芒果布甸/Mango pudding



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 最近の千秋先輩はちょっと変デス。


 ほら、今日もさっそく定時連絡が入る。


 「……おはようございマス」


 「……おはよう。何してた?」


 「何って……今、朝の八時デスよ?」


 「う、うん……」


 「先輩の今日のご予定は?」


 「……一日リハーサル。お前は?」


 「コンサトの練習をして……。あ、ターニャとお買い物に行くかもデス」


 「そっか。気をつけろよ?」


 「……はーい。先輩もリハ、頑張ってくだサイ」


 「うん。じゃあ、また連絡する」


 ピッ。


 先輩に連絡もせずにロンドンでデビューして、ちょっとだけ一人旅をして。


 確かにあの時は先輩のこと避けてたケド……。


 のだめはちゃんと先輩の胸の中に戻ってきたんデスよ?


 なのに、あれ以来、先輩はのだめに毎日のように連絡をしてくるようになって……。


 今までの先輩は、用事もないのに電話なんてしてこなかったし、どちらかといえば放置されてたのに。


 「ふぅ。どーしたって言うんデスかね? 千秋先輩は……」
 





 Bon Voyage 前編






 「へぇー、あのチアキがねぇ。可愛いところもあるじゃない?」


 「可愛い……デスか?」


 のだめは買い物の途中、ランチをとるために腰を落ち着けたカフェで、最近の真一の様子について、ターニャに打ち明けていた。


 「そうよぉー、アンタのことが昼も夜も気になって、心配で連絡してくるんでしょ?」


 「心配……デスか?」


 「くっくっくっ……ほんと、ノダメがいなくなった時のチアキってば、余裕がなくて、この世の終って感じだったもの。よっぽど身に染みたんじゃない?」


 「なにがデスか?」


 「やーね、それワタシに言わせる気?」


 「……だって、わかりマセンよ?」


 はぁぁー。


 ターニャは心底呆れたという表情で、大きくため息をつく。


 「ああ、やだやだっ! 天然で鈍感な女って、これだからいやよ」


 「ぎゃぼ……」


 「まぁ? だからチアキもなりふり構わず、羞恥プレイみたいなこと、やってられんのよね」


 「羞恥ぷれい?」


 「だってそうでしょ? あのチアキがなりふり構わず定時連絡せずにはいられないほど、またアンタにいなくなられるのは嫌だってことでしょ?」


 「……ほわお……のだめって、激しく愛されちゃってる的な?」


 「……たまにアンタのこと、殺したくなるわ」


 「ぎゃぼ……」









 これが世に言う拘束プレイってやつでショウか?


 束縛? 執着?


 むきゃ、そんなこと考えてたら、また先輩から今度はメールデスね。


 今日、リハ予定より早く終わりそう。メシ、何が食べたい?


 のだめは返信せずに携帯をテーブルに置くと、頬杖をついて考え込む。


 なんでショウ? この、同居家族に送るカエルコール%Iなメールは?


 最近の真一は、パリにいるときは三日にあげず三善のアパルトマンに、のだめのために夕食を作りにやってくる。


 「自分から出ていったくせに、なんなんデスかね?」


 思わず口から零れた言葉をきっかけに、のだめはあの時のせつない気持ちをひさしぶりに思い出していた。


 当たり前のように毎日顔を合わせていた真一が離れていってしまって、自分だけ取り残されてしまうような。


 真一も今、そんな気持ちなんだろうか?


 それとも、ターニャが言っていたような愛情の裏返し?


 「何にも言わないカラ、わかんないデスよ、真一クン……」









 「ただいま……」


 真一はリハを終え、マルシェでちょっと買い物をしてから、三善のアパルトマン、のだめの部屋に来ていた。


 バカンスの時期に入っても、真一は客演やらマルレの地方興行などがあり、まとまった休みは取れていない。


 今年ものだめはブノワ家に呼ばれているから、ついて行くつもりだけど……。


 学校が休みののだめに付き合えないから、せめてもの罪ほろぼしのつもりで、パリにいるときは一緒に食事をしようと、結局通い主夫状態になっている。


 「のだめ?」


 声をかけてみるも、合鍵で侵入した部屋は物音ひとつせず静まり返っていた。


 「あちー……」


 エアコンのないのだめの部屋は、窓から入る風と、扇風機があるだけで、夕方になってもかなり暑い。


 薄暗い寝室を抜けリビングに入ると、この部屋で一番涼しい風通しのよい場所に、のだめはごろんと寝転がり、眠りこけていた。


 「おい……のだめ?」


 くっくっくっ……相変わらずアホづらだな。


 この無邪気な寝顔を見ていると、桃ヶ丘時代のうっとおしいほど追いかけ回されていた頃と、自分たちは何も変わっていないのではないかと錯覚してしまう。


 でもわかってる。


 今、真一を支配しているものは、危機感。


 真一はぐっすり眠り込んだのだめを見つめ、頬にかかった髪を指で払ってやると、小さく呟く。


 「お前にとって、俺は本当に必要なのか?」









 のだめは、キッチンから漂ってくる、美味しそうな匂いに目を覚ました。


 床の上に寝転んでいた身体は、少し痛い。


 いつの間にか掛けられたタオルケット。窓から入ってくる、夜風が気持ちいい。


 少しべたついた肌に不快感を感じながら、とにかくカラカラに渇いた喉をうるおそうとキッチンに向かう。


 「先輩、……いらっしゃい」


 「……やっと起きたか。どんだけ寝てんだよ?」


 真一の手にはすでにグラスに注がれたミネラルウォーター。


 「それ飲んだら、シャワー浴びてこい。その間にメシできるから」


 「ぷぷ……先輩、お母さんみたいデス」


 そういって真一を見つめると、少し照れたように赤い顔を、不機嫌そうにぷいっと逸らした。


 先輩は全然甘くないけど、そうやって自然にのだめを気遣ってくれる。


 当たり前みたいな優しさは、桃ヶ丘の時から変わらなくて。


 のだめはいつも、きゅんきゅんしちゃうんデス。









 食事を終え、のだめがサン・マロで演奏しようと思っている曲を聴かせてもらうと、真一はそそくさと帰り支度を始めた。


 「……真一クン、今日も帰っちゃうんデスか?」


 「う、うん……」


 こうして通いつめていることだって、アパルトマンの住人に面白がられて、泊まった日の翌日など見つかった日には、にやけた顔でからかわれる。


 真一はそれが嫌で、このところ夕食を済ませると自宅に帰るようにしているのだが。


 「……のだめが泊まりに行こうカナ?」


 「え?」


 「だって真一クン……、たまりマセン?」


 「……お前だってコンサートの練習、あるだろ?
 俺も……明日早いし」


 「……そデスね」


 真一は、自宅に向かう車の中で、のだめの言葉を脳内で繰り返していた。


 たまってるっつーの……。


 この先のスケジュールを思い浮かべて見る。


 サンマロに行く日はもちろん空けてあるけど。


 たしか今年は、長田とポール、ヤドヴィも連れて行くことになっている。


 二人きり……じゃねーよな。


 真一は帰宅してシャワーを浴びると、PCを立ち上げ、今後のスケジュールを食い入るように見つめ、何やら決意するとネットで検索を始めた。


 真一が帰り、 のだめ一人きりの部屋に突如鳴り響く着メロは軍曹ソング。


 「ぎゃぼっ、エリゼ……」









 ターニャはベッドに寝転がり、ジャンクフードをしゃくしゃくと頬張りながら、フランクから借りたコミックを読みふけっていた。


 ドイツのコンクールで恋人となった黒木は、あっさりターニャを置いて里帰り中。


 なによヤスのやつ、ヤスのくせに。


 ゴンッゴンッゴンッ!


 「はーい、誰よ……ってチアキ?」


 玄関のドアを開けると、顔面蒼白となった真一が立ち尽くしていた。


 「……あら? 意外と早かったわね?」
  



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