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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 26 その日、Sオケの練習に行くと、俺を待っていたのは意外な人物だった。 「よ、千秋!」 「え?松田?」 音高の同級生。 長い付き合いだが、はっきり言って、腹では何を考えてるのか、よくわからない奴。 実力もあるし、俺と同じ指揮者志望で、ドイツに留学してたはずなのに……。 「もーさぁ、あんまり退屈だから帰ってきちゃった、ドイツ。 桃ヶ丘に復学したからさ、またよろしく頼むわ!」 「え?留学やめちゃったのか?もったいないな……」 「まぁ、海外なんていつでも行けるし。ドイツはもう懲りたから、次はパリあたりがいいなー」 ムカッ! コイツ、俺が海外行けないことわかって言ってんな? 「そ、そうだな。松田にドイツって似合わねーよな……(負け惜しみ)」 「それにしても驚いたよなー! 千秋、苦手なピアノを必死で頑張ってるのかと思ったら、オケ振っちゃってるんだもん。余裕だな?」 カチンッ! 確かに松田のピアノは音高一だった。 ヴァイオリンなら負けねーけど、ピアノは完敗だった。 「ピアノは今でも続けてるし……(これといって返す言葉がみつからず)」 「それにさぁー、千秋っていつも暗くて友達一人もいなかったのに。なに?友達できたんだ? あの金髪のヴァイオリン下手なコンマスとか、もじゃもじゃのオカマちゃんとか……」 「は……?」 コイツもしかして、俺のこと挑発してる? 別に峰や真澄に義理はねーけど……。 「……てめーにそんなこと言われる筋合いじゃねーだろ?」 真一は指揮台から降り、椅子に腰掛ける松田の前まで歩み寄ると、思い切り上から睨みつける。 「あ?なに?怒っちゃった?」 椅子にすわったまま千秋をにやけ顔で見上げる松田。 一触即発の様子の二人の間に、峰が慌てて割って入った。 「お、おい千秋やめよーぜ?ほら、練習しねーと時間もねーし……」 もう一度松田を睨みつけ、指揮台へ戻っていく真一の背中に、松田の人を食ったような口調がふりかかる。 「千秋くーん、見学させてもらってもいいよねぇ?」 「……邪魔するなら帰れよ?」 「あ?俺が千秋くんの邪魔なんてするわけないじゃーん? なんか感じわりーなー!」 くそっ。こんな奴、構ってる余裕なんてねーのに。 「……練習始めます……」 なかなか納得いくレベルに達しないSオケの演奏に、真一はさらにイライラをつのらせる。 「金管、音あってねー!もう一回!」 「くっくっくっ……。千秋、大変だなー!」 一人楽しそうな松田の野次が飛ぶ。 ムカッ! やめろ千秋真一。 挑発に乗ったら負けだ。 あんな奴、無視して音楽に集中しろ。 松田の見下したような態度。最悪の空気の中、さらにオケの音はひどくなってゆく。 結局、満足いく演奏はできないまま、練習を終わらせるしかなかった。 「前途多難だな、千秋。頑張んないと、痛い目にあっちゃうよ?」 「……」 めきっ! 松田の高笑いを背中に聞きながら、真一は返す言葉もなく、手の中の指揮棒をへし折ることしかできなかった。 「なんなのよっ、あの松田とかいう男!千秋様のこと、挑発しまくって!きぃーーーーー!」 「……なんだか、目の敵って感じだったよな?」 真澄と峰はふたり、いつものように裏軒にいた。 真一のことも誘ったのだが、そんな気分じゃないと断られてしまった。 「音高の同級生っていってたな?」 「指揮科なんでしょ?」 「うん。でもドイツに留学してて桃ヶ丘には戻ったばかりだから、みんなよく知らないって……」 「なんか、千秋様と因縁でもありそうよね……」 「うん……しかもハンパねー感じ?」 松田はSオケの練習場をあとにして、ニヤニヤとほくそ笑んでいた。 シュトレーゼマンの弟子になったなんていっても、所詮は学生オケ1つ任されただけじゃねーか。 しかも、とびっきりの下手くそばっかり集めた、最悪のオケ。ああ、それでSオケか? 定期に出るらしいけど……。 あんな調子で千秋にまとめられんのか? シュトレーゼマンになんとか近づいて取り入って……。 千秋がやっと手に入れた小さな王国、奪っちゃおうかな? うん、俺って天才。 定期まで2週間。 第2楽章に入ったのに、正指揮者がこない。 巨匠からの指示がない。 オケのやつらは、ろくな演奏もできないくせに、くだらねーことばっかり考えつきやがって! 変なヤツがうろついて俺を挑発するし……。 孤立無援。 エロじじい……携帯も電源切ってやがる……。 こうなったら……。 「やっぱり……あんたは本当に毎晩、こんなことしてたのか……」 「チアキ……」 以前、連れて行かれそうになった六本木のクラブ。 まさかと思って訪ねてみればやっぱり……。 「あれぇ?千秋じゃねーか!」 「え?松田?」 シュトレーゼマンの傍らで、慣れた様子で場を仕切り、盛り上げる松田。 「なんだよ?おぼっちゃまも夜の世界のお勉強か?」 「俺はジジイに用事が……」 「あら?こちら松田くんのお友達? 美青年じゃなーい?しかも、松田くんと違って、擦れてない感じ?」 「ほんと!松田くんって若くて見た目は可愛いけど、中身はミルヒーと一緒だもーん。 きゃー、こっち座って!」 「お、おい……酒……」 くっくっくっ……。 飛んで火にいる夏の虫だな? 頼みもしないのに、そっちから来てくれるなんて。 マエストロもなかなかの曲者で、こうして毎晩遊びに付き合ってったって、のらりくらりとかわされてオケのオの字も出てこなかったけど……。 なんにも知らないおぼっちゃまが、しっかりマエストロのハーレム、踏みにじっちゃってくれて……。 あのマエストロの顔……相当あたまにきてるに違いない。 この分じゃ……千秋くんの小さな王国、簡単に手に入っちゃいそうだな? 「宣誓ぃー! ワタクシは本日よりSオケを脱退し、Aオケに専念することを誓いマス!」 「はぁぁ?!」 「あの、マエストロ?それはどういうことで……」 「チアキはワタシのハーレムを土足で踏みにじりマシタ。 決して許すことはデキマセン。 これは復讐デス! 定期公演で対決して、チアキに恥をかかせてヤリマス!」 「おい……」 「千秋、どういうことだよ……」 「……」 言えない、本当の理由が。 Sオケのメンバーはなんだか知らないけど盛り上がって、打倒Aオケなんていってるけど……。 はぁ……どうしたらいいんだ?このオケ。 どういうことだよっ! 千秋がマエストロを怒らせたから、副指揮者の座は俺のもんだと思ってたのに……。 あのエロじじい、おかしいだろ?方向が。 学生の素人相手に、指揮で対決って……。 勝って当たり前の、出来レースじゃねーか。 子供かっっ?! でもまぁ……こんな最悪のオケ、ほしくもねーし。 このままシュトレーゼマンに恥をかかせてもらえばいいか? くっくっくっ……。おぼっちゃま、泣いちゃうかな? ぱぁーーーんっっ! 「う、うわっっ、な、なんだ?!」 「千秋先輩、Sオケ正指揮者就任、おめでとうございマス!」 「はぁ……それって目出度いのか?」 鬱々と部屋に帰れば、さっそくメシをねだりにきたのだめは、お祝いだと言う。 「おめでたいじゃないデスか〜。 千秋先輩の指揮者人生が幕を開けたんデスよ! Sオケはもう、千秋先輩のものデス、ゲハ」 「あんまり嬉しくねーんだけど……」 「なに言ってるんデスカ!腐ってもオケデスよ?」 「やっぱ腐ってんのか……」 「えと、そじゃなくて……。 指揮者になるのが千秋先輩の夢デショ? じゃあ、夢に向かって一歩踏み出したじゃないデスかー。 それって、幸せなことデショ?」 「え……」 顔を上げると、満面の笑みで俺を見つめる、のだめの顔。 きゅーーーーんっ。 「そ、そうだな……。 とにかくオケが振れるんだ。 俺は……俺がやれる精一杯のことをすればいいんだよな?」 「当然デス! さ、そうと決まればゴハンにしまショウ! のだめ、おなかペコペコデス……」 「え……メシ?めんどくせーな……」 「だめデスよー!ゴハン食べないと、美しい音楽も生まれまセンよ? そだ、今日はのだめが作りマス!」 「え……お前メシなんて作れんのかよ?」 「おにぎりなら失敗したことありまセン!任せてくだサイ!」 「ぷっ!おにぎりって……料理じゃねーだろ?」 「先輩、キッチン貸してくだサイ!」 そう言って、のだめは嬉しそうにキッチンに向かうと、鼻歌を歌いながら米を研ぎ始めた。 しょうがない。今日はのだめに免じて鬱々と悩むのはやめておくか? のだめの鼻歌を遠くに聞きながら、総譜を広げた。 定期公演まで、あと2週間。 27へ> |