芒果布甸/Mango pudding



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 「黒木クン!」


 「あ、恵ちゃん……」


 恋人の部屋を出たところを、階段の下、部屋のドアから顔を覗かせた恵ちゃんに声を掛けられた。


 「あの……ちょっと黒木クンに教えてもらいたいことがあって……。
 お茶でもどうデスか? あ、ターニャも一緒に」


 黒木はうしろに立っていた恋人を振り返り同意を得ると、のだめの部屋に向かった。  





 恋歌 2






 「ごめんなサイ。黒木クン……今、準備とか忙しいんデスよね?」


 「……もう荷造りなんかは終わってるから大丈夫だよ?」


 「ターニャも……ごめんなサイ」


 「私は別に……ちょうどお茶したいと思ってたところだし」


 ターニャはいつものようにそっけなく答えると、勝手知ったる友人の部屋のキッチンに向かい、お茶の準備を手伝う。


 リビングに一人、置いてきた恋人をちらちらと覗き見ながら、ターニャがのだめに訊ねる。


 「……なんなのよ、教えて欲しいことって」


 「えと……冷たい恋人をその気にさせる作戦をちょっと……」


 「はぁ?」









 「えと……黒木クンは武士デスから、和歌とかきっと詳しいデスよね?」


 「え? 和歌って……百人一首とかの?」


 「はい……」


 「ブシってなんのことよ……」


 「まぁまぁ、細かいことはいいんデスよー。
 黒木クン、男子が読んで思わず恋人のもとに駆けつけたくなるような和歌、のだめに教えてくれまセンか?」


 「それって……」


 「チアキにってことね。ワカってなに?」


 「日本の古典の詩デスよ」


 「なんでそんなもの……今さら……」


 「ちょっと昔のこと……思い出したものデスから……」


 そういうと、のだめはうつむいて黙り込む。


 「チアキ、今どこにいるのよ?」


 「アメリカの……どこか?」


 「連絡……ないの?」


 「れんらく……?」


 のだめはうつむいていた顔をあげ、つぶやいた。


 「のだめはもう……充電切れデスよ」









 いつも明るくて元気な恵ちゃんが、こんなふうに弱音を吐くところを見るのは初めてで、しかも千秋君とのことを聞かされるなんて思っていなかったので、正直驚いてしまった。


 でも……そうだよね。君は日本にいたときから、いつも千秋君のことだけをまっすぐに見つめていたっけ。


 どうして今、それが和歌になるのか僕にはわからなかったけど、なんとなくこのまま放っておけない気がして。


 「そうだな……僕も詳しいってわけじゃないけど、こんなのはどう?」


 わが屋戸に 咲きたる梅を 月夜よみ 夕夕見せむ 君をこそ待て


 「私の家に咲いている梅を、月夜が良いので毎晩お見せしようとあなたの来られれるのを待っていますよ……っていう、歌なんだけど」


 「ウメ? そんなのどこに咲いてるのよ?」


 「いやだから……梅がどうのじゃなくて、とにかく恋人に来て欲しいっていう気持ちをね、読んだ歌なんだよ」


 「なによそれ。わかりづらーい! もっとストレートに言えばいいじゃない?」


 「この奥ゆかしい感じがいいんだけどな……」


 「もっと、ノダメの苦しい胸のうちをストレートに伝えて、チアキを焦らせるような歌、ないの?」


 「……じゃあ」


 ひとり寝る 夜を算へむと 思へども 恋の繁きに 情利もなし


 「ひとりで寝た夜を数えようと思いますが、恋しい思いが激しいので、心もぼんやりしてしまいました……ていうのは?」


 「あらぁ? ちょっと昔の人もなかなか色っぽいじゃなぁい?
 ぷぷぷ……いいわよこれ、ノダメ、これにしなさいよぉ」


 「……ひとり寝デスか?」


 「だって……そういうことでしょ?」


 「「……」」


 「ちょっと……二人して赤い顔して、黙り込まないでよね?」









 何時はしも 恋ひぬときとは あらねども 夕かたまけて 恋はすべなし


 いつどんな時も、あなたを恋しく思わないことはありませんけど、夕暮れ時、あなたを恋しく思うせつなさは、どうしようもないものです


 のだめは結局、黒木に教えてもらった和歌の中からこの歌を選ぶと、アメリカのどこかにいる真一にメールで送った。


 「もっとはっきり、逢いたいって言えばいいじゃない?
 恋人同士なんだから……さびしいならさびしいって、わがまま言えばいいのに」


 黒木が帰ったあと、ターニャが夕食の準備をしながらつぶやく。


 「いいんデス……。
 これを読んだらきっと、千秋先輩もいろいろ思い出すでショウから。
 ターニャこそ、黒木クンがドイツに行っちゃったら、さびしいデショ?」


 「……いいのよ。お互いに今はやらなくちゃいけないことがあるんだから」


 「……そうデスか。
 そだ、ターニャも寂しくなったら、黒木クンに送ればいいデスよ。
 日本男児にはキキマスよ?」


 「……あっそ。覚えとく」


 ターニャはのだめから顔をそむけたまま、そっけなく答えた。









 ひさしぶりにターニャの手料理を女二人でいただく。


 「やっぱりターニャの手料理は攻撃力がありマスねー!
 美味しかったデス! ありがとございまシタ!」


 「あんた充電切れとか言いつつ、相変わらずよく食べるわよね……」


 「だってー、ターニャのごはん、美味しくて。
 それに黒木クンのおかげで、千秋先輩がのだめの元に駆けつけるのも時間の問題デスよ、ぷぷぷ」


 「はぁ、どこからくるのよ、その自信は……。
 ねぇ……気になってるんだけど、聞いてもいい?」


 「ふぉ? 何がデスか?」


 「どうしてワカとかいうのを送ると、チアキがいろいろ思い出すの?」


 「……やっぱりそこ、ツッコミマス?」


 「当然でしょ? しっかり私の手料理食べたんだから、ちゃんと話してもらうわよ?」


 「がぼん……」


 「ほらっ! すっきり吐いて、さっぱりしちゃいなさいよー」


 「えと……黒木クンには内緒デスよ?」


 「するする! 絶対にヤスには言わないから!」


 するとのだめは少し躊躇しつつも、千秋から受け取った情熱的なラブメールの思い出を恥ずかしそうに語りはじめた。


 「のだめも先輩も、音楽のことに夢中になっちゃうと、周りのことが疎かになってしまうのはお互い様で……。

 でものだめだって、先輩のことが……すっごく恋しくなっちゃうとき、あるんデスよ?
 だからって……そゆこと……素直に伝えられたらいいんデスけど、なかなか難しくて。

 思い出したんデス。あのメールのこと。
 だから和歌を送ったら、先輩もあの時のことを思い出して、のだめの気持ちに気づいてもらえるかな……と思って」


 一緒に日本からパリに渡って、いろいろあったかもしれないけど、長い時間をかけて、順調にお互いの愛情を育んで。


 強い信頼関係で、離れている時間があっても不安なんてないんだろうと思っていた二人にも、いまだにそんな悩みがあるんだなんて、ちょっと驚いた。


 のだめったら、意外と素直じゃないのよね。まあ、そんなところが可愛いんだけどね。(完全にお姉さん目線)









 「ふうん……チアキもああ見えて、情熱的なところがあるのね……」


 ターニャは一人戻った部屋で、のだめに聞いた話を思い返していた。


 「ヤスにもそういうところ、あるのかしら……」


 週末には、一人ドイツに旅立つ恋人のことを思い、ターニャはベッドサイドに飾っている写真立てを眺め、ベッドに寝転ぶ。


 奥ゆかしいところがいいんだと、恋人がむきになって反論した和歌。


 黒木が帰ったあと、のだめに頼んで書いてもらったメモを眺める。


 「ありえない……放置されたら、乗り込んでやるんだからっ!」


 そんな風に強がりつつも、ターニャは手元のメモを眺めてしばらく逡巡したあと、結局引き出しの奥にしまいこんだ。
   



--------END---


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 チアノダなのか、クロタニャなのか、うーん、よくわかんないし、無駄にだらだらとオチがなくってすみません(汗)

 メールを受け取った真一クンがどうするのかとか、のだめから話を聞いたターニャがいつかくろきんに話してしまって、メール誤送事件とのつながりに気付くのかとか、いろんな含みをもたせつつ、そのあたりは皆サマに妄想していただけるとよいかなと(逃げ)

 和歌は、古典がお好きなひめサマにおねだりして、素敵なものを教えていただきました。ひめサマ、ありがとうございました(ぺこり)
 
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