芒果布甸/Mango pudding



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ボーイ/ミーツ/ラッキー☆ガール 07






 楽しい時間はあっという間に過ぎて。


 でも、彼女は帰りがけ、食事のお礼を言うと、こう言った。


 「これからは、ガッコのどこかで待ち合わせをして、レッスン室に行きまセンか?

 そうすれば……今日みたいに待ちぼうけになったりしないし。

 あ、携帯番号とメアド。交換しまショウ!」


 「う、うん……(めちゃめちゃ嬉しい)」


 「いいデスかー?送りマスよー?」


 「うん……」


 ぴっ!


 赤外線なんていう無機質なものを通して、俺の携帯に彼女の携帯番号とメールアドレスが届いた。


 「じゃあ明日、授業が終わったらメルしマスね?」


 「うん、待ってる……」


 靴を履いて玄関を出た彼女を追って、俺も玄関から廊下に出る。


 「隣なんデスから、見送りなんていいデスよー」


 「いやっ、なんかあったらいけないしっ。
 ちゃんと部屋に入ったところ見届けないと、心配だしっ(マジ)」


 「ぷっ。千秋先輩ってば、心配性なんデスね?

 でも……うれしいデス」


 「うん……じゃあ、おやすみ」


 「今日はごちそうさまでシタ。
 おやすみなサイ、また明日」


 ばたん。


 彼女が、となりの部屋のドアに消えていくのを、不思議な気持ちで見送った。


 2年間、俺たちは隣り合わせて、名前も顔も知らずに、生活していたんだな……。


 やっぱりこれは……運命なんじゃねーか?









 がちゃん。


 1人で戻る部屋。


 見慣れた自分の部屋が、なんだか今日は色鮮やかに見える。


 テーブルの上に並んだ二つのカップが、彼女がさっきまでこの部屋にいたことを思い出させてくれる。


 「……」


 テーブルの上を片付け、風呂に入る。


 バスタブに浸かりながら、今、彼女は隣の部屋で何をしているのだろうと考えをめぐらす。


 「風呂……入ってたりして……」


 もわーん。


 いやいやいや、俺!


 だめだろ?のだめ先生に対して、そのような破廉恥な妄想をするなんてっ!


 パチパチっ!


 真一は、両手で自分の頬を叩き、熱を冷ます。


 ああ、それにしても……今日はいろいろ進展があったよな?


 これからは都合がつく限り、彼女を部屋に誘って、一緒に夕飯を食べよう。


 学校帰りに待ち合わせして、ピアノを弾いて……一緒に帰れるよな?


 そうだっ!一緒に帰りながら、その日の夕飯の相談なんかして……スーパーで一緒に買い物なんかして……。


 もうそれは、恋人同士のように……。


 恋人同士……いつかなれるのだろうか?


 どうしたら、彼女に俺のことを好きになってもらえるだろう?


 一緒に食事もしたし、携帯番号もゲットしたし急速に近づいてる俺たちだけど……。


 お友達って言われたし、躊躇なく部屋に上がれるってことは、俺は彼女にとって男として意識されてないってことだよな?


 クラっ。


 果てしない恋の悩みに想いを巡らせすぎ、真一は生まれて初めて風呂でのぼせてしまった。


 とにかく明日だ、明日また彼女に会える……。


 壁一枚隔てた隣室に恋しい女性の存在を感じながら、真一は幸せな眠りにつくのだった。









 "千秋先輩、のだめデス。授業が終わりまシタ。
 先輩は?今、どこデスか?"


 のだめから真一の携帯に初めてのメールが届いた。


 "俺も授業終わった。今、中庭のベンチにいる。
 どこに行けばいい?"


 ぴっ!


 速攻で返信する。


 実は今日、午前授業だけで、午後は授業がなかったんだけど……彼女に逢いたいからずっと校内で時間を潰していたなんてことは……絶対に秘密だ。


 "のだめデス。今、中庭に向かってマス。待っててくだサイ"


 "了解。急がなくていいから、気をつけて"


 "ぷぷぷ。千秋先輩ってば、お父さんみたいデス。のだめ子供じゃないですよ(笑)"


 えっ!お、お父さんみたいか……(鬱)


 なんて返信を返そうかと考えているうちに、彼女が中庭にやって来てしまった。


 「千秋せんぱーいっ!」


 彼女は今日も、可愛い清楚系のワンピース。


 無邪気に走りながら、俺に手を振っている。


 やばい、嬉しすぎて、顔がにやける。


 確かにこの愛しさは、愛娘を思う父親にも通じるのかもしれない。


 お父さんみたいでも、なんでもいい。


 彼女の近くでこの笑顔を見つめていられるなら。


 俺は彼女の眩しすぎる笑顔に目が眩みながら、軽く手を振ってこたえた。









 空いているレッスン室に入ると、彼女は早速ピアノチェアーに腰掛け、窓辺に立つ俺に向かって言う。


 「昨日美味しいお料理をご馳走してもらったお礼に、今日は千秋先輩のリクエストに応えマス」


 「え……リクエストしてもいいの?」


 「はい……。でもレパートリーはあんまりないので、弾けるものであればデスが」


 彼女はそういって指慣らしをしながら、俺に微笑みかける。


 ああ、君の弾いてくれるものなら、なんでもっ!とは思うけど、やっぱりここは彼女の心意気に応えるべきだろうな。


 「じゃあ……ショパンなんてどう?」


 彼女ほどのテクニックを持っていれば、どんなショパンが聞けるか、楽しみだ。


 「ショパンデスか……」


 彼女は鍵盤を見つめて考え込んだ後、顔をあげ"じゃあ、いきマスよ"と声にした。


 その表情は、俺が見たことがないのだめで。


 無表情……ではないけど、頬は青白く、瞳は遠くを見つめるように焦点が合っていない。


 俺は初めて見る表情に、なんだか背筋がぞくぞくとした。









 うわ……これは……。


 聴こえてきたのはショパンのエチュード、10の4。


 鍵盤の上を、のだめの細く長い指が、踊るように、超高速スピードで滑る。


 ただでさえ難しいこの曲をこのスピードで弾くのか……。


 ただの練習曲なのに、のだめの奏でるピアノは鬼気迫る迫力と個性で、聴く者を圧倒する。


 やっぱりだめだろ、幼稚園の先生になったら。


 のだめはピアニストになるべきなんだ。


 俺のエゴなんかで、コイツのピアノを埋もれさせるべきじゃない。


 俺はこの時、自分がこの日本でできるのは、のだめにピアニストを目指すように導くことではないかと思った。


 おこがましいかもしれないけど、俺にはのだめというダイヤの原石を見つけた責任があると思ったんだ。









 「ブ、ブラボー……」


 演奏が終わり、俺は思わず、のだめのピアノに拍手を送っていた。


 そんな俺に、のだめは放心状態で、応える様子がない。


 「のだめ……どうした?」


 「……この曲、久しぶりに弾きまシタ。指は覚えてるものデスね……」


 「そんなふうには思えなかったよ。すごい迫力だった。
 やっぱり……のだめのピアノはすごいよ」


 のだめは相変わらず心ここにあらずといったふうで、ぼんやりしたまま弱々しく微笑むと、小さな声で"ありがとございマス"と答えた。


 暫くの沈黙のあと、のだめがいつもの調子で話しだした。


 「そだ!今、谷岡センセと作ってる組曲があるんデス!子供のための紙芝居なんデスけど、弾いてもいいデスか?」


 「う、うん……」


 ピアノからは楽しく弾むような旋律が流れてきて、それはいつもの楽しいピアノだったけど、今の俺には先ほどのショパンの衝撃が残っていて、のだめには悪いけど、上の空で聴いていた。


 なんとかしてやりたい、それだけを考えながら。






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 うん、恋って素敵(はぁと)

 希望を失っていた真一クンに、新たな目的が生まれました。
 でもそれは、自分の気持ちは犠牲にすることになるかもしれなくて……うう、健気な子やぁー(泣)