芒果布甸/Mango pudding



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 朝起きると、どんよりとした曇り空。


 パリの冬は毎日、こんな調子だ。


 「さむっ!」


 震える身体を両手で抱えて擦りながら、ジョギングの準備をする。


 アパルトマンの外に出ると、さらに冷たい空気が頬につきささった。


 ぶるっ。


 体を寒さに震わせながらも、振り切るように真一は走り出す。
 





 Virgin Snow 彼のその後






 ジョギングはいい。


 その間だけは、頭をからっぽにして、ただただ走ることだけに集中できるから。


 ピッチと呼吸だけを意識して、パリの街を走る。


 仕事のことや、自分の将来のこと、それに……今自分を悩ませていることは一切考えない。


 その時だけは頭をからっぽにして、まるで冬の空気に溶け込んだかのように自分を無にするのだ。









 「ただいま……」


 誰も待っていない部屋に入り、誰にというわけでもなく、声に出してみる。


 すっかり暖まった体を、さらに熱いシャワーで刺激すれば、血流が促進され、脳が活性化してくる気がする。


 髭をそり、歯磨きをして、朝食の準備をする。


 オムレツがいい匂いを漂わせたころ、隣の住人が顔を出した。









 「千秋先輩っ、おはようございマス!
 今朝もいい匂いデスね?」


 「おはよう……ほんと動物的な臭覚だな……」


 自分に向けられる(朝食にむけられる)のだめの笑顔が眩しい。


 毎日のように顔を見て、一緒に過ごしている相手なのに、今日もこうやって笑顔でやってくるのだめに、最近の俺は胸が高鳴り、喜びを感じているらしい。


 「先輩、今日のご予定は?」


 「……特に何もない」


 「そデスか。のだめはレッスン室が借りられたら、みっちりピアノ弾いてきマス!
 今、すごく乗ってるところなんデスよ」


 「そっか。あんまり暗くならないうちに帰れよ?」


 「はーい!」


 のだめは慌しく朝食を平らげると、ばたばたと飛び出していった。


 「ふぅ……」


 窓辺で食後の一服をしながら、アパルトマンの中庭を走って横切るのだめを見送り、真一は煙草の火を消した。
 








 俺は、しばらく仕事がない。


 日課のピアノのレッスンを終えて、勉強のためにデスクに総譜を広げる。


 学生たちの出払ったアパルトマンは、とても静かだ。


 勉強するには好ましい状態なのに、今の俺は集中することができない。


 この前のだめに、ショックなことを言われた。


 "先輩はのだめのこと……体が目的だったんデスか?"


 アイツはそもそも語彙が貧困だから、まるで俺がケダモノのような恐ろしい表現になってしまうのはそのせいだとして、あの台詞がそのままそういう疑問ではないとしても……。


 それはつまり俺が……休みのたびにアイツを求めてしまっているという事実を物語っている。


 そして、そのたびに俺が甘い言葉を囁いたり、ロマンチックなムードをつくって誘うこともなく、その状況に突入してしまうから……。


 アイツにすれば、俺が当然の事のようにアイツを抱いているのだと不安になったのだと思う。


 それはなんとなく理解できる。


 なんとなくどころか……自分でもこんなに気持ちが抑えられないこととか、アイツへの愛情がどんどん増幅しているような気がすることとか……。


 過去の自分の恋愛と比較して、かなり戸惑っている。









 とても勉強を続ける気分ではなかったので、メールチェックでもとPCを立ち上げた。


 ぼーっとしながらメールをチェックしていると……ん?コイツからメールをもらうなんて、初めてじゃないか?


 懐かしい仲間の名前、メールの内容は近々パリに行くので、時間があえば会いたいという内容で……。


 日付をチェックすれば……ちょうど今、滞在中のようだ。


 今までの俺なら、自分から積極的に連絡をとったりする相手ではないが……。


 今の俺には、まさに救世主のように感じられた。


 「もしもし?千秋ですけど……」


 気がつけば、携帯に手をのばし、発信ボタンを押す自分がいた。









 「やあ!千秋くん、久しぶりー!」


 待ち合わせのカフェで、約1年ぶりの再会をする。


 「……相変わらずだな?」


 待ち合わせの相手は、真一を待つわずかな時間も無駄にせず、趣味にせっせと精を出していた。


 男は、声を掛けていた女性にメモを渡すと、なにやらジェスチャーをして話を終わらせ、やっと真一に向き合う。


 「あははは!だってさー、やっぱりパリジェンヌは可愛い子が多いよ?
 千秋くんが羨ましいなぁー!どう?パリの女の子は?」


 「菊地……一体なにしにパリまで来たんだよ?」


 「うーん……なんというかボストンも滞在が1年近く経つとなかなか住みづらくてね。
 ちょっとした緊急措置というか避難的な休暇?」


 久しぶりにあった菊地は……相変わらずのようだった。









 「避難って……やっぱり女関係か?」


 「あははは!千秋くんはやっぱりきびちーなぁ。
 まぁその通りなんだけどさ、こればっかりはね、僕の唯一の趣味で特技だから」


 「菊地は……いつも複数の女性と付き合ってるけど……。
 やっぱり、1人にどっぷりのめりこんで、夢中になるなんてことはないのか?」


 いつものように穏やかな微笑を浮かべて、カフェからパリの通りを眺めていた菊地は、真一の言葉に驚いたように、振り返る。


 「千秋くんが恋愛の話を自分からするなんてめずらしいね?
 あ、もしかして好きな子でもできたの?」


 眼鏡の奥の瞳が、面白そうに輝く。


 「えっ!……うん、まぁ……3ヶ月くらい前から付き合ってる女性がいる……」


 「へぇー!やっぱりパリジェンヌ?千秋くんのことだから、知的美人系かな?」


 「いやっ……なんていうか……大学の時の後輩で……。
 全然、そういうタイプじゃないことは確かだけど……」


 「へぇぇ……桃ヶ丘の子かぁ……。
 僕、大体チェックは済んでるつもりだったんだけど……どんな女の子?」


 「いやっ!別に今日はのだめの話をしに来たわけじゃなくて……(ぽろりっ)」


 「ああ!のだめちゃんかぁー!
 黒木君が一時期惚れてた子だね?」


 「……知ってるんだ?」


 「当たり前だろ?僕の趣味を甘く見ないでよ。
 可愛い子はチェック済みだよ?」


 「……あ、アイツ……可愛いか?」


 「可愛いじゃないかー!
 童顔でさ、ちょっと子供っぽいけど、胸なんかDカップはあるだろ?
 
 ああいうタイプはさぁー、男次第でかなり磨きがかかるタイプだよ?
 そっかぁー!千秋くんに持ってかれたかぁー!(悔)」


 「……お、おい……」


 「大丈夫だって!僕は鬼畜かもしれないけど、友達の彼女にまで手を出すほどじゃないから、安心してよ」


 菊地はいつものように、いかにも紳士然とした穏やかな微笑を浮かべる。


 この笑顔に、いったい何人の女性が騙されたのだろう?


 真一はそんな考えを浮かべながら菊地の微笑をみつめ、微妙な微笑みを返した。









 「それで?千秋くん、のだめちゃんにどっぷり夢中になっちゃって、悩んじゃってるとか?」


 「えっ!……」


 菊地は、真一のめずらしく戸惑う様子にくすっと微笑むと、カフェをすすりながら話し出す。


 「さっきの千秋くんの質問だけど……。
 
 例えば、お寿司屋さんに行くじゃない?
 美味しそうなネタがいろいろ揃ってるんだ。
 僕は、そのいろいろなネタを美味しく味わってみたいタイプなんだよ。
 好きなネタだけ、ずっと食べ続けるわけじゃなくてね」


 「なるほど……(まったく意味がわからねぇ!)」


 「でも……もしも滅多に出会えないような幻のネタみたいなものに出会えたとしたら……。
 しばらくは夢中になって、そればっかり注文しちゃうかもしれないね」


 「幻のネタ……」


 「それからさ……僕は悪いけど、のだめちゃんには食指が動かない」


 「……」


 「のだめちゃんって、ヴァージンだったろ?
 僕はさ、美味しいところだけ味わいたいんだよ。
 
 千秋くんってたしか……料理するの好きだったよね?
 千秋くんみたいなタイプは、素材を手に入れて、それに下ごしらえして、調理して味わって……そういう一から作り上げる醍醐味というか、喜びみたいなものを知ってるタイプだと思うな。
 
 僕はさ、そういう面倒なのは苦手で……だからヴァージンの子はどんなに魅力的でも避けて通るね。

 千秋くんはそういう意味でも、のだめちゃんにどっぷりはまちゃう要素、十分だと思うな」









 菊地に誘われるまま、真一はカフェからブラスリーに移動する。


 なんとなく、今の自分を救ってくれるのは、この男しかいないような気がしたから。


 程よくアルコールも入って、真一もやっと照れずに自分の聞きたいことを、素直に菊地に対して言葉にするようになっていた。


 「俺はさ……今まで付き合った女性には、そんなにがっつくことはなかったんだよ。
 別に性欲が少ないってことじゃないと思うんだけど……。

 相手がそれを求めている場面とか、この場面はセックスするべきだと感じたときだけ、いくというか……」


 「うわっ!千秋くん、それヒドイよー!
 僕が千秋くんの彼女だったら、さっさと見切りをつけるよ?」


 「うん……まぁだから……気付けば振られていたというか……。
 むしろ、振られていたことにも気付いていなかったというか。

 とにかく、思考が女性でいっぱいになるとか、やりたくってしょーがないとか、そういうことは俺には縁のないことだと思っていたから……」


 「へぇぇ……千秋くん、のだめちゃんとやりたくってしょーがないんだ?」


 「……うん。かなり不本意なんだけど……」


 ビールジョッキを片手に、菊地が弾かれたように笑い出す。


 「あはははっ!サイコーだよ、千秋くん!
 僕は千秋くんが羨ましいよ?」


 「え?」


 「千秋くんってすごいな……。師匠って呼んでもいい?」


 「はぁぁ?!」









 「よくさ、男と女の体の相性が、いいとか悪いとかいうじゃない?

 でもさ、そんなの幻想だよ。
 僕は女の子がひらめだって、中落ちだって、あなごだって、女の子が完璧だと思うセックスをする自信があるよ」


 「へぇぇ……(ここが日本語が通じないフランスでよかった)」


 「千秋くんの悩みってきっと……。

 自分があまりにのだめちゃんに夢中になっちゃってるから、運命の女性なんじゃないかとか、もう離れられないんじゃないかとか、そんなふうに大げさに考えちゃって、悩んじゃってるんじゃないかと思うんだけど……。

 違うかな?」


 「……いや……そうやって言葉にされると、すごいプレッシャーがかかるんだけど……」


 「よく人は、ベターハーフだとか運命の人だとか言うけど……。
 確かに僕はそういう相手に出会ってないだけかもしれないけど……。

 でもさ、要はどれだけ相手を愛していて、大切に思っているかっていうことだと思うな。
 男女の体で相性とか……くだらない言い訳だと思うよ。

 僕はたしかに、いろんな女の子を美味しくいただきたいと思っているずるい男かもしれないけど……。

 一人一人の女の子に対して、その瞬間の愛情はその子のためだけにすべて注ぎ込むよ?」
 








 「つまりその……この今の俺の、今までになかったような感情の正体というのは……」


 真一は、すっかりアルコールで朦朧とした意識の中で、すがるように菊地に問いただす。


 「はぁ?千秋くん、この後に及んでまだわかんないの?
 音楽については優秀かもしれないけど、恋愛についてはまだまだだよね?」


 「おっしゃる通りで……。
 菊地先生、ぜひご教示のほど……」


 「だ・か・らさっ!千秋くんにとって、のだめちゃんはそれだけ魅力的で、大好きで、愛してるってことだろ?

 そして、千秋くんにそこまで想わせるのだめちゃんも、千秋くんに対してそれだけの愛情を持っているんだと思うな。

 まぁ、そこまで想いあえるってことは……ある意味、千秋くんにとってのだめちゃんは、ファム・ファタールっていうことかもしれないね?」


 「……」









 真一は、なんだかすっきりしたような、しないような複雑な心境ではあったが、とにかくもう女関係の話は十分という気持ちになるまで、熱心に菊地先生のうんちくに最後まで耳をかたむけた。


 つくづく勉強熱心な男である(笑)


 「千秋くん……」


 菊地は帰り際に真一を呼び止めると、真剣な表情で切り出した。


 「さっき、僕はのだめちゃんには食指が動かないって言ったけど……。

 それはヴァージンのときののだめちゃんに対してだから(きっぱり)

 今となっては、もし千秋くんとのだめちゃんが別れるようなことがあったら、僕は遠慮しないよ?

 むしろ、この千秋くんをそこまで夢中にさせるのだめちゃんに、俄然興味が湧いてきたし……。
 
 じゃあ、いろいろ頑張ってね?」


 「……うん……」


 菊地は、背筋がぞくっとするような、なんともいえない微笑をなげかけ、パリの街中に消えていった。


 真一は無性に焦りを感じて、携帯の発信ボタンを押す。


 「もしもし、のだめ?俺だけど……」









 千秋先輩が、べろんべろんに酔っ払って、のだめの部屋にやってきたのは夜中の2時近く。


 「ぎゃぼっ……先輩、お酒くさいデスよ……」


 「おう?すげー飲んだからな……」


 「自分のお部屋に帰って、寝たほうがいいデスよ?」


 「……のだめが一緒じゃなきゃ寝ない……」


 「ええっ!?どしたんデスか?」


 「……どーもしない……。
 悪いか?」


 「わ、悪くないデスけど……。
 先輩、今日はこのまま、のだめの部屋で寝ます?」


 「うん……寝る……」


 先輩は、そう返事をすると、大きい子供みたいに、のだめの胸にもたれかかったまま眠ってしまいまシタ。


 のだめ……最近、思うんデスけど……。


 先輩ってもしかして……のだめのこと、すごく好きなんじゃないデスかね?







--------End---



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 いかがでしたでしょうか?
 真一クンの悩みは「のだめのことが好きで好きでしょうがない」という、なんとも女性にとっては夢のような悩みだったという(笑)

 ちょっと年の瀬に下品な話題とがっかりされないかしら?……と悩みながらも、upいたします。

 感じていただきたいのはLoveでございます(照)

 鬼畜菊地くんに初登場していただいたのですが、なんとも勝手な言い分を勝手に妄想して、散々言わせてしまいました、ごめんなさい(ぺこり)

 でもなんとなく、菊地くんはああ見えて、一人一人の女性には誠心誠意、その瞬間はめいっぱい愛情を注いでくれるのではないかという香水の妄想なのですが……いや、だったら他の女性と付き合うなって話かもしれないけど(笑)

 最後はちょっぴり甘えん坊の真一クンで〆させていただきました。


 このお話が今年最後のupになるのではないかと思います。

 オープンから4ヶ月ほどでしたが、2010年、たくさんの方にお越しいただき、本当にありがとうございました。

 このように稚拙な小説にお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。自分の作品を読んでくださる方がいるというのは、本当に幸せなことです。

 また、書いたものに対して、いろいろな感想やご意見をお寄せいただくのは、本当に嬉しく、意欲に繋がります。
 メッセージはなくても、拍手をいただくこともとても励みになり、サイトをオープンしてからは本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます!

 これからも、皆さまに育てていただきながら、楽しいお話が書けるといいなーと思っております。

 まずは連載の新作、年末年始にチャレンジして……皆さまに楽しんでいただけるような作品になるといいのですが……こればっかりは書き出してみないとわからないという(汗)

 それでは、年の瀬お仕事を頑張っていらっしゃる方、育児しながら大掃除頑張ってるママ、とにかく年末お忙しく頑張っている皆サマ、お疲れ様デス!

 皆サマにとって、来年が素敵な一年になりますように心よりお祈りしながら、今年お世話になった皆さまにお礼申し上げ、来年もどうぞよろしくお願いします!

2010.12.30 香水