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郵便受けを覗き込むと、一通のエアメール。 「ふぉぉ……桜、綺麗デス」 日本の友人からのエアメールは、美しい桜の写真のポストカード。 のだめは差出人の名前に微笑みを浮かべ、部屋で待つ夫にも早く見せようと、足早に部屋に向かった。 サクラ のだめが部屋に戻ると、夫の真一は、キッチンで夕食の下ごしらえ中。 蕾と双子たちは、ベカシーヌとお散歩に出かけているようだ。 「真一クン、ただいまデース!」 「うわっ! おまっ、あぶねーって……」 妻ののだめが飛びついてくることなんて、わかりきったお約束ではあるが、ゆるみそうになる頬を引き締めて、迷惑そうな態度をとるのも、また夫のお約束である。 「はいっ! 日本からのエアメルデスよ?」 「ん? ……そっか、あれから一年たったか」 「そうデスね……」 「桜か……一年前も桜が綺麗だったな」 「また行かなくちゃデスね?」 「そうだな……」 差出人である真澄からのメッセージは、 東北は今、桜が満開で、とても綺麗です。ぜひ遊びに来てくださいね。 真一は鍋の火を弱めると、自分の胸元でふがふがと匂いを嗅ぐ相変わらずの妻の頭のてっぺんにそっとキスを落とし、ポストカードの桜を眺めながら、一年前のことを思い出していた。 祖国から遠く離れたヨーロッパで、公演中に入った日本での大きなニュース。 慌てて自宅の妻に連絡してみれば、三善家からはすぐに全員無事だから安心するようにとの連絡が入っていると聞かせれ、ほっと胸をなで下ろした。 しかし、次々に入ってくる被災地の状況は、どれもその被害の大きさと凄惨さを伝えるものばかりで、遠く離れた地で、なにもすることのできないもどかしさと、なに不自由なく昨日までと同じ生活を続けられる申し訳なさとで、胸が苦しくなる。 なにか祖国の被災者の方にできることはないか……そんな風に思い悩んでいたときだった。 懐かしい友人から、一通のメールが届く。 真澄です。千秋様、大変ご無沙汰しております。 突然、不躾にこのようなメールをお送りすることをお赦しください。 このたびの震災で、私の故郷の山形はさほど被害を受けることがなく、実家も友人たちも無事だったのですが、東北地方は壊滅的な打撃を受けています。 私たち東京で暮らす者も少なからず影響を受けておりますが、それよりも東北のために何かできないかと考えています。 若い音楽家で私たちにできることをと思っており、ついては、千秋様とのだめにも協力していただけないかと思い、メールをいたしました。 お忙しいこととは存じますが、ご検討ください。 よろしくお願いします。 真澄 真澄からの協力要請に応えるべく、真一とのだめはまずスケジュール調整のため、事務所に向かった。 ここでまず、エリーゼという敵と戦わなければならないのだが……。 「何かするというと、チャリティコンサト、とかデスかね……」 「そうだな……」 マネージャーとの戦いを前に、そんな相談をしているときだった。 「アナタたちのような青二才がチャリティコンサートなどしたところで、ワタシの愛するニッポンの危機を救うことはデキマセン! 資金集めはワタシがヤリマス! チアキたちはもっと音楽の力で被災者のミナサンを直接元気づける仕事をシナサイ」 「え……」 「ふぉぉ! ミルヒも助けてくれるんデスか?」 「当然デス。ワタシを誰だと思ってるのデスカ?」 「むっきゃー! ミルヒ大好きデス!」 ジジイにのだめが飛びついているところに、苦虫を潰したような表情のエリーゼが登場した。 「まったく……セーブ・ジャパン・ワールドチャリティーツアーだなんて……。まあ、悪いことじゃないし、私だって……何かできないことはないかと思ってたのよ? 鬼じゃないんだから」 「エリーゼ……じゃあ、俺たちも日本に行っても?」 「構わないわよ。そのかわり、戻ってきたらきっちり仕事をしてもらいますからね?」 被災地の音楽を学ぶ学生たちの受け入れ先を用意したり、被災地方のオーケストラへの支援など、シュトレーゼマンはすでに動き出していた。 「命からがら避難をして、まだ今は音楽どころではない状況デショウ。でも、人は音楽なしでは生きてイケマセン。 つらい時、苦しい時だからこそ、音楽が人々の力になれるノデス。 チアキ、ノダメチャン、そのときはアナタたちの出番デスヨ?」 俺たちはシュトレーゼマンに言われた出番≠フ時に向けて、少しずつ準備を始めた。 といっても、実際には日本にいる、R☆Sオケの元メンバーや現メンバー、桃ヶ丘音大の有志たちが現地で動いてくれる中、俺とのだめはまだヨーロッパの中で自分たちの仕事をこなし、日本から入ってくるニュースに一喜一憂しながら、もどかしくその時を待つしかなかった。 精力的にチャリティーコンサートで世界各国を回り、次々と結果を出していくシュトレーゼマンに対し、俺たちはまだ日本に行くこともできず、ついいらついてジジイに噛み付いたこともあった。 「チアキ、焦る必要はアリマセン。援助は継続することが大事ナノデス。アナタにはアナタの求められる時がアリマス。その時にしっかりとやればイイノデス」 普段は音楽がなければただのエロジジイのくせに、突然こんなことを言ったりするから、俺はいまだに負けを認めるしかない。 あの日からおよそ二ヶ月に入るかという頃、やっと俺たちの出番がやってきた。 被災地には次々に仮設住宅が建ち、家を失った被災者の方たちも、やっと家族と一緒に過ごせる環境が整った。 ライフラインも全国から技術者が集結し、連日の不眠不休の作業によりめまぐるしいスピードで復旧、全世界を驚かせた。 もっとも懸念されていた福島の電力施設についても、志高く、勇気ある人々の命を懸けた努力により危機的状況を回避し、奇跡をおこした。 「驚いたな……復旧したとは聞いていたけど、ここまでとは……」 「本当に……すごいデスね……」 真一とのだめは、あの日津波が押し寄せたとは思えないほど見事に機能している仙台空港を、驚きの目で見渡した。 「ちっ、千秋さまぁーーーーーっ!」 「うわっ!や、やめっ……」 空港に出迎えに来ていた真澄に見つけられ、力いっぱい抱きつかれる。 今日だけは許してあげてくだサイ? わかってる…… わんわんと千秋の胸で泣きじゃくる真澄を挟んで、真一とのだめはアイコンタクトで会話をすると、優しい微笑みで真澄を見つめた。 「ぎゃぼっ!」 「なんだこれは……」 「すごいでしょー! 巨匠が私財を投げ打って用意してくださったのよっ!」 空港から出ると、大型トレーラーが数台連なって真一とのだめを出迎えた。 トレーラーには、これから出向く各地での仮設ステージの設置機材や、大事な楽器たちが納められている。 真一とのだめは真澄に誘導されて、トレーラーの先頭についている大型バスに向かった。 「よっ! 千秋、のだめっ!」 「峰クーン!」 「お前ものるのか?」 「……ステージにはのらない。でも、舞台の設営については、俺はもうプロだぞ? 見くびンなよ?」 被災地各地で行うステージ運営にあたっては、舞台演出の世界で学び、力をつけてきた龍太郎の知識とネットワークが大きな力を発揮した。 バスの中を見渡してみれば、清良、菊地、黒木といったR☆S発足当時の初期メンバーをはじめ、その後メンバーに加わった高橋や萌と薫、桃ヶ丘卒業生、Sオケメンバーの桜などの懐かしい顔も揃っている。 まるで同窓会のようなバスに乗り込み、真一とのだめを加えたメンバーたちは会場へと向かった。 目的地に到着すると、各地のプロ・アマとわず、音楽関係者たちが出迎えてくれる。真一たちが日本入りする前から、彼らと真澄たち有志メンバーは、限られた時間や設備のなか、練習だけではなく、各地での公演開催にあたって、さまざまな活動をしてくれていた。 「このたびは……心よりお見舞い申し上げます。 ご自身のことでも大変なときに、いろいろとご努力いただいて……」 「いえいえ、こういったときだからこそ、私たち音楽家は無力感を感じることも多くて……こうして自分にもできる仕事があって、かえって助かっているんですよ」 そういって真一にむけられた笑顔は、音楽家とは思えないほどたくましく、ここ2ヶ月ほど彼らがどんな苦労をしてきたのかをうかがわせる。 「とにかく音楽の力で、被災された皆さんを勇気づけ、すこしでも元気に明るく、前向きになっていただければ……」 「そデスね! のだめ、がんばりマスよ!」 広大な平地には見渡す限り、たくさんの仮設住宅が並んでいた。 「これだけ多くの人たちが、大切なお家を失ったんデスね……」 「そうだな……」 仮設住宅が建ち並ぶ敷地内には、広大な空きスペースがあり、今回は各地でそのスペースを使って仮設ステージをつくり、真一たちは地域の人たちのために公演を行う。 すでにスタッフによる設営が開始されており、真一もその中に加わろうとしたが……。 「千秋様っ!」 「な、なに……」 「千秋様には千秋様のお仕事があるんですのよ? こちらにお願いしますっ」 「は?」 「きゃーーーっ! 本物の千秋真一っ!!!」 「なっ、なっ……」 真一は、真澄に引きづられ、あっという間に老若とわず、女性ファン(一部男性ファン)たちに囲まれ、握手やらハグやら、写真撮影などの超密着型ファンの集いになだれ込んだ。 もみくちゃにされている真一を、のだめは笑いながら眺め、自分は運び出された楽器の中にピアノを見つけると、さっそく指慣らしをはじめる。 風にのって聞こえてきたピアノの音色に、子供たちが遠慮がちに集まってくる。 のだめは子供たちに笑顔を向けると、得意のナンバーを奏ではじめる。 「わぁー! プリごろ太だっ!」 のだめのピアノの周りには、徐々に子供たちの輪が広がり、子供たちの口からはのだめのピアノに合わせて、歌声が聞こえ始めた。 「さすがのだめだな……。よし、俺も頑張るぞ!」 ステージの設営を指示しながら、龍太郎が微笑む。 自身の楽器を手に、清良、萌、薫ものだめのピアノに集まり、演奏に加わった。 仮設ステージからは、真一の指揮のもと、地元の演奏家と真澄たち有志メンバーによる混合オーケストラの演奏が流れ始める。 ステージの前には、被災地の人々が家族や友人、恋人たちは二人寄り添うように、思い思いの場所に腰を下ろし、音楽に耳を傾ける。 ステージからは、その土地に縁のある、世代を超えて馴染みのあるポピュラーソングを中心にした音楽が演奏された。 のだめのピアノソロでは、子供たちが大好きなアニメソングのメドレーが奏でられ、大合唱になる。 人々の表情に笑顔が浮かび始めたころ、のだめのピアノが、懐かしいメロディーを奏でる。 真一の指揮のもと、オーケストラもそのメロディーに続いて演奏に加わると、会場からは老若男女すべての人たちの口から、歌声が聞こえ始めた。 上を向いて 歩こう。涙がこぼれないように…… 会場は、上を向いて歩こう≠フ大合唱に包まれ、人々は立ち上がり、隣の人々と手を繋ぎ、歌いながら微笑みあう。 会場に吹き抜ける風にのって、4月下旬から咲き始め、例年にないほど長く咲き続けている桜の花びらが、人々の頭上に降り注ぐ。 ある人の大切な夫、妻、息子、娘、兄弟姉妹、父母、友人、恋人、祖父祖母……。 突然の予測もつかない出来事により、大切な人を失い、大きな悲しみに襲われたけど。 見えないけど、触れることはできないけど、ここにいるよ。 空に……風にのって……桜の花びらに……あなたのことを見守っているから。 --------END--- 香水が大好きな人を失くしたとき、桜が満開の時期でした。 喪失感に襲われながらも、優しく降る桜の花びらに、慰められました。 とたんに大好きな人がそばにいてくれるような感じがして、しばらくはよく、空を見上げて話しかけていた記憶があります。 ちょっとあやしい人だったかも(笑) 私はオプティミストすぎるかもしれません。でも、たかがフィクションであっても祈っていたい。そんな祈るような気持ちで書きました。 SS indexに戻る |