇色の音高生活を夢見ながら、未来日記をしたため始める。 "音高に入学した俺。 上京し、すっかり垢抜けた俺は学校はもちろん、近隣の他校女子からも注目の的。 まずピアノでコンクール一位をとり、全国の音高生徒たちの羨望の的になる。そして、俺は音高のマドンナを彼女に。 もちろん出身も育ちも東京、山の手の良家のお嬢様で、美人で頭がよくて音楽の才能があって……できれば俺のわがままを笑ってゆるしてくれる、優しい子がいいな。" 胸を期待に膨らませて迎えた入学式。 確かに女子8に対して男子2の黄金比率。 しかし、注意深く周囲を見渡してみると、数人ずつの女子グループがそわそわと噂する視線の先には、その後の幸久のライバルとなる、千秋真一がいたのであった。 桃ヶ丘音楽大学付属桃ヶ丘高等学校、音楽科。 女子人気を二分する、男子生徒が二人。 明るくお調子者で、彼のいるところには常に賑やかに人が集まる華やかな存在の松田幸久に対し、物静かで憂いがあり、独特のオーラで常に一目を置かれる存在の千秋真一。 女子生徒は松田を支持するユッキー派と、真一に憧れる千秋派に分かれ、事あるごとに対立していた。 対決で事ごとく千秋を打ち負かせていく幸久。 熱狂する女子生徒。 しかしなぜか幸久の胸は晴れない。 それは、どんな勝負にも真一への対抗心むきだしな幸久に対し、真一はまったく幸久などまったく眼中にない様子であったから。 そして、音高のマドンナ、彩子が恋人として真一を選んだ事……。 千秋真一、お前のせいで……。 俺の未来日記が……予定通りにいかねーんだよ! 目障りなんだよ、消えちゃえばいいのに! 真一はレッスン室の中で、いかづちにうたれていた。 のだめが"この曲、いい曲デスよね"といって奏ではじめた「英雄」 鮮やかなのだめの音色によって再現される独特の世界に真一は衝撃をうけていた。 そうか、あいつら皆、のだめと一緒なんだ。 個性的で決して上手いとは言えないけど、人をひきつける魅力ある演奏。 「のだめ、俺……帰って勉強したいんだけど」 「ふぉ?いいんデスか?」 「うん……お前のピアノ聞いてたらイメージが浮かんできて……。 早く帰って形にしたいんだ」 「むきゃ?千秋先輩、元気になってきまシタね?」 「え?」 「さっきまで死相が出てまシタから」 「おい……」 「じゃあ、急いで帰りまショウ! のだめ、またおにぎり作りマスよ!」 「2つ、3つでいいからな……16個とか絶対食えねーから」 「ふぉ?そんなんじゃお腹すいちゃいマスよ?のだめは8個なんデスから、せめて先輩は10個以上は……」 「お前は俺にかまわず8個食っていいから……」 がちゃ。 レッスン室の扉をあけ、おにぎりの数をめぐり、のだめとのボケとツッコミを繰り返していた時だった。 「よっ、千秋!」 「げ、松田……」 「ふぉ?ひとさらいサン……」 「恵ちゃんってばヒドイなー!ひとさらいはないんじゃない?」 「めぐっ……」 真一は、松田の口から飛び出した"恵ちゃん"との呼びかけに絶句した。 なんで松田が……いつのまにのだめのことを……。 「お前、いつのまに松田と知り合いに?」 「ふお?松田さん?知り合いなんかじゃないデス! この前この人、Sオケの練習をスパイしようとしてたので、のだめ阻止しようとしたら、この人が"自分は千秋の音高の同級生"だって! すっごく怪しかったデス!」 「おい……千秋、頼むよ。ちゃんと俺のこと紹介してくれよー!」 「えっ?!」 「ふぉ?この人、本当に千秋先輩の同級生サンなんデスか?」 そうだけど……そうなんだけど……音高時代から事あるごとに俺にむきになって対抗してくる松田には……できればのだめのことは紹介なんてしたくねーんだけど……。 真一が躊躇していると、松田はそんな真一を挑発するようにたたみかけてくる。 「なんだよ千秋、もったいぶんなよー! あ、もしかして俺に紹介なんかしたら、取られるんじゃねーかとか、警戒してんの?すげー執着だな? てゆーか自信がねーのか、自分に」 そういって松田は楽しそうに笑う。 このまま紹介しないと余計面倒なことになりそうな気がして、真一は事務的に松田を紹介する。 「のだめ……コイツ、松田幸久。音高の同級生。 これでいいか?俺たち急ぐから……」 「まーまー、そう冷たくすんなよ? せっかく俺が帰国して再会できたってゆーのに、お前飲みにも誘ってくれねーんだもん。俺はさみしーよ……」 「ふぉ?先輩、それはいけまセンね?お友達とは仲良くしないと!」 「と、友達なんかじゃ……」 「ほんと、千秋ってそういうとこ照れ屋なんだよなー! 俺のこと好きなくせにー!さ、飲みにいこっか?」 「いやマジで今日は俺は……」 「そっか!じゃあ恵ちゃんだけおいでよ、俺が旨いもんご馳走してあげるよ?」 「えと……美味しいものデスか?」 「そうそう、肉でも寿司でもなんでも……」 のだめは魅力的な誘いにかなり心が揺らいでいたものの、先日の彩子からの忠告を思い出し、すんでのところで踏み止まる。 「ご、ごめんなサイ。のだめは行けまセン……」 「なんで?」 「えと……好きでもない男性とはお食事には行けまセンので。 ごめんなサイ」 よしっ!のだめ、よく言った!(真一、心の中でガッツポーズ) 「じゃあ松田、そういうことだから……また日を改めて……俺が一緒のときだったら、のだめも誘ってくれてかまわねーから……」 ふーん、野田恵ちゃん、そんなこと言うんだ? 誘いを断ることは断ったけど、相変わらず隙だらけだよ? 俺、今ので火がついちゃったよ。 本気で君のこと、千秋から奪ってあげるからね。 幸久は、仲良く並んで去ってゆく二人の後ろ姿にむかって不敵な笑みをうかべ、心に誓うのだった。 30へ> |