馬鹿ほど勘がいい。
突然連絡もなく、遠い異国の地にやってきても、昨日まで留守にしていた俺が帰宅するちょうどその日にタイミングよく居合わせられるくらいには。
「これはなんの嫌がらせだ……」
疲れて演奏旅行から帰ってみれば、玄関先には大きなバッグにもたれて座り込んだ懐かしい顔。
「よかったぁー! 親友、どこ行ってたんだよぉー」
「誰が親友だ……はぁ……」
オトコゴコロ
二日後に、ウィーンで清良の出演する演奏会があるらしい。
峰の馬鹿は、遅まきながら自分の歩むべき道を見つけて、やっと親のすねかじりから自立。
新しい世界に飛び込んで、ここ数ヶ月はがむしゃらに働いていたらしい。
遊びもしないで働いていたから、なんとか旅費くらいは自分で出せるようになったけど、宿泊費までは余裕がなかった。
それでも、愛する彼女の晴れ舞台を見たい一心でチケットを購入し、飛行機に飛び乗った。
……そこまではいい。コイツが稼いだ金で、いつ、どこに行こうがコイツの勝手だ。
「なぜ俺の家に来る……」
「だって、せっかくコッチに来るんだから、ついでに親友の顔も見ておきたいじゃん?」
「ついでにね……だからって、事前に連絡くらいできんだろ?」
「いやぁー、直前まで休みとれるかどうか、わかんなかったからさ」
「……そっか」
「でもよかったよぉー! 千秋が帰ってくる日でさ!
やっぱ俺たち親友だな? 通じ合ってる感じ?
千秋が帰ってこなかったら、のだめん家に泊めてもらうしかねーもんな。
てか、まだお前たち、一緒に暮らしてねーの?」
「……」
聞き捨てならない言葉をふりまきながら、馬鹿が無邪気に笑う。
それでも、直前までスケジュールが立たないような忙しい日常の中で、コイツはコイツなりに無理してここまで来たのだとわかると、受け入れるしかなく。
「疲れてんだろ?
たいしたもんねーけど、適当につまみでもつくっとくから、シャワーでも浴びてこいよ」
「お、おうっ!」
「今日だけだからな?」
照れているのだろう、峰を振り返ることもなく、真一がキッチンへと向かう。
「じゃあ遠慮なく!」
峰が大きな音をたててバスルームに消えると、真一は小さくため息をついた。
それでも俯いた顔は、まんざらでもないように、楽しげで。
峰がシャワーを浴びている間に、真一は手早く酒の肴を用意すると、旅の荷物を片付け、峰が出てくると適当にはじめてろ≠ニ言い残して自分もシャワーを浴びる。
バスルームから出てリビングに戻れば、すでに飲み始めているかと思っていた峰は、一応気を使っているのか、料理にも手をつけず、座り込んでなにやら眺めていた。
「なんだそれ?」
「ん……この前、昔の荷物整理してたら出てきたんだ。
お前にやろうと思って……」
そういって差し出したのは、卒業式のあとにあった、Sオケの飲み会で撮られたと思われるスナップ写真。
不機嫌そうな顔の俺を中心に、真澄や鈴木姉妹、佐久桜などの懐かしい顔と、俺の隣には何が嬉しいのか、のだめが今と変わらない笑顔で映っていた。
「なぁ千秋ってさ、この頃はもう、のだめのこと好きだったのか?」
「しるか……」
「ぷっ! まいっか。
今夜は久しぶりに、男二人でとことん飲もーぜ!」
峰が冷蔵庫からビールを取ってくると、俺のグラスに注ぐ。
「じゃあ再会を祝して! かんぱーい!」
「……乾杯」
「もっと嬉しそうに飲めよー! ったく、素直じゃねーんだから」
「……正直なリアクションなんだけど」
可愛くねー、お前に言われたくねえ! 屋外で一晩明かすか? 出た!鬼指揮者!と、あっという間にいつもの調子になった。
「俺はさ、この仕事始めてから、いかに自分に実力がないか思い知ったよ」
「そんなもん、初めての仕事なんだから仕方ねーだろ?」
「いや、そういうことじゃねーんだ。
人間としての基礎というかさ、何かをモノにするための努力の仕方とかやり方っていうのかな、そういうのが身についてねーんだよ。
千秋はさ、大学の頃から偉そうにしてたけど、自分のやりたいことに対して、しっかりビジョンを持って、日ごろから努力してたんだよな。
音楽のための勉強っつっても、ピアノ練習したり、曲勉強するだけじゃなくて、それに付随する言葉とか文化とか歴史とか……いろいろ勉強してたんだろ?
そういう引き出しの多さというか、人間としての深みみたいなものが、どんな仕事でも必要で……。
イレギュラーな事態が起こったときに、そういう力が試されるんだよな。
俺は、いかに今まで自分が努力を怠っていたのか、反省してんだよ」
めずらしく殊勝なことを言って真剣な表情の峰に、ちょっと驚いた。
だから、俺も茶化してはいけないんだと感じて。
「俺はさ……お前やのだめみたいに、ひらめきっていうか感性?に自信がねーんだよ。
だから、努力して引き出しを増やすしかないというか……。
仕事に対する努力の仕方なんて、人それぞれだろ?
そんなに謙遜することねーよ」
「謙遜してんのはどっちだよ?
感性の足りねーヤツに、あんな演奏できねーよ。
確かにタイプはあるだろうけど……のだめだって、パリに渡ってからすげー努力したんだろ?
俺はさ、お前やのだめ、それに清良に比べて、格段に努力が足りなかった。
でもさ、俺が選んだ道は、お前たちと違って今から努力しても遅すぎるってことはねーんだ。
だから卑屈になったりなんかしてねーから安心しろ。
頑張るから。
頑張って、清良の隣にいても恥ずかしくないような男になりてーんだ、俺は」
そういって笑った馬鹿の顔は迷いがなく、清良のことを思っているのか、その瞳はきらきらと、男の俺から見てもちょっと眩しくて。
「とりあえず、飲むか」
なんだか嬉しくなった自分が照れくさくて、酒のピッチが上がったのを自覚していた。
したたか酔った自覚はあった。
「……アイツはさ、大事なことはいつだって俺の助けなんか必要としないで、自分だけで決めてんだよ。
学園祭で……俺のラフマを聞いてホタルみたいになりやがって、飯もろくに食わねーでピアノ弾いて……それでちょっと連弾してやれば勝手に立ち直りやがって。
留学のことだって……この俺様がわざわざ福岡と佐賀の県境くんだりまで足を運んでやったっていうのに、やっとのことでつかまえたときには、気持ちは決まってやがった。その前に俺様が一緒に行こうって誘ってやったときは、見向きもしなかったくせに!」
「やっぱり千秋、その頃からのだめのこと……」
「しらねーっつってんだろ? しつけーな!
気付いたときにはもう、そういうのはアイツしかなかったんだから、いつからかなんて俺がわかってたまるか!
それともあれか? お前が俺の複雑で繊細な深層心理を、ご丁寧に解析してくれんのか?
いつもいつも、アイツのことになると自分でも制御不能になる心理について、なんか建設的なアドバイスでもしてくれるっつーのか?」
「いや、あの、その……大変だな? いろいろと……」
「ったく、俺以外にこんな面倒な女、一生面倒みてやろうなんて奇特な男がこの世にいると思うか?
まぁ……しょーがねーだろ。俺自身がそうしないと気がすまねーんだから。
俺もアイツに会うまで、こんなに自分が馬鹿な男だとは知らなかったよ……」
「……のだめに聞かせてやりてーな」
「……なんか言ったか?」
「い、いや? まぁ、飲もうぜ!
千秋みたいな男に想われて、のだめは世界一幸せな女だよなー!」
「当然だ!!!」
驚いた。
確かに、学生時代からなんだかんだとのだめの世話を焼く千秋はいまだに健在で。
パリに渡って恋人同士になったと聞いても、やっと自分に素直になったかくらいの、大した驚きもなく受け入れられる自分がいて。
でもこんな風に、のだめの事に悶々と頭を悩ませて、ウジウジと愚痴をこぼす千秋を拝めることになるとは……思ってもみなかった。
「でもな……アイツはそんな自分の幸せに気付いてると思うか?
俺がアイツを思っているように、アイツも俺のこと……」
「……え? お、おい……」
思いの丈をぶちまけると、千秋はテーブルに突っ伏して、眠ってしまったようだ。
日本を飛び出して海外で活躍する友人は、眩しいくらい輝いていて、少し遠い存在になってしまったかと淋しく思うこともあったけど。
「くっくっくっ……千秋、全然変わってねーな?」
親友の肩にブランケットを掛けてやると、峰は先ほど親友に渡したスナップ写真を手に取り、不機嫌そうなその顔を指で弾いて笑った。
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SSのネタが浮かばず、ツイッターでフォロワーさんにネタをおねだりしました。
Nサマからの「酔ってベタ惚れ全開の千秋」で一本書いてみました。
引き出せるのは、やっぱり峰クンしかいないだろうということで、急遽パリまでかけつけていただきました(笑)
いかがでしょうか?>Nサマ
2011.6.18 香水
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