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俺は今、人生で最高に幸せかもしれない。 生まれて初めて、携帯の待ち受けをカスタマイズした。 もちろん待ち受けの画像は、俺の愛娘、蕾(つぼみ)の写真。 必要もないのに、携帯をたびたび見てしまう俺がいる。 自分以外の存在が、こんなに大切で、愛しくて……。 こんな気持ちになるなんて、蕾が生まれてくるまで、想像することもできなかった。 La Vie en Rose 前編 蕾ちゃんは、もうすぐ4ヶ月になりマス。 のだめのおっぱいをいっぱい飲んで、順調に成長していマス。 生まれて1ヶ月は、おっぱいを上げるのも、おむつを替えるのも、お風呂に入れるのも、お着替えをするのも、何をするのも慣れないことばかりで、大変でシタ。 蕾ちゃんも、うとうと寝ているかとおもうと、すぐに起きてしまってはぐずって泣いていることが多くて……。 でも、のだめは蕾ちゃんが何で泣いているのかわからなくて……。 のだめは1日中、蕾ちゃんのお世話に追われるだけの、無我夢中の1ヶ月でシタ。 最初の1週間は征子ママが、そのあと2週間はヨーコが来てくれて、のだめはとっても心強かったデス。 真一クンがどうしても客演で2週間、留守にしなければならなかったので。 ヨーコが帰国するのと入れ違いで真一クンが帰ってきてくれた日、のだめはおもわず真一クンに抱きついて泣いてしまいまシタ。 「真一クンっ!うぇっ、うぇん……」 「ど、どうした?蕾になんかあったのか?」 「……蕾ちゃんはやっとさっき寝付いてくれたところデス……。 真一クン……、2週間ぶりに自宅に戻って、心配するのは泣いてる妻より蕾ちゃんデスか……」 「……いや、そういうことじゃなくて……」 「もーいいデスっ!のだめ、今日は蕾ちゃんと寝ますカラ、真一クンは1人で寝てくだサイっ!」 「の、のだめさん?あの……、美味しい呪文料理つくりますから……」 真一は、慌ててご機嫌をとるために愛しい妻のあとを追い、たっぷりと抱きしめて心を込めた長いキスをすると、演奏旅行の疲れもとれぬまま、キッチンにこもるのであった。 「可愛いな……、ほら見てみろ?この手……。 ピアノかな?それともヴァイオリンかな?」 「もうー、真一クンってば気が早いデスよ? まだスプーン一本だって持ってないんデスから……」 早めに夕食を済ませて、なかなか起きてこない我が子を、夫婦でベビーベッドを挟んで見つめる。 「ふ、ふぇ……」 「あ、蕾ちゃん、おっきデスか?おっぱいかな?」 のだめは慣れた手つきでまずおむつを取替え、手を消毒するとソファーに移動して蕾におっぱいをやり始めた。 「……胸、すごいことになってるな。小玉すいかか?」 「もう肩がこっちゃって大変なんデスよ? あ、そうだ真一クン、あとで肩もみしてくだサイ」 「……」 「なんデスか?……あ、だめデスよ?のだめのおっぱいは今、蕾ちゃんのものなんデスから。真一クンはしばらくお預けデス」 「はぁ……、わかってるから、いちいち言うな……」 俺はかれこれ、どのくらいのだめに触れてないんだ? 考えるな、千秋真一。よけいに辛くなるぞ……。 真一は、愛しい我が子が妻のおっぱいに吸いつくのを、羨ましく恨めしそうに見つめ、そっと溜息をこぼした。 蕾が1ヶ月を過ぎると、入浴は俺の仕事になった。もちろん、仕事で留守にするときは無理だが、それ以外は可能な限り。 俺が先に入り、身体を洗い終えると、のだめに声をかけ、蕾を連れてきてもらう。 「はい、蕾ちゃん、パパとおぶちゃんデスよ?よかったデスね」 バスタブにつかった状態で裸にされた蕾を受け取る。 俺は、赤ん坊が女の子だとわかったとき、誓ったことがある。 それは、なんとしても風呂好きな娘に育てること。 風呂嫌いの不潔な女と関わるのは、一生に一度で十分だろ。 「どうだ蕾、お風呂は気持ちいいだろ? 入浴は、身体を清潔に保つことだけではなく、身体を温めることによって、副交感神経を活発にしてだな……」 「もぉー、真一クンってば、蕾ちゃんにそんな難しいウンチクを並べても、理解できるわけないじゃないデスかー」 蕾は、生後まだ1ヶ月だというのに、風呂に入れてやると、とても気持ちよさそうに微笑む。 「ほ、ほらっ!のだめっ!見てみろ、蕾が笑ったぞ! かっわいいなぁ……、これが本当の天使の微笑みだろ?」 「それはデスねー、新生児微笑といって、赤ちゃんが成長の過程で行っている顔の筋肉運動なんデス。たまたまそう見えてるだけなんデスよー」 「ふっ……、お前、悔しいからってそんなウンチク並べたりして……。 見苦しいぞ?蕾のファーストスマイルは俺様のものだ……」 「はいはい、そうデスね……」 ふっ、真一クンってば、親ばかまっしぐらデスね……。 のだめは、出るときは声をかけてくだサイ?と言い残すと、撮り溜めているプリごろ太ビデオをこの隙に見てしまおうと、リビングへと向かった。 蕾ちゃんは、2ヶ月を過ぎると、すっかり昼夜のリズムがついたみたいデス。 うとうとしては起きて1日中泣いて困らされていた、あの1ヶ月間が嘘のように、とってもおりこうさんで、新米ママののだめはとっても助かってマス。 夜、おっぱいをあげて蕾ちゃんが寝付くと、一度、夜中に起きておっぱいをあげるだけ。だから、夕食後はひさしぶりに夫婦水入らずのラブラブタイムができまシタ。ゲハ。 「真一クン、蕾ちゃん、ねんねしまシタ。 だから、こっちに来て妻とイチャイチャしてくだサイ?」 「……イチャイチャって、どんなことだっけ? どうしてほしいんだ?言ってみろよ……」 「もうっ……真一クンのいぢわる……」 真一クンは、とってもいぢわるデス。 でも、のだめにいぢわるするときの真一クンって、とっても嬉しそうでえっちで、のだめ実は大好きデス……。 「ママはいやらしいな……」 「あんっ、真一クン……」 こ、こんなところで、そんなことしちゃだめデス……、もうっ、のだめはもう1児の母なんデスよ……、真一クンってば、どうしてのだめが気持ちいいこと、わかっちゃうんデスか? ……はぅん。 そんな幸せで、慌しいけど楽しい日々。 蕾は順調に、すくすくと成長し、3ヶ月に入った。 その日俺は、マルレでの次の演奏会に向けて、事務所でコンマスたちと打ち合わせをしていた。 携帯に着信が入る。 はぁ……蕾は可愛いな……ぢゃなくてっ、え、エリーゼかよ……。 「ちょっと失礼……」 真一は打ち合わせの席から立ち、部屋から廊下に出ると、電話に出た。 「はい、千秋です……」 「ハーイ千秋。今日もちまちま蟻のように働いてますか?」 「……なんの用だ……」 「あらぁ?そんな言い方していいのかしら? せっかくフランス国立管弦楽団から客演の話が来てるのに……、断っちゃう?この話」 「お、おいっ!え、エリーゼさん、いつもお世話になってます……。 その話ぜひ、受けていただきたいのですが……」 「当然ね?妻が妊娠、出産で、うちの事務所としてはアンタのおかげで損失を受けているんだから、ここらで千秋もいい仕事をして、単価を少しずつでも上げていかないとね?」 なんでも、急なキャンセルによるピンチヒッターではあるらしいが、初めてフランスの国立でやれる! 千秋真一、男30歳。ここから俺の快進撃が始まる……!(松田さん風?) 真一は久しぶりに、テンションがありえないほど上がっていくのを感じた。 「ただいま〜!ご主人様のお帰りだぞっ!」 「ぎゃぼっ!ハイテンションなオヤジ真一……」 真一は、フランス国立管弦楽団からのオファー(ピンチヒッター)を受け、喜びのあまり、コンマスとテオを連れ街に繰り出し、ひさしぶりに気持ちよく酔っ払い帰宅した。 「うい〜、のだめどうした?大好きな真一様だぞ?抱きついてもいいぞ?」 「真一クン、お酒くさいデス……」 のだめにもたれかかって、足元のふらつく真一をベッドルームに運ぶ。 「俺様の可愛い蕾姫はどこだ?これから風呂に入るぞ」 「蕾ちゃんは、今日はのだめとおぶちゃんに入りまシタよ?今何時だと思ってるんデスか? とっくのとんまにおねんねしてマスよ?」 「……俺様に断りもなく、俺の楽しみを奪いやがって。 じゃあ、蕾姫とお話でもするかなっ♪」 真一は、のだめの制止を振り切り、ベビーベッドで穏やかに眠る蕾を強引に抱き上げる。 「ふっ、ふぇっ、ふぎゃぁーーーーっ!」 嗅ぎなれない強いアルコールとタバコの匂い、安らかな睡眠を邪魔する強引な行動に、蕾は火がついたように泣き出す。 「うわっ!ご、ごめんなっ、パパが悪かったでちゅー。 蕾ちゃん、お願いだから、泣き止んでくだしゃい? おい、のだめっ、なんとかしてくれっ」 「……のだめ、もう寝マス。真一クン、頑張ってくだサイ?」 「の、のだめさん?あ、あれ?寝ちゃうんですか?」 酔っ払って夜中に帰ってきたかと思えば、せっかく寝付いた蕾を起こされ、のだめは、貴重な自分の時間を奪った真一を許すことなく、1人ベッドルームに消えた。 ばたんっ!がちゃりっ! 「マジかよ……」 蕾の泣き声の中、真一の敏感な耳に、ベッドルームに冷たくかけられた鍵の音が届く。 自分の腕の中で、火がついたように泣く愛しい我が子を見ては、自分も泣きたくなる真一だった。 結局真一は、蕾を抱いてリビングをうろうろと1時間ほど歩きまわり、泣きつかれて眠ってしまった蕾をベビーベッドに寝かしつけると、リビングのソファーで長い足を窮屈に折って眠りについた。 「あう?」 翌日、リビングの大きな窓から差し込む眩しい朝日に目を覚まし、蕾の天使のような微笑に出会い、昨夜のことなどすっかり忘れて、可愛いわが子を抱きしめ、キスをする。 「蕾、おはよう。一緒にママを起こしに行こうな?」 「むっきゃあーーーー!すごいぢゃないデスかっ! いつデスか?のだめも行ってもいいデスよね? 蕾ちゃんもそろそろ、ベビーシッターデビューしたいし」 「急なキャンセルのピンチヒッターだから、あと2週間ちょっとしかないんだけど……。 そうだな、蕾もそろそろベビーシッターに預けて、お前だって復帰の準備しないとな? ちょうどいい時期に、いろいろよかったかもな」 昨夜のお詫びに、ふわふわのオムレツと炊き立てのご飯に納豆を用意する。 さらっとフランス国立管弦楽団からのオファーの話を切り出せば、のだめは自分のことのように大喜びしてくれる。 やっぱり家族っていいな。 「そんなわけで、俺もこれからちょっと大変だ。 1週間後にはリハーサルが始まるから、今週は集中して勉強しないと……」 「そですね……。 昼間は蕾ちゃん連れて、できるだけ外出しマス。 食事はどうしマスか?デリかなんか買ってきまショウか?」 「悪いな……。そうしてくれると助かる」 「了解デス!ちょうど、ニナがパリに帰ってきてるから、蕾ちゃんを見せにきてほしいって言われてるんデスよ。 ついでにベビーシッターのことなんかもいろいろ聞いてきマスね?」 「うん。俺はそんなわけで行かれないけど……。 ニナには電話でもしておく」 こんなとき、妻が同じ音楽家で、自分のことをなにより理解してくれているのだめで、本当に自分は幸せだと感じる。 「はぅん……、久しぶりの納豆デス……」 納豆ぐらいで大喜びの妻に愛しさを感じながら、真一は朝食を手早く済ませると、ピアノルームにこもり、1週間後のリハに向け勉強を始めた。 「ニナ!お久しぶりデス〜!」 「ノダメ!よく来てくれたわね。 まぁ、この子がツボミね?可愛いわぁー!もう3ヶ月になった?」 のだめは早速翌日、蕾をつれて、ニナ邸を訪れていた。 ニナに蕾を会わせるのは今日が初めてである。 妊娠中はニナにはいろいろとお世話になっていたので、早く真一と一緒に挨拶に来なければと思っていたのだが、なかなか真一とニナのスケジュールが合わず、今日まで先延ばしになってしまっていたのだ。 「真一クンも一緒に伺いたかったのデスが……」 「あら?真一からはさっき電話をもらったから大丈夫。大きな仕事が入ったんですって? ツボミちゃんは幸運の天使なんでちゅかねー!」 そう言って、ニナはツボミの頬をつんつんと両手の人差指でつつく。 「それに、真一の顔はもう飽きるほど見てるからいいのよー、私はツボミに会いたかったんだからっ♪」 そういうと、早くだっこさせて頂戴と、ニナはさっそくツボミをのだめから奪いとると、親戚のおばちゃん状態でご機嫌でリビングに向かう。 「がぼん……真一クン人気急下落デス……」 「今日はニナに折り入ってお願いが……」 リビングで美味しいスイーツとお茶をいただきながら、のだめが切り出す。 「あら?どんなこと?のだめの復帰のこと?」 「まぁ、それも遠からずなんデスが、真一クンに急な仕事のオファーがありマシて……。 1週間後にリハが始まるんデスが、フランス国立管弦楽団なので、真一クンの気合の入り方も尋常じゃなくて、準備やらなにやら大変で……」 「え?国立なの?まぁ……」 「……えと、何か問題でも?」 ニナの考え込むような表情に、のだめは不安を覚える。 「……まぁ、大丈夫だと思うけど……。 あそこのコンマス、ちょっとクセがあるっていうか……。 苦労人でねぇ、真一みたいに若くて、苦労なしみたいに見える子のこと、いじめることあるから……。 真一が苦労してないなんてことないし、あの子をよく知ってる人なら、どれだけ努力家なのかも知っているけど。 ほらあの子、父親が有名なピアニストでしょ?人間性は別として。 それにノダメ、あなたのこともパリじゃ知らない音楽家はいないから……。 そういうところも、コンマスは気に入らないかも」 「がぼん……。なんだかマルレの就任当時を彷彿させるような……」 ニナからは、とにかく1週間はうちに来るようにと勧められ、ベビーシッターもパリ在住の音楽家仲間に聞いてくれるとの返事をもらい、のだめと蕾はニナ邸をあとにした。 「蕾ちゃん、とにかくこの1週間はパパの勉強の邪魔をしちゃダメでちゅよ? 今日は美味しいチキンを買って帰りまショー」 後編へ> |